第91話 勇者、魔王さえ凌ぐ力
「結局、逃げられてしまいましたか。」
「一体、ここからどうやって……、」
私はヘイゼルと数人の部下を伴い、凄まじい破裂音の発生源と思われる場所へやって来た。その場所は施設の壁の外側だった。恐らく勇者ロア一味は何らかの戦闘行為を行ったと見られるが……そこに残っていたのは激しい衝撃によって抉られた地面だけ。間違いなく爆発が起きたのだと見ただけでわかった。多くの兵があの破裂音を聞き、謎の閃光を見たことで恐慌を来してしまうほどの……、
「橋は使用できないというのに、どうやってこの場を離れたのでしょうか?」
「ふむ……? あそこに枯れた草の痕跡が僅かに残っていますね。あれは何らかの樹術を用いた証拠です。あの部分にだけ雑草が生えていたというには不自然ですからね。」
「樹術? あの女コボルトが用いたのでしょうか? 花を咲かせる程度の魔術を使っているのは見たことがあったのですが……。」
犬の魔王の一味の中に樹術師が一人いたのは確認していた。旅芸人を装っていたときも公演で披露していたのも、魔術師の眼で監視していたときに見たので知っている。確かにコボルトにしては珍しい魔術師だった。元来、コボルトの魔法力は人間やエルフの半分以下とされているため、少数は存在しているが滅多に見かけるものではない。
「あの者はもしかすると伝説の古代コボルト、”タヌンナキ”と呼称される一族の出身なのかもしれません。だと仮定すれば、その魔術の高等さにも納得がいきます。」
「タヌンナキ? あのおとぎ話等の童話に出てくる種族ですか? 実在しているとは思いませんでした……。」
「いえ、私もそう思っていましたよ。滅び去る直前に少数が東方へ逃れたという伝説も残っていますからね。彼らの子孫なのでしょう。あの伝説は真実だったのかもしれません。」
彼らは比較的古い出典の童話に登場している。獣人にしては高い魔力で人を化かし、ずる賢く振る舞う一方で、些細なミスを侵して失敗するという人間臭い一面も強調されていた。古代史においてはその能力の高さから他種族から疎まれ迫害され、最終的に絶滅に追いやられたと記録されている。
少数が逃れて生き残ったという伝説もあったが、希望的観測で見られていただけと学会では認識されていた。あの者が本当にタヌンナキであれば、その定説はひっくり返されたということになる。捕えて学会に引き渡せば大騒ぎになるに違いない。
「しゃ、シャルルさ……ま……、」
「む? これは!?」
「まさか、おば様!?」
周囲を見渡し、声のした方向を見てみれば、何らかの金属片と見られる物体が転がっていた。よく見てみれば眼球に相当するユニットが僅かに残っているのが確認できた。これは間違いなく新型ゴーレムの一部である。だとすれば、その正体はオードリーなのは確実だった。あの爆発でよく残っていたものだ……。
「もうしわけ……ありません。彼らを……取り逃がしてしまいました。」
「あなたも異空間から逃れる事に成功していたのですね? その後、彼らに追い付いたと?」
「その……通りで……ございます。やはり……あの……男は……危険……です。即刻……見つけ出して……処刑……すべきかと……。」
「勇者ロアの事ですね? それくらいは私も承知し……、」
「ち、違う……のです……。勇者では……なく……、」
あの謎の爆発で彼女が攻撃されたのは明白だった。彼女をここまで無惨な姿に変えてしまったからこそ、地面が抉れるほど、耳がおかしくなるほどの破裂音が発生する程の爆発が起きたのだと言える。あれは勇者の技だったのか? あるいは魔王の技と考えた方がいいかもしれない。あの勇者にはそこまで大それた力などないのだから……、
「正体不明の……謎の男……の方です……。」
「あの男が!? あの男は記憶喪失だったはずでは?」
「あの男は……例の……武器を……用いた結果が……これ……です……。」
記憶喪失の男? あの男が? この事態を引き起こしたと? この様な大それた現象を? しかも武器……あれはそもそもオードリーの執務室に保管されていたはずなのだが、いつの間にか、あの男の手元に戻っていた。一体、何故? 狐面の人物が盗み出したのだろうか? しかし、あれの所在すら知らないはず……? 他に盗み出した者がいるのでは……?
「そうですか……。どちらにせよ、勇者共々捕えねばなりませんね。しかし、厄介な人物たちが一同に会してしまっているので骨が折れそうですが。」
「追跡は……ワタクシに……お任せ下さいませ!」
「追跡? あなたが? 冗談を言っちゃあいけませんよ。」
「おば様、無理はなさらない方がよろしいかと……。しばらくは療養に専念なさいま……、」
(グシャッ!!!)
私は一思いに破片を踏み砕いた。彼女が生き残っていたのは奇跡という他なかったが、もう用済みだ。再び肉体を与えることもできただろうが、コストに見合わない。せいぜい、ここで勇者一味に殺害された事にして、教団の反勇者意識を促した方が得策だと私は考える。もちろんそれだけではない。彼女は3度もミスを犯している。これ以上の失態は許されないのだ。
「な、何故!? シャルル様……!?」
「ここで介錯し、休ませてあげた方がいいと思いましてね。これでも穏便に済ませた方ですよ。失態を繰り返した身としては、ね。大人という者は一度の失態も許されないのですよ? 後学としておきなさい、ヘイゼル。」




