蠢く種子10
予定通りの儀礼が終わると、国王フィリップはすぐに諸侯に解散を申し渡した。
「さあさあ、諸君、仕事の時間だ! 見目麗しいご同輩とお近づきになりたいことは重々察するが、まずは国王たるわしにその役得を譲りたまえよ。その代わり、諸君には古馴染みの仕事が待ち詫びているぞ!」
このような言いようである。
一人称から砕けた国王に、仕方がないなと苦笑を漏らして諸侯が立ち上がる。
その中の年輩の一人が、唇の片側をわざとらしく吊り上げて忠告する。
「陛下も、若いのに鼻の下を伸ばすのは程々にすべきですな。あまり仕事を放っておくと後がひどいですぞ。古い馴染みとの関係は、こじれると面倒ですからな」
「なにを言うか。到着したばかりの同輩に、東部戦線の状況を説明するのは、わしの立派な仕事であろうが」
「はっはっ、そういうことにしておきましょうか。それでは、ウェールズ卿、機会があれば改めてご挨拶を。その時は、西部のお話でも聞きたいものですな」
「ええ、その時は、我が家自慢のお酒も楽しんでもらいましょう」
「それは楽しみだ。では、お先に失礼」
円卓の間に集まった諸侯の中でも、この年輩者は筆頭格だったようだ。
彼がドアへと向かうと、次々に他の者も続く。
中々の役者だこと。メアリが愉快気に笑う。
彼がさっさと動いたことで、他の諸侯もまごついていられなくなってしまった。
メアリは去っていく諸侯の探りを入れるような眼差しに、なんの答えにもならない微笑みを返す。
新参者と国王が、人払いをしての会談だ。
通り一遍の「東部戦線の状況の説明」で終わるのならば、適当な配下が他にもいる。なにか、特別な話し合いをするつもりなのだとすぐに察せられる。
国王が、よほどメアリ・ウェールズを気に入ったのか。
それとも、重要な情報を彼女が握っているのか。
これまで東部戦線を支えてきた諸侯だ。
戦後の勲功に関わりそうな気配に、気にせずにはいられない。
「ああ、近衛騎士団長、お前も残って説明を手伝ってくれ」
「はっ、承知しました、陛下」
国王フィリップの席を円卓の上座とすれば、そのすぐ右手に座っていた若者が応じる。
最初から席を離れる様子はなかったことから、予定されていたことらしい。
円卓の間に三人を残して、ドアが閉まる音がした。
「さて、ウェールズ卿、こちらの席へ参られよ。この部屋なら他人に聞かれることはなかろうが、それでも大声で話すにははばかられる」
フィリップが示したのは、若者の反対になる玉座の左手の席、先程、フィリップと軽快なやり取りをしていた年輩者が座っていた席である。
「では、失礼します」
王国の習慣的に、かなり上位貴族の扱いになるが、それに恐縮するほどメアリも初心ではない。
あっさりと国王の近くに腰かけたメアリに、対に当たる席の若者が興味深そうに視線を送る。
「陛下、ウェールズ卿に挨拶をする時間を頂いても?」
「そうだな。話を始める前にしておくがよかろう」
「では、お初にお目にかかる、ウェールズ卿。自分は近衛騎士団長にしてアンジュー辺境伯を拝命している、マクシミリアン・キャステリアだ」
国王に次ぐ立場の席に座るに相応しい名前に、メアリはやはり、という顔でフィリップを見やる。
「お血筋を感じられますね。すぐにわかりましたわ」
そうだろう? と自慢げな顔をしたのは国王フィリップ・キャステリア。
そうだろうか? と嫌そうな顔をしたのはマクシミリアン・キャステリアだ。
近衛騎士団長や辺境伯、東部統括官といった、そうそうたる肩書きを持つ若者だが、最も威光を放つのは、キャステリア王家第一王子の肩書きだろう。
そんな高貴な人物が、自分の頬を擦りながら唇を尖らせる。
「国で一番偉い人物の血縁だと、一目見てわかるこの容姿は良いものなのかどうか」
「あら、わたしから見れば陛下は美形ですわ。それを継いでいることは、悪いように思えませんけれど?」
「女性に褒められて嫌な気はしないが、戦場にいると、あまり似ているのもどうかと思うようになってな」
ああ、とメアリはすぐに察した。
すぐに手柄首だとわかるのだ。殺気立った敵が群がる目印になっていると思えば、微妙な表情になるのも頷ける。
一方、若い令嬢に美形と言われた父親の方は、見るからに嬉しそうににやついている。
「立場上、どうせ派手な鎧姿で目立つのだ。顔の造作など些細なことよ。そんなことより、うら若きご令嬢に褒められる容姿を継いだこと、美形の父に感謝するがよいぞ?」
