蠢く種子14
「これはひどい」
侍女騎士マリエは、胸中に湧いた呆れや怒り、失笑や憐憫その他諸々のとにかく大量の感情を、その一言で表現した。
ちなみに、いかに大雑把なメアリお嬢様といえども、侍女騎士なる面白おかしい存在を正式に任命していない。マリエの自称である。
今回、メアリが選抜して連れて来たのは、臨時編成された東部派遣騎士団だ。
この派遣騎士団に銀鈴蘭侍女団から一時異動となった時、マリエが「つまり侍女で騎士ってこと!? 最強っぽくね!?」と大興奮して名乗り始めた。
そんな陽気なマリエでも、負傷兵の包帯の下から現れた化膿した傷口を見て、一言漏らすだけで精一杯だった。
「これが、その聖女ちゃんって子達に治療された後ってマジ?」
問いかけるが、負傷兵は薄ら笑いで頷く。
「ああ、聖女ちゃんのおかげで、俺ぁもう全然痛くねえのよ。はは、これなら、怪我なんて恐くねえや」
ケラケラと不安定な声量で笑い始めた負傷兵に、マリエはそっと首を振る。
バッカな奴、怪我を恐がらないようじゃ、もう人間としてお終いじゃない。
痛いのが嫌だから、死ぬのが恐いから、人間は本気で生きられるんだ。
本気を出さない人間なんて、あっという間におっ死んでお終いよ。
人間なんて、所詮はその程度の脆い存在だ。マリエは、それをよく知っている。
だから、主であるメアリ・ウェールズから与えられた、自身に寄生する魔法植物の能力を起こしながら声を荒げる。
「しっかりしなさいよ! このままにしてたら、腕が腐り落ちてなくなっちゃう。あんた、故郷はどこ? 家族は? 気になるあの子とかいないの? 帰ってこの腕で抱きしめてやりたい人の一人でもいないわけ?」
「ああ? ああ、そりゃ……そりゃあ……」
わずかに、負傷兵の顔に人間らしい苦悩が戻る。
すかさず、マリエは声をかけ続ける。
「なんだ、いるんじゃん。ほら、しゃっきりして、しまりのない顔してんじゃない! あんたが思い浮かべた人に、そ~んなみっともない顔見せたら、泣かれちゃうんだからね!」
「お、おぉ、そうか……? そうだな……無事に、帰って来いって、俺に言ってくれてたっけ……」
「よし! ちょっとはマシな顔んなったぞ! とりあえず、これ飲んで」
まだぼんやりとしている負傷兵の口に、緑の木の実を押し込む。
メアリの配下が手にしている木の実である。当然、魔法植物のものであり、その効果は圧倒的だった。
「ぐわっ!? にっがぁ!!
負傷兵が毒を飲まされたような勢いで、悶絶し始める。
当たり前の反応として、木の実を吐き出そうとした口を、マリエの手がそうはさせるかと抑え込んだ。
「吐くなバカタレ! これはねえ、あんたの傷口から入った悪いモノをギッタンギッタンにやっつけてくれるありがたぁいお薬なんだから! 自分の腕が大事なら黙って飲みこめ男の子!」
「んぐぶっ、ぐっ、ぐぶぅ……!?」
負傷兵が逃れようとするが、マリエも伊達に侍女騎士と名乗ってはいない。
騎士らしい腕力の強さで、木の実が喉の奥に落ちていくまで逃さない。
「ぶぇ……ひ、ひっでえ味だ……」
「よし、飲んだね。えらいぞー、えらい、えらい。次は傷口を消毒して、包帯も新しいのに換えてあげるから、もうちょっと大人しくしときなね」
「連合国の奴が襲って来たって、逃げる気力もねえよ……」
負傷兵はぐったりしながらそう呟いたが、傷口に消毒液をぶっかけられて悲鳴を上げる気力は残っていたようだ。
「はい、一丁上がり! つっても、この傷の膿み具合じゃ、消毒も包帯の交換もしょっちゅうやんなきゃなんない。あんた、後方に下がってしっかり治療を受けなさい」
「ああ? いや、でも、それじゃあ、次の戦いに……」
負傷兵の思考に絡みつく甘ったるい匂いを、マリエの寄せた顔から香る鮮やかな緑の匂いが塗り潰す。
「あんた、無事に帰って来いって言ってくれた人にも、そう言うのね? だったら、でっかい声で言ってみんさい? ママだか妹ちゃんだか近所のかわい子ちゃんだか知らないけど、ボク聖女ちゃんに慰めて欲しいから戦争がんばりゅ――ってほら、言ってみんさい?」
