第126話 「会長、偶然を装って海に現れる」
海に着いた瞬間、ミレイは後悔しそうになった。
人が多い。
日差しが強い。
そして何より、自分がこれから黒瀬くんのいる場所へ偶然を装って現れようとしている。
(不自然ではないかしら。絶対に不自然だわ)
リコは隣で堂々としていた。
「会長、もっと自然に歩いてください」
「自然に歩いているわ」
「今、職務質問されそうな挙動です」
「そんなに?」
「はい。偶然を装う人の歩き方です」
ミレイは深呼吸した。
水着の上に白いパーカーを羽織っている。
それでも、いつもの制服や浴衣とは違う。
かなり恥ずかしい。
リコは涼しい顔で言う。
「大丈夫です。会長、すごく似合ってます」
「ありがとう。でも黒瀬くんがどう思うか」
「倒れます」
「倒れる前提なのね」
砂浜を歩く。
そして、少し離れた場所に黒瀬くんたちを見つけた。
トオルくん。
桜庭ユナさん。
クラスの女子たち。
黒瀬くんはラッシュガード姿で、どこか落ち着かない様子だった。
その姿を見た瞬間、ミレイの胸が跳ねる。
制服でもなく、花火大会の私服でもない。
海の黒瀬くん。
また知らない一面を見てしまった気がした。
(黒瀬くん、意外と似合っているわ)
そう思った瞬間、ユナさんが黒瀬くんに何か話しかけた。
黒瀬くんは困ったように返している。
胸が少しざわついた。
リコが小声で言う。
「会長、今です」
「今?」
「行きますよ。偶然です」
「偶然を宣言しないで」
二人で近づく。
黒瀬くんがこちらに気づいた。
完全に止まった。
ミレイも止まりそうになる。
けれど、ここで止まると不自然だ。
ミレイは練習した言葉を思い出す。
「まあ、黒瀬くん。偶然ね」
言った瞬間、自分でわかった。
不自然だった。
リコが隣で肩を震わせている。
黒瀬くんはしばらく沈黙した後、真剣に言った。
「ミレイ先輩、偶然にしては台詞が準備済みです」
ミレイは顔が熱くなる。
「そ、そうかしら」
ユナさんがにやにやして言う。
「会長も海来てたんですね」
「ええ。リコと少し」
リコが微笑む。
「偶然です」
トオルが小声で言う。
「絶対偶然じゃないな」
ミレイは聞こえないふりをした。
黒瀬くんは、まだこちらを直視できていない。
水着の上にパーカーを羽織っているとはいえ、いつもと違う格好だからだろうか。
ミレイは少し不安になる。
「黒瀬くん、変かしら」
黒瀬くんは全力で首を振った。
「いえ。変ではありません。夏海フィールド装備として、とても……」
そこで止まる。
そして、顔を赤くしながら言った。
「似合っています」
ミレイの胸が跳ねた。
来てよかった。
そう思ってしまった。
◆オチ
リコが隣で小さく言った。
「会長、作戦成功ですね」
ミレイは小声で返す。
「偶然よ」
リコは笑った。
「偶然が水着を持ってきますか?」
ミレイは答えられなかった。




