蠢く種子11
「まず、ウェールズ卿。東部に来たばかりの卿が、感じたことについて聞きたい」
フィリップが、そう切り出した。
「今回の東部の戦、これまでのものと違う。二十年前、連合国との戦ではこのような苦戦はしなかった。今回はなにかがおかしい。おかしいことはわかるが、なにがおかしいかはっきりとわからぬ。我々はもう四年、ここで戦っているため、気づかぬうちに異常なものに慣れている恐れがある」
フィリップの言、戦闘の差配をしながら異常を探すことの難しさに、メアリは頷いた。
「そうね。ほとんど見ていないけれど、気になったのは兵の練度ね。かなり下がっているんじゃないかしら? 城壁の見張りは、気が緩んでいるように見えたわ」
それは意外だと答えたのは、マクシミリアンだ。
「前線の士気は高いと聞いている。ただ、兵に死者が多くなった傾向はあるので、ウェールズ卿が見たのは、入れ替えたばかりの新兵の様子かもしれないな」
「前線の士気が高いのに、死者が増えているの? 普通、仲間が死んだと聞けば士気は下がるものだけれど」
「そこは仲間の敵討ちを、と奮起する者もいる。不自然というほどではないと思うが……」
「死者が少数ならば、そうでしょうね。でも、兵の練度が下がって見えるほど、多数の兵の入れ替えがあるのに? それだけ死者が出ていれば、負傷兵も多いでしょう。問題が聞こえて来ない?」
物言わぬ死者も兵の意気を削ぐが、叫ぶ負傷者も兵の勇気を挫く。
次は自分がああなるぞ、という当たり前の恐怖を、大音量で知らせるからだ。
メアリの指摘に、マクシミリアンがなにかに気づいた。
「そういえばそうだ。死者が出たので人員の交代を要する。そういう報せは届くが、負傷兵の後送は妙に少ない。前線の治療で済んでいるのだとばかり思っていたが……父上?」
マクシミリアンが確認を求めた先、フィリップも苦い顔で額を押さえている。
「経験から言って、死者と負傷者の数は比例するものだ……。確かに、負傷者の数が少なすぎる」
どうやら、違和感の一つが早速見つかったようだ。
そして、フィリップの表情を見る限り、この違和感には問題がたっぷりあるらしい。
「ウェールズ卿。前線の治療を、神等教の聖女を名乗る者達が行っていると聞いたら、卿はどう思う?」
「西部では、その名前の連中がずいぶんと傷口を広げてくれたわ。槍で貫いてから、なにをしているか尋ねたいところね」
血染めの異名に相応しい表現で、問答の余地すらないとメアリは答える。
「まあ、神等教でも、まともな神官は西部にもいたわ。ほんの一握りだけね。その一握りをわざわざ探すくらいなら、まとめて掃除した方が楽だと思っているけれど……ここだと掃除をするのも大変そうね」
西部では、あの神等教の神官達は民衆や一部の貴族、騎士を味方につけていた。ここでも、負傷兵の治療をしているという。
そういえば、城壁の見張りが「聖女の手伝い」がどうのと言っていたことをメアリは思い出す。
フィリップも、「神等教の聖女を名乗る者達」が前線の治療をしていると言っていた。
神等教は怪しいから排除する、と言ったら、神等教の連中は素直に出て行くだろうか。
兵達は、それを素直に見送るだろうか。
そしてその時、連合国の敵軍はじっとしているだろうか。
どれも難しそうだ。下手に動けば、東部戦線が大打撃を受けかねない。
フィリップもマクシミリアンも、それを予測して眉間をしきりに揉んでいる。
親子らしいそっくりな動きを見せつつ、年の功でフィリップの方が立ち直るのが早い。
「あの連中は、昔からいたのだ。二十年前の戦でも戦場にやって来て、敵味方問わずに負傷者の世話を買って出ていた。和平交渉の仲介もするし、向こうの結束を乱す効果が期待できることから、今回も好きにさせていたのだが……迂闊であった」
西部に突然現れた連中と違い、東部では王国貴族の間でも、神等教は有用に思われていたらしい。
戦場にいて当たり前の存在として、懐に入れている。ならば、西部の話を聞いた時、さぞ慌てたことだろう。
「宰相から西部での神等教の話を聞いて、ウェールズ卿に来てもらいたかったのだ。もしも、もしも連中に問題があるならば……それを見つけるのも、対処するのも、経験者にやってもらうのが早かろうと思ってな」
