蠢く種子13
メアリの率いる東部派遣騎士団は、視察から戻って来るついでに、カレー砦に負傷兵の運搬を引き受けてきた。
メアリが到着して早々の打ち合わせを覚えていた第一王子マクシミリアンは、早速この負傷兵達について話を聞こうと、砦の中庭に足を運んだ。
「ウェールズ卿! 流石に動きが早いな」
「あら、殿下。前線で勇敢に戦った兵達を労いに、こんなところまで?」
メアリの返事は、マクシミリアンが望んだものとは違った。
しかし、メアリがなにを望んでいるか、マクシミリアンはすぐに察した。
この場で負傷兵達になにがあったのか、メアリの見解を聞くのはまずいらしい。即座に、マクシミリアンはメアリの話の流れに乗る。
「うむ。王族として、国のために働いた勇士にはできる限り礼儀を示さねばならぬだろう」
「なるほど、東部の戦線が頑健である理由がよくわかるわ」
「全ては諸侯と兵の献身の賜物だ。どれ、僅かなりではあるが、国の勇士に王族として感謝を」
マクシミリアンが王族らしい慣れた笑みで兵に向き合うと、強化魔法を負傷兵達に振る舞った。
現行、戦場で主流となっている治療方法である。
身体能力を強化する魔術を兵にかけて、その自己治癒能力を高める。もちろん、いつ敵の奇襲があるかわからない前線では、魔力は温存しなければならないため十分にはできない。
負傷兵を後方送りにする理由は、この治療を十分に行うためだ。
後方であれば、待機している貴族が可能な限りの強化魔術をかけられる。それに、専門の医療魔術を使える貴族が待機していることもある。
「流石はキャステリア王家、かなり強くかけているのに、余裕があるわ」
「だからこそ王族と名乗れるのだ」
魔力量の豊富さが随一であることを褒めると、マクシミリアンも当然だと頷く。
「これほどの魔力があればこそ、王家秘伝の魔術も使えるのね。確か、殿下はすでに継承がお済みだとか?」
「うむ。まだ父ほどではないが、王家の魔術を使える。おかげで、この若輩者を東部諸侯も頼りにしてくれるよ」
秘伝の魔術は、基本的に次期当主にしか伝承されない。
この第一王子が次期国王として、まず安泰ということだ。
「さて、ウェールズ卿、西部から来て早々に視察に赴かれて疲れもあるだろう。お茶くらいは馳走させてもらえるかな?」
「素敵な誘いね。東部のものかしら?」
「中央からの補給品もあるが、東部産をご希望であれば」
「中央の産物は王都でノア殿からご馳走になったから、東部の名物に興味があるわ」
「なるほど。確かに我がキャステリア王家でも、この東部の別荘ではクリストファー公爵家より上等な中央流のもてなしはできないな。ここは東部流で対抗することにしよう」
第一王子は微苦笑をして、砦内の私室へとメアリを誘った。
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東部特有の甘めのお茶を飲むと、マクシミリアンは座った姿勢ながら頭を下げた。
「よくぞ彼等を前線陣地から引き取って来てくれた。一瞥しただけだが、あのレベルの負傷者が前線に留まっているなど自殺行為だ」
「その言葉は、わたしの配下に伝えておくわ。彼等の治療に当たって、尻を蹴飛ばしてここまで連れて来たのは、うちの可愛い配下だから」
「頼もしい配下をお持ちのようだ。この戦地では贈り物にも不自由するが、王都の方からなにか贈るように手配しておこう」
かすかに微笑んだ姿は王子らしかったが、その後についた溜息は実戦を経験した軍事指揮官のものだった。
「それにしても、前線の兵の士気が高い、という報告の実態があのようなものだったとはな」
道理で死者が増えるわけだと、マクシミリアンは苦い事実を呑みこんで、眉間に深いしわを刻んでいる。
「前線の負傷兵を見舞えばすぐにわかることだけれど?」
叱責する口調のメアリに、マクシミリアンは反論せずに頷いた。
「自分の怠慢だな。これまで亡くなった兵達には言い訳にもならんが、そこまで手が回らなくなっていた」
マクシミリアンの話では、開戦当初は各陣地を訪ね、兵にも声をかけて不満を聞くようにしていたという。
二年も経つと、王子としての仕事や領地の仕事も放置できるものではなくなる。
各貴族の負担を考え、入れ替えや補償も手配しなければならない。
