蠢く種子17
今回の攻勢の後片付けを終えて、国王と第一王子、そしてメアリは再び円卓の間に集まった。
「結論として、神等教は排除した方がいいわ」
なにかを言われる前に、先に切り出したメアリに、フィリップとマクシミリアンは顔を見合わせて、息子の方が尋ね返す。
「それは敵、ということが確定したのだろうか?」
「そうだと断言できたら、わたしがまとめて処刑して終わらせているわ。あれだと精々、無能だっていうくらいで、処刑までは難しいわね」
反乱を起こそうとした兵はまとめて処理できたが、流石に部外者である神等教の人間を処刑することまではできなかった。
兵が命令に逆らうことと、部外者が命令の是非に意見を述べることは違う。
「では、神等教に敵意はなかったか」
「ここにいない導師だとか、上位者らしき連中の考えまではわからないけれど、あの聖女やその取り巻き達にはないんじゃないかしら」
あれは単純に、負傷兵を助けようとしているだけだ。メアリにはそのように見えた。
「でも、絶対に話は合わないわ」
あの聖女達の考えはこうだ。
目の前に倒れている一人を全力で助ける。
たとえ、少し先に倒れている三人の人間を助けられる余力がなくなったとしても、目の前の一人を助ける。
そこに反省も後悔もない。
だって、人を助けることは正しいことだから、先の三人を見殺しにした自分達の行動はなに一つ間違っていない。
三人の死を悲しむことはあっても、一人の命を優先したことに後悔はないし、同じことがあったらもう一度やるから反省もしていない。
しかも、他人にまで自分達の判断を押しつけてくる。
だって、それが正しい判断だから。
配下のマリエが巻きこまれた騒動を例に出して、メアリはそのことを説明する。
当たり前だが、王族親子も頭を抱えた。
「ウェールズ卿が、兵を処刑したと報告が上がったのは何事かと思えば……」
「王国貴族より他国の宗教関係者の側に立つなどなにを考えているんだ……」
年齢が違うだけの似た顔が、そっくりな仕草で頭を抱えている。
恐らく、父親の癖を見て、息子が覚えたのだろう。
この二人は確かに親子なのだと、メアリは興味深く思うが、それとは別に言葉を添える。
「勝手に兵を処刑したことは、砦の指揮官として思うところはあるでしょう。当然だわ。でも、助からない兵への慈悲の一撃も兼ねていたこと、反乱の元になりそうな兵を排除したことも、その思うところに付け加えておいて」
「頭の痛いところにぶら下がる話が増えたな」
頭を抱えるのをやめて、フィリップが話を進める。
「兵の一部から、ウェールズ卿を非難する訴えが出ている」
「聖女を熱心に誉めそやす連中から?」
そうだろうなと頷かれて、メアリは肩をすくめた。
「聖女よりわたしの方が、多くの兵を助ける働きができるというのに、死ぬ確率を上げてまで聖女の味方をするなんて、わたしには理解できないわね」
しかし、メアリにとって、それはいつものことだ。
単に、好みが違うだけだろうと、メアリは気にしない。
「それで? わたしは要請されたから来ただけだもの、別に西部に帰ってもいいわよ?」
「ウェールズ卿に帰られては、こちらが困る。当然のことだろう」
すぐにでも帰ってしまいそうなメアリに、フィリップが苦笑いを浮かべてなだめる。
国王側かしてみれば、わざわざ西部から足を運ばせておいて、昨日の今日で帰すなどすれば、西部の重鎮を犬のように扱ったと見なされてしまう。
現状の王国では、政治的に許されるものではない。
それに、軍の実務的にも、ウェールズ家の後方支援能力は手放したくない。
メアリとしても、神等教に離反者の影を見つけたとはいえ、調査の拠点として東部の治安が悪戯に乱れることを望んでいるわけではなく、頼まれるなら東部戦線に付き合ってやってもいい。
結果、メアリの東部滞在は決定事項となる。
そうなると、メアリの排除を訴える兵を落ち着かせる必要が出て来る。
「簡単なのは、神等教の排除だけれど……聖女は素直に頷くはずがないわね?」
なにせ、連中は正しいことをしているのだ。引き下がる理由がない。
連中が引き下がらないとなれば、それに同調する兵が出て来るだろう。
丁度、治療中に揉めたウェールズ家の前に立ちはだかった兵のように、国王に立ちはだかる兵が出て来る。
どう考えてもまずい状況だ。
やはり、神等教の排除は簡単にはできない。
「神等教の排除が難しいとすれば……連中がここにいる理由をなくす方が簡単かしら」
「連中がここにいる理由、というと?」
