蠢く種子25
天狼は、シュタウフェン一族の屋敷にねぐらを構えている。
諸王連合国の習慣に習って、王族を名乗り、現在は大王と称しているが、シュタウフェン一族の規模は王国でいうと、精々伯爵相当といったところである。
決して大きくはない。
そのため、宮廷と呼べる規模の施設はなく、屋敷も利便性を追求した住居というより、いざという時の防衛戦を想定したものになっている。
その中庭に、天狼のために作られた東屋がある。
逃げ帰った天狼は、このねぐらでフィリップ国王とその精鋭の激戦で消耗した体を休めていた。
一日中、屋根の下で伏せている様子は、かなり苦し気だ。
一度は死んだ身とすれば、それも当然なのだろうが、共に戦っていたマルガレータからすれば、見るのもつらい。
しかし、つらいからとこの戦友のそばを離れることは、逃げ出すように思えて、マルガレータは戻ってからずっと、天狼のそばで過ごしていた。
「もうすぐグレイ殿が見える予定だ。彼女に診てもらえば、いくらか楽になるだろう」
励ましながら天狼の口元を撫でれば、毛の下の感触がわずかに違う。
カレー砦の中庭で、聖女クランマが、自分の胸から抉り出した魔法植物が根を張っているのだ。
グレイの配下が言うには、この植物が天狼の命を繋ぐと共に、天狼の命を苛んでいるらしい。
マルガレータは、それがどことなく気に入らない。命を助けるための強引な措置だから、無理が出ている。
そう言われれば、実際に天狼は死亡していたのだ、納得するしかない。
しかし、カレー砦で見た聖女クランマの、あの異質さがマルガレータの脳裏から離れない。
極めつけに、マルガレータが望んでいるならばと、自分の胸を自分で抉ったのだ。
聖女と呼ばれるに相応しい献身? 狂人の所業ではないか。
そう思えばこそ、マルガレータは天狼を内側から苦しめる植物を、助けだと素直に思えない。
付け加えるならば――マルガレータは、自分の左手首をさする。
聖女クランマの植物は、導師グレイから与えられたもの。同じく自分にも、導師グレイから植えられた植物がある。
この左手首の花輪のおかげで、天狼と友好関係を築けるほどの意思疎通ができている。
今回の敗戦の前までは、素晴らしいものだと思っていたが、今は……。
マルガレータが、左手首の花をむしり取ろうとする衝動を止めたのは、車椅子の軋む音だった。
「マルガレータ王女殿下、ごきげんよう」
車椅子を止めて、禁欲的な無表情で、導師グレイが一礼する。
「グレイ殿、ご足労、感謝する」
来てくれてありがたい。
そう思いつつ、来て欲しくなかったという念が、マルガレータの胸に湧く。
「いえ、天狼の生死や怪我は、国の安定にも関わることです。我々は混沌を望みません。そのためならば、手を尽くすのは当然のことです」
「それでも、ありがたい。すでに、神等教には聖女クランマ殿に、命をかけたご尽力を頂いているのだ。これ以上は心苦しく思う」
「聖女のことは、どうぞお気になさらず。彼女の回収は無事に済んでおります。後日、大聖女様のお力で蘇りますから」
常軌を逸した答えに、マルガレータは眉根をひそめる。
驚きと同時に、不気味さに由来する嫌悪感を覚えたのだ。
「容易には信じられないが……。天狼様を蘇生するところを目の当たりにしたのだ。グレイ殿がそう言うならば、そう、できるのだろうな」
「はい。我等の聖女クランマをご心配頂いたことは、ありがたく。ですが、今は天狼の状態を確かめましょう」
マルガレータは返事をしなかった。
本当に、この連中に天狼を任せていいのか。不安が消えない。
しかし、王女の許可がなくとも、その父である大王から許可を得ているグレイは、構わず天狼のそばに寄って診察を始める。
「やはり、乱暴な移植になってしまっていますね。状況を考えれば仕方ないことですが、これだけ体内で急成長されては、天狼でもかなり負担だったでしょう。それでも魔力を吸い尽くされず、血肉を食われていないとは……。やはり天狼は素晴らしい」
グレイの表情が緩むところを、マルガレータは初めて見た。
誰が相手でも愛想笑いすら見せなかった人物が、目に熱を浮かべて天狼を調べている。
