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見学会の企画を始めてから一カ月後、慌ただしくもなんとか開催にこぎつけた。
準備期間が短く不安だったが葬儀式場内は賑わいを見せている。
よかった。告知をしたものの、誰も来なかったらどうしようかと思っていた。一安心だ。
ほっとしながら、佑真は人形供養のために持ち込まれた西洋人形を飾る。
祭壇にはさまざまなぬいぐるみや人形が置かれている。テディベア、幼児向けのぬいぐるみ、雛人形など、思い入れのある品が並ぶ。
日本人形の供養に訪れた男性が焼香台でお参りをすませ、ほほ笑んだ。
「いやあ、ありがたいです。人形ってのは、ほら、目があるでしょう。「捨てないで」と訴えかけられているようで処分できずに困っていたのです。長年客間に飾っていただけなのですが、やはり情は移るものですね」
人形供養は人気のあるイベントだ。
大切にすると魂が宿るとも言われるし、処分しにくいのだろう。
「こうして供養していただき助かります」
「お気持ち分かります。こちらでお預かりしますので、ご安心ください。まもなくお経が始まります。よろしければ掛けてお待ちください」
式場へ一礼をして住職が入場する。幸円だ。
幸円はすぐに着席はせず、祭壇をじっくり眺めると手を合わせた。
「どれも大切にされていたようですね。濁りのない良い供養になるでしょう。それではお勤めさせていただきます」
読経を終えると幸円は控室へ入った。佑真はすかさず入室し、緑茶を出しねぎらう。
「本日はお忙しい中ありがとうございました」
「いえ。そういえば、蔵の件はどうなりましたか?」
「……それが、まだ分からなくて」
見学会の準備に追われてまったく調べていない、などとは言えない。
すぐに取り壊したいのなら急かされそうなものだが、上司から進捗の確認もない。ならばいいかとほったらかしにしていた。
「そうですか。あの蔵は早めに対処したほうが良いと思うのです。ただ、なにがいるのかよく分からないんですよね」
「でしたら、ひとまずお経をあげていただくというのは難しいでしょうか」
形だけでも供養してもらえれば上司へ報告ができるのだが、幸円は首を縦に振らない。
「霊感があるので、詳細が不明なままでは失礼に感じてしまうんですよね。相手を思うことで供養の効果が得られると思うのです」
「たしかに、まあ、そうですよね……」
幸円は蔵を、人間のように尊重して弔いたいのだろう。
式場にて故人を思い読経するように、蔵へも丁寧に接したい。美しい心がけだが、さっさと業務を終わらせたい佑真にとってはいい迷惑だ。
「すみませんが、調査をよろしくお願いいたします。私もいろいろな方にあたっているのですが、有益な情報がなく手詰まりでして。困りましたね……」
言いにくそうに幸円は言葉を続ける。
「それと、気になる点がありまして。登坂さんは、最近身の回りで異変などはございませんか?」
「いえ、とくにはありませんが」
「ならいいのですが。登坂さんのまわりに、薄っすらと黒い影が見えます。おそらく蔵から連れて来たのでしょう」
「そんなまさか」
唇を結ぶと、幸円は少しの間佑真を凝視した。その視線は定まらず、別の世界を覗いているような薄気味悪さがある。
やがて幸円は呟き始めた。
「口のないもの、鼻のないもの、耳のないもの、右手がないもの、左足がないもの、親指と人差し指と薬指がないもの、左上腕がないもの、右ふくらはぎがないもの、上半身の皮がないもの、中身がないもの……」
幸円は額の汗をぬぐう。
「だめですね。これ以上は見えません」
怪しげな行為に佑真はたじろぐが、すぐに気持ちを切り替える。
怖がらせたいのだろうが、佑真は葬儀会社の社員だ。真夜中の病院へ遺体を引き取りに行き、式場の事務所にて宿直勤務の経験もある。
「気にしすぎではありませんか。僕はこの十年間、さまざまな葬儀を担当させていただきましたが、幽霊のたぐいは見たことがありませんよ」
「葬儀式場は死者を弔う場所ですから、幽霊はそこまで多くはありません。学校などの人が多く出入りする空間のほうが怖いですよ。あの蔵は思念が多い。留まっている霊と登坂さんの相性が良く、離れられないのでしょうね」
「相性って、そんな……」
「人間にも相性があるでしょう。仲の良い人、馬が合わない人。それと同じですよ。とはいえ登坂さんに問題がないのなら、私の気にしすぎですね。失礼いたしました」
幸円を見送ると佑真はため息をつく。
背後に不吉なものがいる? そんなまさか。非科学的だ。
「腹でも痛いのかい?」
声をかけられて顔を上げる。三倉だ。
「まさか生願寺様を怒らせたんじゃないでしょうね。あんなに良い方はいないってのに」
「いや、そうではなくて蔵が……」
「あきれた。その話、終わっていなかったんだね。少しは頭を使いなさい。あの土地に式場ができたらどう思うか、さりげなく聞けばいいんだよ。そうすれば蔵についての話がでるかもしれない」
「なるほど。その方法があるか」
幸円の言葉は気がかりだ。
面倒だからと手を抜くのは止めて、きちんと調べたほうが良いのかもしれない。
すぐに終活相談のコーナーへ足を運び、話を聞きながら蔵への探りを入れた。
反応の多くは「分からない」か「本当に作るのか」と質問をされるかのどちらかだ。
根気良く質問を続けると、昔からこのあたりに住む老夫婦から気になる話を耳にした。
「そういえば、蔵の前に、雲のマークがついた車が止まるのを何度か見たよ。なんとか葬儀って社名が入っていたな」
「このあたりだとたちばなさんで挙げる方が多いから、おたくの車じゃないの?」
「うーん、どうでしょうかね」
回答を濁すとそのまま話は逸れた。
出入りをしていた人物と、蔵での奇妙な出来事は関係があるのだろうか。
考えても出ない答えを探しながら、見学会は終了した。




