第10話 「生徒会長、廊下の混雑を心配する」
黒瀬アキラが変わってから、校内の空気も少し変わった。
正確には、黒瀬くんの周囲だけが変わった。
廊下で女子が彼を見ている。
教室前で話しかける生徒が増えた。
購買では、彼がどのパンを買うのか観察している女子までいるらしい。
ミレイはそれを生徒会長として問題視していた。
「リコ、これは廊下の混雑問題よ」
「嫉妬です」
「購買の列にも影響が出るかもしれないわ」
「嫉妬です」
「黒瀬くん本人も困っているようだったし」
「それは本当ですね。でも会長の主成分は嫉妬です」
ミレイはむっとする。
「リコ、私はそんなに心が狭くないわ」
「狭いんじゃなくて、恋してるんです」
ミレイは固まる。
「恋……?」
言葉にされた瞬間、胸の奥が変に跳ねる。
けれど、ミレイはまだ認められない。
「黒瀬くんは、後輩よ。少し不思議で、真面目で、優しくて、前髪を上げると目が綺麗で、眼鏡がなくても黒瀬くんで、話していると楽しくて……」
リコは無言で見つめる。
ミレイは言葉を止める。
「……何かしら」
「証拠陳列が長いです」
その日の昼休み、ミレイは廊下でアキラを見かける。
やはり女子に話しかけられている。
「黒瀬くん、放課後ヒマ?」
「一緒に帰らない?」
「この前の話、もっと聞きたい」
アキラは明らかに困っている。
だが断り方がわからないらしく、
「現在、同時進行イベントの処理能力を超えています」
と言っている。
女子たちは意味がわからず、でも面白がってさらに話しかける。
ミレイは胸の中が落ち着かない。
(これは助けるべき場面よ。生徒会長として。そう、生徒会長として)
ミレイは歩み寄る。
「黒瀬くん」
アキラが顔を上げる。
ほっとしたような表情をした。
その顔を見て、ミレイの胸がまた跳ねる。
「生徒会の仕事をお願いしたいの。今、いいかしら」
アキラは即答する。
「はい。緊急クエスト受注します」
女子たちは残念そうにする。
ミレイは彼を連れて生徒会室へ向かう。
廊下を歩きながら、アキラが小声で言う。
「助かりました、生徒会長」
「困っていたように見えたから」
「はい。会話イベントが多すぎて処理落ちしていました」
「処理落ち……疲れていたのね」
「だいたい合ってます」
二人は少し笑う。
生徒会室に着くと、リコが待っていた。
「会長、仕事なんてありましたっけ?」
ミレイは堂々と言う。
「今から作ります」
リコは目を細める。
「公私混同ですね」
「困っている生徒を助けただけよ」
「そして自分の近くに避難させたわけですね」
ミレイは反論できない。
アキラは二人の会話を聞きながら、首を傾げる。
「僕はもしかして、何か政治的な駆け引きに巻き込まれていますか?」
リコは笑う。
「ある意味、恋愛的な駆け引きですね」
アキラは真顔になる。
「恋愛的……? 誰の?」
リコはミレイを見る。
ミレイは慌てて言う。
「し、仕事を始めましょう!」
結局、アキラには生徒会室の備品整理を手伝ってもらうことになった。
仕事自体は急ごしらえだったが、アキラは真面目に取り組む。
ミレイはその姿を見ながら思う。
(私は、黒瀬くんが他の女子に囲まれているのが嫌だったのかしら)
認めるのは少し怖い。
けれど、彼が生徒会室で安心した顔をしているのを見ると、自分も安心する。
その気持ちに、名前をつける日が近づいている気がした。
◆オチ
帰り際、アキラが言う。
「今日は助けてくれてありがとうございました。生徒会長は、僕にとって安全地帯です」
ミレイは赤くなる。
「安全地帯……」
リコが後ろでつぶやく。
「会長、告白じゃないです。落ち着いてください」
ミレイは小声で答える。
「わかっているわ。でも、心の中で拍手が起きているの」