ただし、その熱には天狼に対する労りや敬いは感じられない。
一体、なにに興奮しているのか。マルガレータにはわからない。
四年以上も付き合って来て、今さらながら導師グレイの得体の知れなさに気づく。
王国の出身であることは知っている。旧帝国の技術を継いだ集団に所属していたことも。
その集団が危険な暴走を始めそうであることから袂を分かち、警戒していると言っていた。いつか、元いた集団ともわかりあえるように努力をしている、と。
理性的で、協調的な人物だと評価されていたのだが。
「ここまで全身に、聖女の根が行き渡っていれば十分でしょう。これならば制御できるはず」
グレイが何度も頷いてから振り返ると、彼女の連れて来た弟子達が天狼を取り囲む。
その様子に、彼女達への警戒心が強まっているマルガレータは、わずかに腰を落として、いつでも動けるように構える。
「グレイ殿、なにを始めるつもりだ?」
「天狼と大聖女を繋げるのです」
意味のわからないことを言われて、マルガレータの言葉が止まる。
「見ていればわかることかと」
「では、これだけ聞くが……それで、天狼様は助かるのだな?」
「大丈夫です。天狼は、すでに救われております」
「そうか……。なら、いいのだ。しつこく問い詰めてすまなかった」
天狼に害意がないのであれば、ひとまずはよしとして、マルガレータは警戒を解く。
グレイは、その反応に大して注意も払わずに、大聖女の車椅子を押して東屋に近づく。
天狼は、それまで億劫そうに伏せていただけで、これといって反応しなかった。グレイにじっくりと観察されても、その弟子達に囲まれても、反応する必要を感じなかった。
手負いで消耗した身で、動きたくなかった。それもある。
もっと大きな理由は、近づいた者達が敵になったとしても、蹴散らすことができると感じていたから。
だが、近づけられた車椅子の人物だけは違った。
その匂いを嗅ぎつけて、天狼は牙を剥いて低く唸った。
それを無警戒に近づけるのは危険だ。
戦友と似た芳しい香りに警戒心が揺らぎそうになるが、それは危険だ。
ついこの前、似た匂いに釣られてひどい目に遭ったことを覚えている。
もう、必要以上には近づかないし、近づけない。
警戒する天狼の姿に、マルガレータも気づく。
「グレイ殿、天狼様の様子が」
「大聖女は特殊な事情を抱えていますから、そのせいでしょう。ご心配なく。警戒しているようですので、これ以上は近づけないようにします」
グレイが立ち止まり、大聖女の肩に手を置いて、周囲の弟子に指示を出す。
「皆、大聖女エリザベスと繋がります。私に接続を。大聖女から与えられた力で、今度は大聖女に力を与えるのです」
グレイの弟子達が腕から白い花を伸ばし、互いを繋いでから、グレイに枝を伸ばしていく。
その枝に、グレイも自分の白い花を伸ばして絡める。弟子達とグレイが繋がり、グレイが大聖女と繋がるのだ。
そこで初めて、大聖女が身じろぎをした。
「あ、ぁ……」
「エリザ、わかりますか。もうすぐ、もうすぐです。いきますよ。しっかりと制御するのですよ」
大聖女と繋がった状態で、グレイが天狼を見据える。
そこから先、言葉はない。
天狼を取り込むべく、グレイは白い花を伸ばす。天狼は、自分に触れようとしたそれを攻撃とみなした。
雷撃を出して打ち払い、一歩踏み出して大聖女と導師を諸共に引き裂いてやろうと、身を沈める。
そのまま、天狼が戦闘行動を取れば、グレイは抵抗できずに倒れただろう。
彼女が持つ能力は、メアリ配下のそれとは比べ物にならないほど脆弱だ。
だからこそ、グレイは十分に準備を重ねてきた。
天狼の右足と翼の負傷を癒すためにと、魔法植物を寄生させた。
致命傷を負った天狼の蘇生のため、聖女クランマに植えた魔法植物が使われた。
それは、グレイのエリザベス・ウェールズから分化した植物だ。
エリザベスと繋がったグレイは、意識不明の本人に代わってエリザベス配下の植物に命令を下す。
天狼を貪れ、と。
天狼が絶叫を上げる。