「一番の負担は、敵の攻勢が手強くなったことだ。この砦の崩れた城壁を見ただろう? 天狼の襲撃が起こるようになった。あれに対抗できるのは自分か陛下のどちらかだ。空を飛ぶ相手にあちらこちらと駆け回るようになって……思えば、その頃から一軍の将としては十全に働けなくなっていたのやもしれん」
「長く戦場が続く弊害、といったところかしら。聞いた限りでは、神等教も初めの頃と今とでは、ずいぶんとやり方や人員が違うようね」
「それは、神等教も変わっている、ということか?」
開戦当初からいるベテランの兵から、マリエが聞き出したことだ。
神等教の治療は、最初の頃は家庭の手当てレベルだったそうだ。それが徐々に専門的な薬剤を多用する高度なものとなり、薬剤が欠乏するようになって、現在は痛み止めを与えて包帯を巻く程度まで落ちた。
「薬を多用し始めたのは二年ほど前と聞いたわ。その頃、なにか他に変化はあった?」
「天狼の襲撃が増えて、我が軍の治療専門の術者も、一度それぞれの地元に返さなければならなくなった頃だ」
王族を始め上級から下級まで指揮官が忙しくなり、医療体制を見直したところに、重ねるように神等教の活動も変化したのだ。
些細な変化を注視するより、結果さえよければどうでもいいと見過ごされる時機と言える。
王国側の医療系術者が撤収し、負傷兵の治療が悪化するところを、神等教が入れ替わるように支えたことで、その辺りは問題なしと見過ごされたのだ。
「全て偶然か? まさか狙って? 狙ったとしたら、神等教がなぜそこまで? 連合国の謀略か? だとしても、ずいぶんと迂遠、いや複雑に過ぎるような……」
「さて、そこまではわたしもまだ。殿下の言葉通り、連合国の軍事行動、王国の後方医療体制、神等教の支援体制、この三種を同時に図るなんて、あまりに複雑だもの。全てがただの偶然という可能性もあるわ」
けれど、国境の川を挟んで両方に身を置いている神等教ならば、狙ってやれないこともない。
「神等教については、わたしが警戒するわ。陛下がわたしを呼んだ理由でもあるし、西部での文句もある。それに、向こうには結社の関係者も流れているようだから、ウェールズ家当主として、対応するわ」
「結社というと、ウェールズ家の初代を……」
王族としては、親戚のことがよほど衝撃だったようだ。
「その、結社の関係者については、確かなのだろうか?」
「負傷兵に使われた痛み止めを見るところ、十中八九、といったところね。少なくとも、うちと同系統の知識体系の持ち主と推測されるわ」
旧帝国時代に開発された植物由来の麻酔薬で、開発当時は「苦痛殺し」と呼ばれ、治療用の麻酔として重宝された。
しかし、あまりに高い中毒性によって乱用者が続出、禁止薬に指定されるに至り、「楽園殺し」と呼ばれるようになった。
麻酔による治療行為という「楽園を壊した薬」という意味もあるが、この薬がもたらす多幸感と意思の薄弱化によって、幸福な顔のまま野垂れ死にする有様から、中毒者を「楽園で殺す」という意味もある。
いずれにせよ、不吉な名前に相応しい混乱をもたらす薬だ。
「話を聞くだけで恐ろしいものが、我が軍の兵に蔓延していたのか……」
「結社では、これを魔法植物化して保管していた。負傷兵に使われていた痛み止めは、それと同じもの」
連合国へ向かったグレイという研究者が、実験体に使った記録がある。
メアリの姉に当たる実験体が、この魔法植物への適合率が高く、これを寄生させて混沌花の接ぎ木に使ったらしい。
この記録を見た時、「随分と可憐な花に適合したものだ」と、メアリは顔も知らぬ姉になんとなく血縁を感じたものだ。
きっと、自分と同じように美しく優しかったに違いない。
そうカミラに聞こえるように呟いたら、返事は返って来なかったけど、あれはなんでかしら。
「後は、この薬を使っている聖女とやらに直接会って確かめたいところね」
ひょっとしたら、とメアリは思っている。
その聖女とやらが、離反者グレイその人であるかもしれない。いささか、メアリお嬢様は希望的に空想していた。
だって、聖女がグレイならば、メアリが東部にやって来た一番の目的は、それで片付くのだ。
グレイを捕まえて話を聞けばいい。
向こうの言い分を聞いた後に、メアリが与える薄笑みが、グレイの最後に見る光景になる可能性が高いとしても、それは彼女の問題であって、メアリお嬢様にとっては解決の笑みだ。
そうなったらいいなと、メアリお嬢様は小鳥がさえずるような軽快さで、邂逅の時を待っていた。
その時は、天狼の咆哮と共にやって来た。