一気に言い切って、マリエの口は閉じた。
ほんの一瞬だけ、相手の返事を待つ。
その一瞬で答えを返せなかった。それだけでマリエが確信するには十分だ。
こいつが死ぬのは、今じゃない。
「あーら、言えないのね? んじゃあ、あんたは後ろの砦でぬくぬく治療に決定だ! ほら、荷物まとめて準備してきな!」
勢いよく肩を叩かれ、負傷兵は悲鳴と共に立ち上がる。
マリエは、診察した負傷兵の一覧の一番上の名前に、後方送りと書き添えて、次の負傷兵に笑顔を向ける。
「おら、次の死にぞこない、さっさと来なさい! 来ない奴はあたしがトドメ刺しちゃうぞ!」
負傷兵が押し込められている天幕には、すでに鮮やかな緑の匂いが充満している。
マリエの持つ魔法植物の能力だ。
重厚な巨木に成長し、森の中でも一際鮮烈な芳香を放つため、近くにあればすぐにわかると言う。その芳香には心身を癒す効果があるとされ、木の周囲に傷ついた動物達が集まることから、平和の木とも呼ぶ地域もある。
結社の調べでは、実際にその芳香には消毒・抗菌の作用があり、精神に安定をもたらす効果が確認されている。
そこにいるだけの癒し系、などとマリエが呼ばれる所以である。
癒しの力によってか、ぼんやりとした薄ら笑いを浮かべていた負傷兵達の顔に、故郷の畑や家族の顔への執着の影が差している。
「あ、じゃあ……オレ、左の足が……」
のろのろと足を引きずって来た負傷兵に、マリエは早速ズボンを引きずり下ろす。
なんか野太い悲鳴が聞こえたが、そんなものでマリエが躊躇するわけがない。
彼女は銀鈴蘭侍女団の筆頭侍女を名乗るほどの女。魔境の只中にあるメアリお嬢様の屋敷で、来る日も来る日も仕留められる魔物を解体しては食べ、解体しては食べ、時々食用に豚ちゃんを育てては解体して食べる猛者である。
すね毛の生えた足程度、インパクトが足りない。
「うわっ、あんたこれ骨が折れてんじゃん! えー、待って待って、これいつの怪我さ!? んもー、さっさと骨の位置を合わせてあげないと変な形でくっついちゃうってのにさー!」
主に四足動物になるが、数多の動物の皮を剥いで内臓から骨格まで知り尽くした経験から、一目ですね毛の生えた足の異常がわかる。
「これさー、聖女ちゃんの治療を受けた? え、順番待ちが長すぎてまともに受けてない? 手が遅いのか、この戦場はそんなもんってこと? んー、まだくっついては、いないな? これくらいならやれるか。よし、ちょっとこれ噛んどいて!」
負傷兵の口に木の棒を咥えさせる。横咥えだ。こちらも魔法植物のもので、この木の枝をしゃぶっているだけで、一定の鎮痛効果がある。
歯痛で悩む人間に、これを噛むように言い伝える地域があることから、その効果のほどがうかがえる。
「めっちゃくちゃ痛いと思うから気合を入れるんだぞ! しっかりその木の棒を噛んで! おう、どんな目に遭うかわかったみたいだね? 泣きそうな顔になるのはわかるけど、故郷に帰る足が使えなくなるのは困るでしょ? そうだ、三つ数えたらやるからね!」
マリエははっきり宣言をして、二つ数えたところで折れた負傷兵の足を引っ張って、遠慮容赦なく整骨してやった。
こういうのは不意打ちの方が痛くない、マリエの経験則である。
「おっしゃ、一発成功! 流石あたし!」
いやー、数々の立派な脚肉を解体して調理場に送り出してきた経験が生きてるわー。などとご機嫌な笑い声が響く。
そのおかげで、負傷兵のすすり泣く声は天幕の外には漏れていない。
「ほら、痛いでしょ? あんたも骨がちゃんとくっつくまで砦でお休みね。その怪我でも戦いたいって言うんなら仕方ない! もっと痛い治療をしてさっさと骨をくっつけてあげるけど、どうする? そりゃもう痛いよ? 死ぬほど痛いよ? 死にたくなるほど痛いよ?」
こんな調子で、マリエは天幕の中の負傷兵を次々と後方送りにしてやった。
後に、ウェールズ家の人間が「西の魔女」と恐れられるようになるのだが、その始まりは侍女騎士マリエに与えられた称号である。