体内深くに根を張っていた植物が、内側から肉も臓物も食い破って成長を始めたのだ。その痛みに、攻撃行動が停止する。
天狼ならば、今この一瞬痛みに吠えた後は、食い縛って反撃ができる。
だが、その一瞬で、グレイには十分だ。
天狼の毛皮を突き破って咲いた白い花に、グレイが伸ばした花が絡みつく。
白い花――楽園殺しは、エリザベス・ウェールズが最も適合率の高い魔法植物として、寄生させられたもの。
それを緩衝材として、初代女王混沌花のセンビキオオカミを接ぎ木した。
残念ながら、エリザベス・ウェールズは、混沌花を満足させるだけの魔力を持っていなかった。
接ぎ木されたばかりの、弱った混沌花には耐えられても、徐々に力を取り戻していく混沌花に浸食され、自由を失った。
だから、グレイは用意したのだ。
エリザベス・ウェールズと繋げる魔力の供給先を。
本来の宿主と繋がった楽園殺しは、天狼の全身から魔力を吸い上げて本体エリザベスに送る。
その魔力の流れを、エリザベスに繋がっているグレイも感じて、唇を歪める。
ついに、とうとう、成功する。
カミラに遅れること十年、やっとだ。
これで平等だ。
しかし、グレイの見通しは、まだ甘かった。
天狼は、痛みに吠えた後、殺意に吠えた。雷撃を放つ余力はないが、全身の根を痛みと共に断ち切りながら、爪を振りかぶる。
グレイの表情が凍る。グレイには、必死の状況でも絶望しない気高さと、単純な暴力に対処する力はない。
だから、グレイ以外が対応した。
エリザベス・ウェールズの右腕が跳ね上がる。
その右腕、素肌を覆い尽くす長い袖と手袋の下で、蠢くものがある。
十年以上、エリザベス・ウェールズを食い尽くそうと蠢動し続ける執念の塊が、人の皮を突き破って、己の栄養源を壊そうとする獣の前に姿を現した。
それは、カレー砦で天狼を追い詰めた、センビキオオカミの花穂を咲き誇らせている。
天狼とは別のオオカミの咆哮が、一発。
初代混沌花のオオカミは、天狼の眉間を食い破る。
天狼の危機は、不意を突いてグレイを襲い、唐突に去った。ほんの一瞬のこと、マルガレータが、天狼を助けようと動き出す間もない時間の出来事。
次にグレイを襲うのは、初代混沌花の危機だ。
肩に手を置いていたエリザベスの右半身を、急速に混沌花のセンビキオオカミが浸食していく。
これまで、エリザベスの自由と引き換えに楽園殺しと拮抗していた混沌花が、殺気に引かれて天狼という栄養源に気づいたのだ。
エリザベスの楽園殺しより先に、混沌花が天狼の魔力を得てしまえば、エリザベスは一瞬で浸食されて終わる。
いや、天狼の方が寄生先に都合が良いと判断すれば、エリザベスを食い潰して、天狼に乗り移ることもありえる。
自分の計画が崩壊する恐怖に、グレイは咄嗟に判断を下した。
繋がっている弟子達から、魔力を一気に吸い上げ、エリザベスに流し始める。
一瞬でも良い。エリザベスの楽園殺しを強化して、混沌花よりも先に天狼を取りこませる。
元より、弟子達はエリザベスの力を分けて、命を救った者達だ。
それを返してもらってようやく平等、遠慮はいらない。
咄嗟の判断をそう補強して、グレイは弟子達の血肉も楽園殺しに食わせて、魔力に変換する。
右半身をセンビキオオカミに覆われたエリザベスが、今度は左半身を楽園殺しに覆われる。
グレイの判断は、秒単位で間に合った。
魔力を供給されて急成長した白い花は、天狼との繋がりをさらに継ぎ足し、補強していく。
天狼には元から楽園殺しが根を張っていた。後から混沌花が奪おうとするには、不利な状況で、その上で混沌花は出遅れた。
その有利が、ぎりぎりでグレイの計画を持ちこたえさせた。
このまま、楽園殺しが天狼の魔力を確保すれば、混沌花をエリザベスが御することができる。
グレイの目論見では、そうなっている。
今度はもう大丈夫。
グレイは、息を吐こうとした。
天狼の反撃という予想外を乗り越えたのだ。
それはつまり、一瞬以上の時間が過ぎたということ。
不意打ちを警戒しなくてよい研究者ならば短くとも、奇襲に備えている戦士なら、立ち直るに十分な時間である。
そして、マルガレータは、シュタウフェン一族の誇り高き戦士である。
