4
片付けを終えて本社へ戻ると、喫煙所でたばこを吸う長沼を見つけた。
すぐに声をかけて蔵の経緯を説明する。仕事が落ち着いたためか、最後までしっかり耳を傾けてくれた。
「ということは、まだお経をあげてないのかよ。確認しなかった俺も悪いが……社長になんて言われるのか分からないぞ」
「要領の悪い僕が悪いんです。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
しおらしい態度を取ると、長沼はタバコの火を消した。長沼は反省している部下に弱い。下手に出れば協力をしてくれる可能性がある。
「事情は分かった。しかしうちの社員は蔵に出入りはしていないと思うぞ。あの土地を購入したのは数カ月前だ。前の所有者が使っていたんじゃないのか」
「誰かがこっそり使っていた可能性はありませんか?」
「なんのために使うんだよ。葬儀会社が上司の指示もなく、蔵を勝手に利用するのか? 新興住宅に葬儀会社の社用車が頻繁に停まったら、会社のイメージが悪くなるだろ」
言われた通りだ。処分を受けるリスクを冒してまで使用するメリットがない。
だとしたら目撃証言はなんだ?
「そうだ、雲のマーク」
たちばな葬祭株式会社のロゴマークは橘を模している。雲ではない。
終活相談に来た夫婦は、葬儀会社の車を見て弊社だと思い込んだのだろう。ならば別の企業が使用していた可能性がある。
すぐに近隣の葬儀会社をスマホで検索をするが、どれも該当しない。
となると県外の企業か。しかし、わざわざ蔵へ足を運ぶのだろうか。
悩んでいると長沼が画面を覗き込んでくる。
「なにしてるんだ?」
「思い出したんです。蔵に出入りをしていた会社は雲のマークだと言っていました。調べればなにか分かるかもしれません」
「雲のマーク? うーん、もう少し絞って検索をしたらどうだ? 『雲のマーク 葬儀会社』とか、なんかそんな感じでさ」
アドバイスをもとに検索結果をチェックする。
すると「最雲葬儀」という企業が該当した。追加で検索を行う。
結果はホームページなし、口コミ情報もなし。廃業していた。
「だめか……」
「いや、ちょっと待て」
しっかり見せてほしいと言われ、佑真はスマホを渡す。
「なんか聞いたことがあると思ったら、М市の葬儀会社だな」
「そうなんですか? 初めて聞きました」
「家族経営の小さな会社だよ。最雲葬儀の社長と、たちばな葬祭株式会社の社長は旧知の仲らしい。廃業する前はちょくちょく交流があったらしいぞ」
「知りませんでした」
「社長の個人的な知り合いだから、知らない人も多いかもな」
「なら、仲の良さもあってあの土地を買ったんでしょうか。式場のほうではなく」
企業の利益にならない買い物だ。社長の意図がつかめない。
長沼は両手を挙げてお手上げのポーズを取る。
「とりあえず、進捗は社長に報告するからな。住職の霊感や事故物件のことも含めて、さらっとな」
「信じてもらえますかね」
「聞いてはもらえると思う。生願寺を手配したのは社長だ。幽霊騒ぎは気になるのかもな。昔、式場でオバケが出るって騒ぎになったときに、その筋の人を呼んでお札を貼ってもらったことがあっただろ。あの騒動も社長の決済が下りているから、話すのは大丈夫だろ。問題は叱られないかだな」
速やかに供養を済ませるという指示を守らず、ほったらかしにしていた。
青い顔をする佑真の肩に、長沼は手を置いた。
「つぎの定例会議には社長が出席する予定だ。安心しろ。問題が起きたら責任を取るのが上司の役目だ。進捗を確認しなかった俺が悪い。……もしも俺になにかあったら、次の係長はお前だ。任せたぞ」
「そんな、勘弁してくださいよ」
佑真には出世意欲がない。式場の管理責任者を任されたときにも、断り続けて上層部に呆れられたほどだ。
なにかあれば長沼を庇う覚悟はある。係長にはなりたくない。
長沼と別れ、本社にて仕事を済ませた。ようやく家に帰れる。
「まさか蔵の供養でこんなことになるとは。あんなところで誰が死ぬんだよ……」
ふいに、誰かに見つめられているような気がした。
足が止まる。気のせいではない。すぐ後ろに何者かの気配がある。しかしただそこにあるだけで動きはない。
幸円の気味悪い言葉がよみがえる。
ーー口のないもの、鼻のないもの、耳のないもの、右手がないもの、左足がないもの、親指と人差し指と薬指がないもの、左上腕がないもの、右ふくらはぎがないもの、上半身の皮がないもの、中身がないもの……。
もしや、なにもないから触れられないのだろうか。
「……って、そんなわけがあるか!」
恐怖に呑まれるな。
佑真は意を決して振り返った。
背後には誰もいない。街灯に照らされた夜道があるのみだ。