「どうせ感謝するならば、母上に捧げます。あと、夜襲や暗殺の心配をしているんですよ」
「こんな具合に、父に対する可愛げは足りない息子だが、母を始め女性には優しいところがある。よろしく頼むぞ、ウェールズ卿」
「それはこちらの台詞かと。なにせ殿下は辺境伯の爵位もお持ちですから、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
言外に、同じ辺境伯、という含みを持たせたことに、国王も第一王子も、しっかりと頷いて見せた。
「さて、では早速、東部の状況の説明を、といきところだが……マクシミリアン」
それぞれの名乗りも済んで、話を進めようとフィリップは息子に視線を送る。
「はっ! まずは、東部諸侯を代表するモンジュー辺境伯として、西部を代表するウェールズ卿にお詫びを申し上げたい」
立場上、臣下に頭を下げづらい国王に代わり、第一王子が頭を下げる。
「この度は東部戦線における負担を、西部諸侯にまで負わせたがゆえに、ウェールズ卿を始め西部の貴族・王国臣民に多大なご迷惑をおかけしたと認識している。これも東部戦線に責任を持つモンジュー辺境伯たるこの身の不徳、お詫び申し上げる」
東部の問題を話し合う前に、国王と第一王子は、まず先の西部飢饉に対する謝罪を持ち出した。
西部諸侯が持っているだろうわだかまりを、先に少しでも溶かせれば、この後の支援も引き出しやすいという腹積もりだろう。
「東部のお気持ち、確かにお受けした」
厳粛に、メアリは応じる。
形としては、下げられたのは第一王子の頭だが、どう見ても国王の謝罪である。
王国貴族として、これほど重い詫びは、滅多にあるものではない。
王の首の重さを受け取ったメアリは、しかし、茶飲み話に興じる令嬢のような声で「まあ」と言い放つ。
それは、儀礼的な態度を粉砕する一撃だった。
「仕方ないことよ。西部に食料支援を命じた年、飢饉の前兆はどこにもなかった。来るかどうかわからない飢饉より、来ることがわかっている東部の敵に対する備えを念頭に動く。当たり前のことよね」
実際のところ、メアリは国王の判断が間違っているとは思っていない。
たまたま、時機が悪かったのだ。
西部から食料を大きく持ちだした後に、たまたま、西部を冷害が襲った。
西部を冷害が襲った時、たまたま、メアリ憎しで対策を怠った貴族がいた。
西部で飢饉が発生した時、たまたま、王国は東部戦線を支えるのに必死だった。
「もちろん、もっとマシな対応は取れたでしょう。ただ、その対応を迫るための伝手が、ウェールズ家にも欠けていたわけで、あまり意地悪は言えないと考えているわ」
うちは二代目の頃から宮廷から距離を取っていたし、先代エドワードの代からは王都の屋敷も手放す始末だし――メアリのいささか大きな呟きは、先祖に対する非難が含まれている。
これには国王も、いやまあ、と言葉を濁して苦笑いだ。
メアリが非難する通り、ウェールズ家がもう少し宮廷に訴え出る伝手を持っていれば、留守を任せていた王国宰相の打つ手があったことは確かである。
「ただまあ、なんだ、ウェールズ家の二代目がうちと距離を取ったのは、それ相応に理由もあって、やむを得ないところがあっただろう?」
国王がウェールズ家の先祖の名誉に助け舟を出す。
すると、若い息子の顔に、暗に含めた部分がよくわかっていない色を見て、もう少し助け舟を進める。
「当時の西部は、厄介な不法組織が幅を利かせていてな。その対処を西部諸侯から訴えられたからこそ、当時の王族であった者をウェールズ辺境伯に任じて送り出したわけだが、その初代がな……」
父が言いよどんだ遠い親戚の去就を、マクシミリアンが小声で呟く。
「確か、西部に赴いて間もなく亡くなられたと聞いたことが……」
「初代ウェールズ辺境伯が惰弱だったという記録はない。王位継承権を争えるほどの強者だったとあるくらいだ。当時の西部に潜んでいた曲者が、それほど厄介だったというわけだな」
王位継承権を争えるほどの強者ということは、王国最強に近い個人戦闘能力を持っていることになる。
そんな人物が、排除されてしまうほどの何かが、当時の西部にはいたのだ。
現在の西部に潜む者に、マクシミリアンは驚きの目を向ける。
美しい見た目をしたウェールズの末裔は、王家の血を呑んだ、得体の知れない怪物の影を背負ってそこにいる。