「はっ!」
気合一閃。人狼化したマルガレータは、天狼とエリザベスを繋ぐ楽園殺しの枝を断ち切る。
なにが起こっているのか、正確に彼女が理解しているわけではない。
ただ、大聖女が天狼を攻撃したことは確かであり、その両者の繋がりは攻撃であろうと判断した。だから断ち切った。
その戦士の判断は正しく、グレイの計画にとって致命的だった。
「邪魔を――!」
「天狼様への狼藉、グレイ殿といえども許さん!」
グレイとマルガレータ、それぞれ怒りを吠えるが、その迫力は大きく違う。
敵を殺し、殺される覚悟を戦場で錬磨してきたマルガレータの気迫に、グレイの怒りは喉の奥で悲鳴に変わる。
グレイが怯んだのは一瞬で、その一瞬もやはり、戦士にとっては十分な隙だ。
マルガレータが地を蹴って、大聖女を飛び越してグレイに襲い掛かる。その手の狼爪は、容易くグレイの引き裂く暴力だ。
一瞬を怯むことに費やしたグレイは、もはや考えることもできない。
本能的に、その力を使った。
エリザベス・ウェールズに送り続けている魔力の行き先を、楽園殺しから一瞬だけ混沌花のセンビキオオカミに切り替える。
その魔力で、自分に迫る危険を止めてと願う。
「かっ、は……!?」
空中で、マルガレータの動きが止まる。
センビキオオカミによる、狼種への命令だ。
マルガレータは止められた。
攻撃の動きも、肺も、心臓も。一瞬だが、全て止められ、グレイを飛び越して地面を転がっていく。
グレイの命の危機は去った。
その代償に、彼女の計画は枯れていく。
楽園殺しが繁茂していた天狼の体に、センビキオオカミが絡みついている。
まだ楽園殺しの勢力が勝っている。それでも、地力の差からもう有利と言えるほどではない。
この状態では、エリザベス・ウェールズが目覚められるか、グレイにはわからない。
「そんな……ここまで、ここまでやったのに、また、報われないというの……?」
膝から崩れ落ちて、呆然と呟く。
グレイが嘆く間に、二種の魔法植物が栄養源を奪い合う。
天狼の体を、エリザベス・ウェールズの体を、どちらがより栄養を確保するか。
どちらがより花を咲かせ、実るか。
どちらが繁栄し、どちらが衰退するか。
使える栄養を絞り出して体積を増やし、攻撃手段と攻撃量を確保しながら静かに、激しく争う。
やがて、栄養源とされた二つの体は、二種類の植物に繋がれた。
それを認識できているのかいないのか、虚ろに見つめるグレイは、自分の思考に囚われている。
「どこで計画が……。天狼の力を見誤った? いや、そんなはずは、ではどこで……。計画は完璧だったはず……」
どれほど深く思考に潜りこんでいても、現実は容赦なく進む。
人間のように複雑な思考を持たず、種が積み上げてきた生存経験から対応を決定する植物は、迷うことなく現実に根を伸ばす。
『導師グレイ様!』
屋敷の中で待機していたグレイの弟子が、植物通信で悲鳴を伝える。
『シュタウフェン王族が突然襲って来ました! 彼等は半身を花に覆われて……導師グレイ様、なにがあったのですか! 導師グレイ様! 指示を、どうか我等をお導きくだ――』
不吉な途切れ方をした報告に、無意味な深みにはまりこんでいたグレイの思考が、危機感に引っ張られてゆっくりと抜け出す。
「シュタウフェン王族が……?」
彼等とは友好関係を続けてきた。
天狼を犠牲にする今回の計画が知られれば、マルガレータがそうであったように激怒することは織り込み済みだが――グレイが見回せば、マルガレータはまだ倒れ伏している。
彼女が、他の王族に知らせに行った様子はない。
だとすると、中庭の様子を見ていた者が、異常を察したのか。
そうだとしたら、さして状況がわかっていないだろうに、いきなり弟子達に攻撃を仕掛けてくるとはずいぶんと乱暴だ。
なんとか言葉で止めることはできるだろうか。
エリザが目覚めた後ならば、センビキオオカミの力でなだめれば良いと思っていたのに、計画の崩れがここでも問題を大きくする。
計画、計画、私の大事な計画、なにもかも計画が狂ったせい。
狂ったのは誰のせいだ。
