第116話 「会長、浴衣を褒められて歩き方を忘れる」
待ち合わせ場所に着く前から、ミレイはかなり緊張していた。
浴衣で来てしまった。
黒瀬くんはどう思うだろう。
気合いが入りすぎていると思われないだろうか。
いや、花火大会なのだから浴衣は普通だ。
普通のはずだ。
でも、黒瀬くんに会うと思うと普通ではいられなかった。
駅前に着くと、黒瀬くんはもう待っていた。
白いシャツに、すっきりした服装。
普段の制服とは違う。
それだけで、少し胸が跳ねる。
(黒瀬くん、私服だとまた雰囲気が違うのね)
声をかける。
「黒瀬くん」
彼が振り向く。
そして、完全に止まった。
その反応だけで、ミレイの顔は熱くなる。
「変かしら」
本当は、どうかしらと聞きたかった。
けれど、不安が先に出た。
黒瀬くんは全力で首を振る。
「いえ。変ではありません」
少し間があった。
それから、彼はまっすぐ言った。
「すごく……似合っています」
胸が大きく鳴った。
黒瀬くんに、浴衣を褒められた。
思っていたより、ずっと嬉しかった。
「ありがとう。黒瀬くんも、その服……とても似合っているわ」
これも本心だった。
黒瀬くんは照れたように言う。
「姉に選んでもらいました」
ミレイは思わず笑う。
正直に言うところが黒瀬くんらしい。
「お姉さん、センスがいいのね」
「はい。僕の装備選択画面に介入してくれました」
装備選択画面。
いつもの黒瀬くんだった。
その言葉に、ミレイは緊張が少しほぐれる。
二人で歩き出す。
浴衣は少し歩幅が小さくなる。
黒瀬くんはすぐに気づいて、歩く速さを合わせてくれた。
「ミレイ先輩、歩く速さ、大丈夫ですか?」
その気遣いが嬉しかった。
「ええ。ありがとう」
黒瀬くんは、人混みの中でも何度もこちらを確認してくれる。
はぐれないように。
歩きにくくないように。
暑くないように。
少し不器用だけれど、とても優しい。
ミレイは思う。
(今日、来てよかった)
まだ花火も見ていない。
屋台も回っていない。
それでも、もうそう思っていた。
屋台の明かりが見えてきた頃、ミレイは言った。
「今日は、誘ってくれてありがとう」
黒瀬くんは少し驚いた。
それから、真剣に答えた。
「こちらこそ、来てくれてありがとうございます」
そして。
「誘ってよかったです。かなり」
ミレイは胸がいっぱいになった。
かなり。
黒瀬くんらしい言葉。
でも、その中に本音がちゃんと入っていた。
◆オチ
ミレイは嬉しくて、少しだけ歩き方を間違えた。
下駄が小さく鳴って、体が少し傾く。
黒瀬くんが慌てる。
「ミレイ先輩、大丈夫ですか!?」
ミレイは赤くなって答えた。
「大丈夫よ。浴衣を褒められて、少し歩き方を忘れただけ」
黒瀬くんは完全に固まった。
近くの屋台のおじさんが笑った。
「青春だねえ」
二人は同時に真っ赤になった。




