第32話 「文化祭前日、会長は眠れない」
文化祭前日の夜。
ミレイは自室の机に向かっていた。
生徒会長として、確認すべきことは山ほどある。
明日の開会式。
各クラスの安全管理。
来場者案内。
ステージ進行。
備品貸し出し。
緊急時対応。
しかし、気づくと頭の中は別のことでいっぱいになる。
(黒瀬くんの執事姿……)
ミレイはペンを置き、両手で顔を覆った。
(違うわ。私は文化祭全体のことを考えるべきなのに)
でも、思い出してしまう。
「お帰りなさいませ、お嬢様」と言った黒瀬くん。
赤くなって固まった黒瀬くん。
それでも一生懸命練習していた黒瀬くん。
ミレイは小さく呟く。
「楽しみ……なのかしら」
自分の声に驚く。
楽しみ。
その言葉は、思ったより素直だった。
翌朝、学校へ向かうと、リコがすぐに気づく。
「会長、寝不足ですか?」
「少しだけ」
「文化祭準備で?」
ミレイは間を置く。
「……文化祭準備で」
リコは目を細める。
「今の間、黒瀬くんの分ですね」
「違うわ」
「じゃあ、何を考えて眠れなかったんですか」
ミレイは視線をそらす。
「接客導線」
リコはため息をつく。
「便利ワード復活ですね」
文化祭前日の最終確認で、ミレイは各クラスを回る。
1年B組に入ると、そこはすっかり洋館風のカフェに変わっていた。
そして中央には、執事服の試着をさせられている黒瀬くんがいた。
ミレイは固まる。
前よりも、ずっと似合っている。
黒い上着。
白いシャツ。
整えられた髪。
少し困ったような表情。
そのすべてが、黒瀬くんらしくないようで、やっぱり黒瀬くんだった。
アキラはミレイに気づいて、さらに固まる。
「生徒会長……」
ミレイは何とか平静を装う。
「とても……似合っているわ」
教室中が静かになる。
アキラは耳まで赤くなる。
トオルが拍手する。
「はい、会長から公式評価いただきました!」
女子たちも盛り上がる。
ミレイは自分の発言が思った以上に注目されていたことに気づき、顔が熱くなる。
(私は今、全員の前で何を言ったのかしら)
でも、嘘ではなかった。
本当に似合っていると思った。
◆オチ
その夜、ミレイは日誌に書く。
黒瀬くんの執事姿は、予想以上に似合っていた。
少し悩んで追記する。
明日は冷静に接客を受けること。
翌朝、リコが読んで言う。
「会長、冷静になるって書いた時点で、もう冷静じゃないです」




