第119話 「花火が上がる前に、少しだけ本音を言う」
花火が始まる少し前。
二人は会場の少し外れにある土手へ移動した。
屋台通りより人は少ないが、それでも見物客は多い。
アキラは事前に調べていた。
ここなら花火が見やすく、人混みも少しだけまし。
(予習は大事。花火大会イベントは事前準備で難易度が下がる)
ミレイは土手に座り、空を見上げた。
浴衣姿で、横に座っている。
さっきまで手をつないでいた。
今は離している。
それなのに、手の感触がまだ残っている。
(人混み対策。そう、人混み対策だった。だがミレイ先輩は『今日は否定しなくてもいい』と言った。あれはどういう意味だ。いや、意味を考えると爆発する)
沈黙が流れる。
でも、嫌な沈黙ではない。
夏の夜の空気。
川の匂い。
遠くのざわめき。
花火開始を待つ人々の声。
ミレイが小さく言う。
「黒瀬くん、今日は本当にありがとう」
アキラは少し驚く。
「こちらこそ。来てくれてありがとうございます」
「誘ってくれて、嬉しかったの」
アキラの心臓が強く鳴る。
ミレイは空を見たまま続けた。
「夏休みになって、毎日会えなくなって……少し寂しいと思っていたから」
アキラは息を止める。
ミレイが。
寂しいと。
自分と会えないことを。
言ってくれた。
アキラは言葉を探す。
ここで逃げるな。
ちゃんと言え。
「僕も、寂しかったです」
ミレイがこちらを見る。
アキラは顔が熱くなるのを感じながら、それでも続ける。
「夏休み、楽しみだったはずなのに。生徒会室に行けない日が続くと、思ったより落ち着かなくて」
ミレイの目が少し揺れる。
「そうなの?」
「はい。ミレイ先輩に会えない日があると……ログインボーナスを取り逃したみたいで」
言ってから、アキラは頭を抱えたくなる。
なぜそこでログインボーナス。
しかし、ミレイは笑わなかった。
少しだけ笑って、優しい顔をした。
「黒瀬くんらしいわ」
「すみません。もっと普通に言えばよかったです」
ミレイは首を横に振る。
「ううん。ちゃんと伝わったわ」
アキラは胸が温かくなる。
ミレイに伝わった。
それだけで、十分だった。
花火開始のアナウンスが遠くで響く。
空が一瞬静かになる。
アキラは小さく言った。
「今日、一緒に来られて、すごく嬉しいです」
今度は、ゲームの例えを使わなかった。
ミレイは少し驚いて、それから微笑んだ。
「私も。黒瀬くんと来られて、嬉しい」
その瞬間、最初の花火が上がった。
夜空に大きな光が咲く。
アキラは花火を見ているはずなのに、隣のミレイの横顔ばかり見てしまった。
(これは、もう……)
言葉にはまだできなかった。
でも、判定保留にはできない気がした。
◆オチ
花火を見ながら、ミレイが言った。
「綺麗ね」
アキラは思わず答えた。
「はい。ミレイ先輩が」
言った瞬間、時が止まった。
「……花火が、です」
ミレイは真っ赤になりながら、小さく笑った。
「今のは、訂正しなくてもよかったのに」
アキラはその場で完全に機能停止した。