わかりきったことだ。あの連中は、ここが戦場で、傷つく兵がいるからここにいる。
可能であれば、戦いなんて今すぐ終わって欲しいとここにいる。
メアリは微笑む。
世を嘲笑うような、彼女の笑みだ。
「この戦を終わらせれば、聖女も兵も、故郷に帰れるでしょう?」
軍を引けば東部の生産力は向上し、東寄りに傾きがちの王国経済も一息つける。
王族として反対するところはない。もちろん、引きこもり系令嬢のメアリお嬢様だって自分の家に帰れるなら帰りたい。
問題はその手段である。
膨大な思惑が絡んで、押すも引くも間々ならない戦争という巨石を、どのように御するのか。
簡単に思いつくような手段は――たった一つだけ、その場の全員の思考にあった。
「天狼を狙うか」
「天狼ならば」
親子の声に、メアリも頷く。
「そう、天狼を討伐できれば、連合国は退く。違う?」
魔法という存在が、戦況を左右する一騎当千の強者を生み出すこの世界で、敵の一大戦力を討ち取ることと、戦争の勝利は表裏一体だ。
今回、王国が苦戦する最大の理由は天狼だ。
前線の防御陣地を飛び越え、砦まで軽々とやって来る、強大な戦力。連合国の戦争を主導しているシュタウフェン王族が、天狼の戦力を当てにしていることは間違いない。
「確かに、天狼を討伐できれば、戦は決するだろう。敵が退かなくとも、天狼さえいなければ、我等の力で追い落とすこともできよう」
望む結末を述べてから、フィリップは前提条件を確認する。
「ウェールズ卿がそう口にしたということは、卿と我等が力を合わせれば、できるというのだな?」
「もちろん。空想を人に話して喜ぶほど、夢見がちな年頃ではないわ」
椅子の背もたれに、ゆったりと背を預けて、堂々と告げる。
「わたしはね、狼を捕まえるのは得意なの。昔、とびきり凶暴なのを仕留めたことがあるから、頼ってくれて構わないわ」
メアリ・ウェールズが、結社の頂点に立つためには、初代混沌花の成熟しきった女王を打倒する必要があった。
その初代が寄生していたのは、森に住まう大狼。
メアリ・ウェールズが完成するまで、悪逆非道の結社を幾度も蹴散らしてみせた、老練な女王狼なのである。
天狼とどちらが強いかはわからないが、どちらも同じ狼、多少飛ぼうが雷を使おうが、メアリお嬢様的に大差ない。
ただ、一つだけ確認しておかなければならないことがある。
「先日の天狼の襲撃を見たのだけれど、わたしの見間違いでなければ……天狼の背中に誰か乗っていなかったかしら?」
遠目だったのではっきりとはわからないが、天狼の毛並みに埋もれるように別なものがくっついていたように見えた。
「ああ、天狼を操っているシュタウフェン王族の者だ。先日の襲撃の時に見たのならば、恐らくマルガレータ王女だろう」
天狼の雷撃と咆哮で聞こえづらかったが、そう名乗っていたと聞いて、メアリは小さく頷く。
「つまり、その王女と引き離せば、天狼は大人しくなるか、どこかに去るのかしら?」
「いや、その可能性は低い。王女は何度か天狼から下りて来て、別々に暴れ回ったことがある。どうやって天狼を操っているのかはよくわかっていないのだが、シュタウフェンの王族は、秘伝の魔術で人狼化する。隣国に天狼が墜落した時も、狼として意思疎通ができるシュタウフェンだから天狼を手懐けられた、と聞いているが……」
敵の言っていることを、そのまま信じるわけにもいかない。
しかし、魔術や魔法絡みならば、天狼と意思疎通ができることもありうる。
メアリの配下にも、植物以外に、虫や獣を操ることができる能力の持ち主がいるのだ。
「王族と名乗る上に、敵陣に斬り込んで来るのだから、その王女も実力はあるのね?」
「中々のお転婆娘だぞ。並の貴族では抑えられん」
それほどの実力者が天狼のそばにいたら、拘束もやりづらいのは想像できる。
一呼吸分、メアリは考えた。
「天狼を空から引きずり下ろすのは、ウェールズ家の騎士団がやるわ。天狼の相手は陛下か殿下にお願いすることになるけど、問題ないかしら?」
「無論だ。地上に降りた後ならば、天狼が相手といえどやりようはいくらでもある」
それなら、メアリとしても問題ない。
「その人狼の王女は、わたしが相手をするわ」
天狼に跨って一騎駆けを仕掛けてくるなんて、中々面白そうな王女様ではないか。
王女なのだから見目だって悪いはずない。その勇猛な美しさは、今後、屋敷内装を整える時に参考になるかもしれない。
後学のために是非ともこの目で見ておこう。
メアリお嬢様は、新奇な発想を求めて戦場に踏み出した。





