第118話 「会長、人混み対策という名目で手をつなぐ」
屋台通りは、思っていたより人が多かった。
夏の夜。
明るい提灯。
屋台の匂い。
子どもたちの声。
遠くで響く太鼓。
その中を、黒瀬くんと二人で歩く。
それだけで、ミレイは胸がいっぱいだった。
黒瀬くんは、思っていた以上に気を遣ってくれた。
歩幅を合わせてくれる。
人が多いところでは少し前に出てくれる。
屋台の列では、こちらが暑くないか確認してくれる。
不器用だけれど、優しい。
ミレイはりんご飴を食べながら思った。
(黒瀬くんと一緒に来られてよかった)
その時、人の波が大きく動いた。
少し距離が離れそうになる。
黒瀬くんが振り返る。
「ミレイ先輩、こっちです」
そして、手を差し出した。
ミレイは固まった。
黒瀬くんの手。
差し出されている。
人混みではぐれないため。
きっとそう。
でも、それだけではないようにも思えてしまう。
数秒迷った。
けれど、人波が近づいてくる。
ミレイはそっと、その手を取った。
黒瀬くんの手は少し緊張していた。
でも、しっかりしていた。
ミレイの心臓は、一気に速くなる。
「はぐれると危ないものね」
自分で言い訳をした。
黒瀬くんも頷く。
「はい。人混み対策です」
「ええ。人混み対策ね」
同じ言い訳。
けれど手は離れない。
むしろ、離したくなかった。
ミレイは黒瀬くんの横を歩きながら、手の温度を意識してしまう。
以前、体育祭で手を取られた時とは違う。
あの時は競技だった。
今回は、自分で手を取った。
それが大きかった。
少し歩いたところで、黒瀬くんが真剣に言った。
「ミレイ先輩、手汗が気になったら言ってください」
ミレイは思わず笑ってしまった。
黒瀬くんらしい。
この状況でそんなことを言うのは、たぶん黒瀬くんだけだ。
「大丈夫よ」
そう言って、少しだけ手を握り返した。
黒瀬くんが完全に固まる。
ミレイも、自分が何をしたかに気づいて顔が熱くなる。
けれど、手は離さなかった。
今夜だけは、少し勇気を出してもいい気がした。
◆オチ
屋台のおばちゃんに「青春だねえ」と言われた。
ミレイは真っ赤になる。
黒瀬くんも真っ赤になる。
でも、しばらくして黒瀬くんが小さく言った。
「否定……しますか?」
ミレイは少し考えて、首を横に振った。
「今日は、しなくてもいいかもしれないわ」
黒瀬くんはその場で動かなくなった。
ミレイは慌てて手を引いた。
「黒瀬くん、歩いて」
「今、内部処理が止まりました」