「その厄介な集団を、二代目は打倒するのではなく、集団に取り入って、集団を取りこんでしまおうと考えたのよ。懇切丁寧な計画書を、そちらの実家に送った方がよかったかしら?」
「それは、送られても、困るね?」
マクシミリアンは、慎重に答えた。
敵国と対話手段を確保するために、敵対勢力の一部とよしみを通じておく必要はある。
しかし、それが王族を殺した相手となると、公に良しとは言えない。王家としての面子がある。
それも、敵対勢力の一部と交流を持つのではなく、辺境伯家から下手に出て入りこむなど、とても許可を出せない。
かといって、元より西部諸侯の手にあまり、王位継承に絡むほどの王族を倒す相手だ。
王家から強硬に排除を命じたところで容易なはずもなく、手をこまねいていれば、今度は宮廷で王族が死ぬ事件も起こりかねない。
「そこで、ウェールズ辺境伯家は、西部の安寧に注力しています、という報告だけして領地に引きこもったというわけね。下手に宮廷に顔を出して、うちがなにをやっているか聞かれたら、お互いに困るでしょう?」
ウェールズ辺境伯家の方針が、王家が認めたものであるとされては、他の貴族への示しがつかない。
かといって、王家の命令でやめさせても解決の見込みはない。
王家の知らぬ間に、ウェールズ辺境伯家が勝手をやっていた。そうした方が、諸事都合がよかった。
なんだかんだ、この方針は上手く行った。
不法組織――秘密結社・混沌花は、その蠢動を西部に集中し、王国心臓部にその不気味な触手を伸ばさなかった。
「先代である父エドワードの方針は、これをさらに推し進めたものになるわ」
王族の血が混じるがゆえに、ウェールズ家の人間は、並外れた魔力を持っていた。
混沌花の宿主として、理想的な実験体になる。が、不法組織の実験に、ウェールズ辺境伯家の血を引く人間――王族の血を引く人間を使うだなどと、なおさら王家には言えない。
先代エドワードは、そのための準備として、一族伝来の王都屋敷をリッチモンド伯爵家に売り渡し、王都に滞在する場所もなくした。
子が何人いるか誤魔化しやすいよう、徹底的に引きこもった。
そして、エドワードはとうとう、一族の悲願を果たした。
あるいは、初代の無念を晴らしたと言い換えても良い。
「今はこの私、メアリ・ウェールズが、その厄介な集団の長よ」
ウェールズ家の精華が、結社の滋養を吸い尽くして咲いている。
その妖しい美しさの裏に、夥しい数の墓標を見た気がして、マクシミリアンはつっかえそうになる言葉をなんとか押し出す。
「それは、なんとも……王家の者として、ウェールズ辺境伯家の忠義に、敬意を表します」
「それほど気を遣われるようなものでもないわ。ウェールズ家の人間も、これは王家のためだから、と言い訳ができたのだもの。誰かのために、という言葉ほど、良心を泥酔させる言葉はないらしいわ」
今回、王国西部の飢饉でメアリが得た知見である。
無数の遺骸を集めて搾り出されたであろう言葉を、ワインのように口にしたメアリに、マクシミリアンは鼻白む。
そんな息子に、まだまだ苦労が足りんなと、フィリップは笑った。
息子の成長を信じている、父親の笑いだ。
「ウェールズ家の言い訳になれていたのならばよかった。国王たる者、臣民が飲み切れぬ苦渋を分かち合うべきであるからな」
国王としての態度を見せたフィリップに、メアリも賞賛を示して、崩れていた言葉遣いを改めた。
「いずれは、苦渋だけでなく、熟成した美酒も分かち合いたいところですわ、陛下」
「それもまた、国王の務めだな。楽しみにしていよう」
国王がメアリを見て、マクシミリアンを見る。
それぞれが、それぞれの意図を汲み取っていた。
フィリップは、メアリの助力を得るために率直に詫びることにした。
メアリは、その重たい詫びを砕けた態度で受け入れることで、場の空気が固くなりすぎないようにした。
マクシミリアンは、メアリが保有する力を見聞きした。
初対面の者同士の、遠巻きに眺め合う空気はない。
遠い親戚として、また王国でも上位に立つ者として、互いを認め合う連帯が結ばれていた。
「さて、東部と西部、お互いのこれまでに思うところを述べ、理解も深まったことと思う。ゆえに、これからの話を進めたい」
三人が三人とも、それほどまでにこの後の話が重要だと理解していた。