「どうやら、ご期待に添えられたようだけれど……」
大分後手に回っているわね。メアリも、そこまでは口にしなかった。
これもまた、西部の飢饉の時と同じだ。
ウェールズ家が王国中央と距離を取っていたために、優先度の高い忠告として情報が回せなかった。
連合国のことを、まとまりに欠ける弱小国だと王国は認識しているが、他人事のように言っていられない。
「ウェールズ卿、国王として改めて支援を要請する。神等教がこの戦場でなにをしているか、現在の神等教がどんな存在かの調査をし、我が国の害になるようであれば排除の計画を作ってもらいたい」
いささか、メアリの好みの指示とは言えなかった。
排除の実施ではなく、計画までの権限しかない。なにかをする前に、国王の裁決がいるというわけだ。
まあ、仕方ないわね。小さく鼻を鳴らすだけで、メアリは文句を飲みこんだ。
ここは東部であり、メアリ・ウェールズの支配地ではない。
ひとまず、他人のお手並み拝見といきましょうか。メアリの口元に笑みが戻る。
「はい、陛下。メアリ・ウェールズ、謹んで拝命いたしますわ」
ただし、その手並みに不備があろうものならば、その時は大変なことになるだろう。
秘密結社・混沌花の目指したものは、強い支配者であり、メアリ・ウェールズはその精華なのだから。
****
到着の挨拶を終えて、メアリは砦内の割り当て地区で滞在の準備をしている部下のところへと向かう。
砦内と言っても、本丸の建物は王族や東部諸侯の重鎮、その護衛騎士で埋まっている。
メアリ一行の滞在場所として割り当てられているのは、その砦を守るための支城、というのも大袈裟で、砦近辺の空き地を埋めるための野営陣地となる。
メアリお嬢様にしてみれば、そちらの方が都合がよい。
ウェールズ家の陣地構築能力をもってすれば、窮屈な軍事城塞よりよほど過ごしやすい空間を作ることができる。
今回メアリが選抜した者達なら、早々に実家のような快適空間を作ってくれているはずだ。
メアリお嬢様が今一番欲しい快適さ、やや熱めのお風呂を期待して馬を進めると、快適とは程遠い不快な騒音が聞こえてきた。
「俺達が守ってやるって言ってんだよ。大人しく言うこと聞いてた方がお利口さんだぜ?」
「そうそう。天狼って化け物は飛んで来るんだ。この間もあの頑丈そうな城壁がぶっ壊されちまってよ。お嬢ちゃん達だけじゃ、明日の朝も拝めるかどうかわからねえぞ」
「だから、朝まで付きっきりで護衛してやろうって言ってんだよ。聖女ちゃん達だって、俺達の護衛を喜んで歓迎してくれるんだぜ」
槍を持たされただけという風情の男達が、メアリ麾下の薔薇騎士に絡んでいる。
騎士は、男達を無表情に見据えて立ちふさがっていたが、メアリの接近に気づいてぱっと笑みを見せた。
この程度の相手、西部で散々血祭りにあげて来ただろうに、なぜ手をこまねいているのか。
メアリは部下の行動に、不思議そうに首を傾げる。
「なにをしているの、あなた」
「恐れながら、東部の状況に詳しくないため、手を出しても良いものかどうか、判断がつきかねまして」
その返答を受けて、メアリは嘆息混じりに、キリエ、と騎士の名を呼ぶ。
一番隊の隊長は、それだけで身震いした。
自分の行動が、メアリの意に反していたことを察してしまったせいだ。丁度、侍女隊が「もうちょっと侍女っぽくしてくれない?」と小言をもらう時の口調だった。
「わたしは、舐められるのが我慢ならないわ。知っているわね?」
「はっ! し、失礼いたしました!」
「しっかりなさい。一番隊の隊長なのだから、あなたが舐められたら、わたしが舐められるまで紙一重よ」
「申し訳ございません! メアリ様のお名前に傷つけるようなことを……!」
「ああ、そこまで思いつめなくていいわよ。この程度の輩に傷つけられるほど、あなたの主の名は安くない。そうでしょう?」
真っ青になった部下に、メアリは泣き出した妹をなだめるような笑みを向ける。
健気な部下を見たら、メアリに――自分のものに対して、舐めた態度を取った男達への怒りが収まって来たのだ。
「あなたの判断が間違っていたわけではないわ。勝手の知らぬ土地で慎重に動くことは、大事ね。ただ、わたしの好みとして、舐められることを望まない。それを忘れないように」