歯噛みするグレイは、ふと、自分の考えが奥歯に引っかかった。
シュタウフェン王族は、センビキオオカミの力でなだめられると考えていた。
それは、彼等が狼種と共通した生態を持っているからというより、彼等が天狼と意思疎通をするために、センビキオオカミを植えこんであるためだ。
エリザベスの右半身を覆う、混沌花のセンビキオオカミの先端を切って、弱体化した状態でシュタウフェン王族に挿し木してある。
最も天狼と相性のよかった、マルガレータの左腕にもあるはずだ。
エリザベスが混沌花を制御すれば、彼等の体内のセンビキオオカミも当然支配下における。
そして今、その大本であるエリザベスの混沌花は、制御できていない状態で、かつてないほどに活性化している。
弟子の途切れた報告ではなんと言っていた。花に覆われた、と言っていなかったか。
その花とは、センビキオオカミなのではないか。
「まさか。混沌花が王族の花を操作している……?」
そんなはずはない。グレイは反射的に自分の考えを否定した。
「マルガレータ、マルガレータは花が咲いていない。そうです、弟子の報告がなにか間違えていたに違いない」
最も混沌花に近い王族はマルガレータだ。
その彼女が操られていない以上、混沌花が離れた場所のセンビキオオカミに命令を下せるほど活性化しているなどという、恐ろしい仮定は否定できる。
そのはずだったが、屋敷の方からやって来た惨劇が、グレイの甘い考えを否定した。
グレイの下に逃げ込もうとして走っていた弟子が、人狼の爪で引き裂かれる。
上半身が藁束のように軽々と宙を舞い、臓物をばらまきながらグレイのそばに落下する。
殴りつけられたように、グレイの視線が吸い寄せられた先で、血塗れの人狼は右半身にセンビキオオカミを咲き乱れさせている。
結社の人間なら、見間違いようがない。
かつて、躯の森で結社の喉笛に牙を突き立てた、大狼の配下達と同じ様相である。
メアリが女王になる以前、それは結社にとって悪夢の花だった。
結社の計画の失敗であり、結社をゆっくりと絞め殺す恐怖。
この悪夢から覚めようと、結社の天才達はあがき、夢に飲まれていった。
今、その花が、王国西部とは遠く離れたこの地で咲いている。
グレイの目の前で、悪夢のように咲いている。
グレイの喉の奥で悲鳴が鳴る。
終わった。恐怖の中、グレイは悟った。
エリザベスを目覚めさせることもできず、計画は無残に崩れたまま、自分の運命は終わるのだ。
なんて不平等、なんて理不尽。こんなのは間違っている。
カミラにできて、自分にできないなんておかしい。
歩み寄って来る、花に侵された人狼という怪物を、グレイは恨みのこもった目で見つめる。
その憎悪が、一つの花を咲かせた――ように見えた。
青いセンビキオオカミの花に、ぽつりと白い楽園殺しの花。
始まりは一株だけ。それが二つ、三つと、地面を這った蔓から人狼に咲いていく。
青い花を塗りつぶすように、白い花が浸食していく。
こんなことができるのは、この場に一人だけ。
「これは、エリザ? あなた、ですか?」
人狼は一体だけではない。
次々と屋敷から青い花を咲かせた人狼が出て来ては、白い花に絡みつかれて止められる。
グレイがエリザベスの姿を探せば、天狼の額の傷を埋めるように植物に引きずりこまれている。
その天狼の巨体に群がる花は、青と白が拮抗した状態。
「この状態で、混沌花に飲まれずに……! こんなことがありえるなんて! あぁ、エリザ、あなたはやはり……素晴らしい!」
讃えても、エリザベスからの反応はない。
「混沌花の暴走を抑えこむことはできても、完全な制御はできていないのですね? 天狼を取り込む前と同じ状況か……。いえ、それはこれから詳しく調べて結論を出せばいい」
とにかく今は、とグレイは喜色を露わにして立ち上がる。
「まだ、まだ私に機会を与えてくれるのですね、エリザ! ええ、ええ、必ず、必ずあなたを目覚めさせてみせます。あなたが望んでくれるなら、絶対に、絶対にです! 今度こそ、平等になってみせます!」
諸王連合国の混沌の花は、まだ枯れない。





