第十四章 消えた帰国便
ジャカルタ市内の政府庁舎。
冷房の効いた広い会議室に、直樹は場違いなスーツ姿で座っていた。
前方には官僚たちがずらりと並び、書類を手にしている。
机上には大きくこう記されていた。
(俺じゃない! 書いたのアユだって!)
直樹は冷や汗を流しながら、目の前の紙束を凝視していた。
――
「博士、この“バイオグラウトによる地盤強化”について、もう少し詳しくお聞かせ願えますか」
環境省の局長らしき人物が真剣に問う。
「え、えぇと、それは……」
直樹の喉がひゅっと鳴った瞬間、アユが静かに口を開いた。
「博士の代わりに補足します。日本で既に実証されている技術で――」
彼女の流暢な説明に、官僚たちは深く頷いた。
続けてハリムがデータを提示する。
「中水利用と減免申請制度を組み合わせれば、都市部の水利用コストは現行比で二割削減可能です」
再び「ほう……」と感嘆の声が広がった。
「博士は都市問題から教育まで俯瞰されている。観光による人口分散の発想も素晴らしい」
「特に“島嶼連結型国際レース構想”、我が国の観光資源として大きな可能性がある」
直樹の心臓はドラムのように鳴っていた。
(やめろぉぉぉ! 俺はただ冗談を言っただけなんだ!)
――
会議の最後、局長が立ち上がり、高らかに宣言した。
「博士の提言をもとに、“ジャカルタ総合プロジェクト”を発足させます!」
拍手が会場を埋め尽くした。
直樹は椅子に沈み込み、心の中で絶望の悲鳴を上げる。
(帰国……遠ざかった……完全に……)
――
その日の夜。
ホテルの一室で、直樹はスーツを脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込んだ。
スマホを手に取り、Naviを起動する。
画面に冷たい文字が浮かぶ。
Navi:任務継続。帰国条件、未達。
「……ふざけんなよ……」
直樹は顔を枕に押し付けて呻いた。
窓際に立つアユが、ふと振り返り、淡い笑みを浮かべた。
「博士……逃げたいのですか?」
直樹は答えられず、ただ天井を見つめた。
その視線の先には、もはや飛行機雲ではなく、絡まり合うマングローブの枝の幻が揺れていた。