「はっ! 騎士団内でも留意するよう通達します!」
「よろしい。わたしが留守の間、よく部隊を守ってくれたわ。あなたを一番隊の隊長に任じたわたしの判断は、正しかったようね」
「ありがとうございます!」
麗しい主従のやり取り。それで終わっていれば、誰も不幸にはならなかっただろう。
メアリがせっかく忘れてあげていたのに、不快のもとが自分からアピールしてしまった。
「こんな若いお嬢ちゃんが、こいつらのまとめ役か? いくらなんでも小さくねえか?」
「まあ、聖女ちゃん達だって随分と若い女子の集まりだし、そういうもんなんだろ」
「てことは、やっぱこいつら、聖女ちゃん達の手伝いなんじゃねえか」
恐らく、男達は次に、メアリに声をかけようとした。
さっきまでキリエに言っていたことを繰り返すために、「聖女ちゃん」と同じように扱うために。
しかし、メアリ・ウェールズは、彼女の部下ほどお優しくはない。
馬上から、男達に向けて軽く腕を振るわれる。手から伸びたツタが、男達の足をまとめて薙ぎ払った。
受け身も取れずに地面に叩きつけられた男達の五体を、地面から伸びたつる草があっという間に拘束する。
男達には、なにをされたのかも、なにが起こっているのかもわからない、あっという間の制圧劇だった。
「視線すら不愉快よ。そこで這いつくばっていなさい」
「こ、このガキ! 俺達がどこの兵士か、わかってんのか! 俺達に手を出したら、お貴族様が黙っちゃいねえからな!」
「その不愉快な口を閉じなさい。その貴族ごと土の滋養に変えてやってもいいのよ」
メアリが軽く手を握ると、男達を絡め取ったつる草が蠢いて締め付ける。
首の締め付けを、人体の生命維持が不可能なところまで強めてやろうとしたところで、メアリの眉が角度を変える。
あ、なにか気が変わったな。
念のため――万が一もないことだが、メアリの護衛としてそばにくっついていたキリエは、すぐに変化を察した。
やはり、いくら躾がなっていない下っ端とはいえ、東部諸侯の手の者を片付けるのはまずいのだろうか。
メアリ様は西部で好き放題やって来たけれど、ここは勝手が違う土地だし、国王様もいるみたいだしなあ。
それも仕方ない、と思っていたキリエに、メアリは声をかけた。
「キリエ、部下を使って、こいつらから情報を集めておいて」
「は? 情報、ですか?」
「ええ。さっき、聖女だなんだと言っていたでしょう? 神等教にそう呼ばれる人間がいるようなの。どこまで知っているかわからないけれど、神等教について知っていることを少しでも聞き出しなさい」
神等教の名前を聞いて、キリエもすぐに納得する。
ここに来た目的がなにか、キリエにも伝えられている。
わかりました、とキリエが答えた時には、植物通信を使って呼び出された部下が駆け寄って来ている。
メアリに礼をした部下は、一言も話す必要もなく、男達を奥の方に運び込んでいく。
「メアリ様、情報を聞き出した後は……?」
あの男達を生きて返すのか。
確認を取って来るキリエに、メアリは再び不思議そうに首を傾げる。
「わたしが神等教の情報を集めていることが周りに知られることと、連中の命、どちらに価値があると思う?」
「まあ、それは……。でも、メアリ様がなにをしているかは、すぐに周りに知れることだと思いますよ?」
「その少しの時間的有利が必要な時もあるわ。……今回は、う~ん、なさそうだけれど?」
「そうですか……」
つまり、連中の命には、タダでも高いと書かれた値札がついているらしい。
キリエには中々できない値付けだ。
「メアリ様がそう考えておられるのであれば、承知しました。一番隊の隊長として、同じように判断できるよう、精進します」
「そうね。その方が好ましいけれど……」
でも、まあ、あなたの他人に甘いところは、部下や仲間から好かれている良いところでもあるんじゃないかしら――などと言い置いて、メアリは配下が整えている陣地の奥に進んでいく。
その背に、キリエはちょっとだけ困る。
メアリ様も、身内にはかなり甘くて、好かれているんだよなあ。敬愛する主人に慰められて、キリエは赤くなった頬を揉んで誤魔化した。





