蠢く種子12
東部くんだりまでメアリがやって来たのは、彼女の支配地に神等教がちょっかいを出してきたためである。
それ以外にも、結社の離反者がいそうだと判明したとか、王国宰相からも要請があったとか、最終的には国王から命が下ったとかあったが、それは理由が増えただけに過ぎない。
結局のところ、メアリお嬢様は自分に喧嘩を売って来た相手の面を拝みに来たのだ。
顔を合わせて気が済んだらそれでよし。
気が済まなかったら、気が済むまで踏みにじってやろう。
そんな感じだ。
なお、メアリをよく知る面々は、顔を合わせただけで気が済む、とは誰も思っていない。
その喧嘩を売ってきた神等教は、幸いかどうかは不明であるが、この砦に常駐していなかった。
いかに中立を標ぼうしていても、敵国側で主に活動している集団を防御拠点に入れるほど、国王も抜けてはいない。
もっとも、空間と食料に十分な余裕があれば、どうだったかわからない。
東部戦線と神等教の付き合いは、それほど昔からのもののようだ。
神等教の一団は、砦の後方にある街にいて、戦闘を終えた後の前線にやって来る。
物資を補充する商人と一緒に移動し、戦闘を終えた後の兵の慰問をして、また街に帰っていく。そういう流れができている。
とりあえず、神等教が前線でなにをしているか見ないことには始まらない。
メアリは早速、戦地状況の把握という名目で、神等教が巡回した後の前線にお出かけした。
国王が詰めている砦から東へ、連合国との国境になっている大河沿いにある、野営陣地だ。
渡河してくる敵兵を追い払ったばかりの陣地には、奇妙に明るい空気が漂っている。
無傷な兵や軽傷の兵からは、敵を貶し、自らの強さを自慢する、陽気な笑い声が響いている。
これはまあ、わからなくもない。
命を懸けて戦って、大禍なく生き延びた。戦闘の余韻が興奮として表れていると思えば、威勢が良いのも頷ける。
問題は、重傷者と呼ばれる者達だ。
手足が折れているのか、やたらと厳重に包帯を巻かれている者が、くつくつと笑い続けている。
骨折によって生じる痛みや熱は、その笑いを妨げないらしい。それ以上に奇怪なのは、手足が欠損している者達で、薄ら笑いを浮かべて虚空を眺めている。
どちらも、次の戦闘に参加したら生き残ることは難しい怪我だろう。
どうして、後方の砦まで搬送されていないのか。彼等重傷者が前線に残っていることが、負傷兵の数と死者の数が合わない原因であることは明らかだ。
「昨日の男達の情報の通りね」
これが、神等教の聖女による治療の結果というわけだ。
メアリが呆れをたっぷりに含ませて呟くと、同伴していた貴族、この前線陣地を任されている男が、どういうことかと尋ねた。
「わたしのところに迷い込んだ兵がいて、部下が少し話を聞いたのよ。そうしたら、神等教の人間が、負傷兵の苦痛を取り去る薬を使う話を聞いたわ。その薬の効果と来たら、これまで味わったこともない幸福をもたらすため、兵は聖女が来ると群がる有様だとか?」
責任者としてそのことを把握しているか、視線で問うと、男は虫刺されがうずく時の顔で頷いた。
「こちらへ着いたばかりと聞いたが、よくご存じだ。その件については、少々手を焼いている」
「聖女からまた薬をもらおうとして、兵が前線を離れたがらない?」
「離れたがらないとは、可愛い表現だ。幼児の癇癪の方がまだマシと思えるほどの勢いで拒絶される。それを負傷兵や元負傷兵が団結して行うものだから、反乱とみまがうほどだ」
敵が目の前にいるのにそこまで兵に反発されては、前線指揮官が問題解決に乗り出すことをしり込みするのも無理はない。
「それに、聖女の薬のおかげで、戦闘に向かう士気は高いのだ。前線陣地では、どこもかしこも、次の敵襲を齧りつかんばかりに待ちわびている」
「戦闘が発生して怪我をすれば、聖女の薬がもらえるから?」
常軌を逸した発想だ。
正気の頭から出てきたとは思えない戦意である。
「始めは、神等教の若い女達が世話を焼いてくれるから、兵士なりの気晴らしの冗談だと思っていたのだ。あの連中、戦場見舞いに来た時は、兵の寝床の世話までしてくれるからな」
「ええ、それも聞いたわ。戦地の男性には、数少ないお楽しみなのでしょうね?」
「兵は、命のやり取りをしているからな。どうしても、こう、興奮しているというか」
メアリが若い女性であることに、男は紳士として教育を受けていることを口ごもって示した。
咳払いをして、話を進める。
「気がついた時には、負傷をしても誰も後方に行こうとせん。最初の頃は、負傷を大袈裟に訴えて、後方に下がろうとする者の方が多かったはずなのだがな……」
戦闘意欲がない兵も扱いに困るものだが、無謀な戦意に溢れた兵も困る。
軍事的指揮官としても悩ましいが、領地持ち貴族、為政者としては余計に悩みの種だろう。
「領地の方では、頭が痛い状況なのでは?」
「そこまでわかるか……。いや、ウェールズ卿は西部で飢饉へ対応し、宰相閣下に認められたという話だったな。ならば当然と思うべきだろうな」
前線で人員の損耗が増えれば、領地から補充するしかない。その分、領地では若い働き手が減る。
負傷兵としての交代であれば、治療や運によっては労働力として復帰できるが、死者となってしまった兵は、故郷に帰ることもできない。
東部諸侯の領地の生産力は、確実に低迷している。
前線の貴族は頭が痛いだろう。
「正直なところ、早々にこの戦を終わらせたいが、終わった後を考えると、このまま戦地にいたいような気もするのだ。ここもろくな場所ではないとわかっているはずなのだが……」
「西部の神等教は、派手に暴れて問題だと知れたのだけれど、どうやら東部では問題と言いづらい形で、じわじわと問題になっているようね」
問題という言葉に、男は腕を組んで唸る。
「連中は、治療をしているだけだろう。兵がそれを望みすぎておかしなことになっている。それは我々指揮官の統率の話になる」
「東部諸侯は、あなたを始めとして真面目な人間が多いようね」
兵の規律を正すのは指揮官の仕事と思えば、宗教団体のおかしな薬のせいとは口にしづらいだろう。
しかも、その宗教団体に有用な面もあると思えばなおさらか。
これまでの経緯や有用さに目が眩み、最初の危険な兆候を「こういうこともあるか」と見過ごした結果、悪化する状況を止める機会すら捉えられず、肥大した兵の欲望にずるずると引きずられてしまっている。
滑稽なことだ。
兵を従えるのではなく、兵に引きずられる貴族指揮官とは。
東部諸侯にしてみれば、植物が年月をかけて育つように、それと気づかぬ速度で異常は進んでいたのだろう。
引きずられる自分に気づいてようやく、どうしてこうなったのか。これからどうすればいいのか。
頭を抱えている。
ここの指揮官の問題はわかった。
西部で潰して回った貴族ほど、能力が低いわけではない。ただ柔軟性に欠け、一度決めた方針を変えることは苦手らしい。
方向性を示してやれば、改善する能力は期待してもいいだろう。
さて、兵の方はどの程度、手遅れになっているだろうか。
メアリは、負傷兵の治療に向かった部下へと意識を向けた。





