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ブラッディ・メアリは支配する  作者: 雨川水海


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蠢く種子5

 接ぎ木方式による混沌花の移植実験を聞いた時、カミラの口から漏れたのは感心の吐息だった。


「へえ、面白いデータが取れそうだ」


 続いて、気になる点が湧いて来たので、これもそのまま吐き出す。


「しかし、ウェールズの血筋で実験にするには、もったいなくないか?」


 混沌花の研究班が定期に開かされている、情報共有の会議の席上、最も格下の席からの問いかけに、刺すような視線が集中する。

 しかし、たかが視線の棘で傷つくような軟弱さは、カミラの人生において、すでに摩耗しきっている。

 結社の研究者となり、日焼けをすることもなくなった白い肌は、幾度となく傷つけられて分厚くなっている。


 自分に優しくなかった世の中を嘲笑うかのような表情で、カミラは提案者を見つめる。


「もったいない、とは?」


 提案者のグレイは、禁欲的な聖職者にも似た無表情で、カミラの笑みを受け止める。


「ウェールズの子供は、混沌花の実験には極上の素材だ。導師エドワードから結社への献身の賜物は、大事に使うべきだっていうのは、ここの共通理解だろう? 違ったかな?」

「私のやり方では、失敗すると言いたいのですか?」

「そのやり方に耐えられるほど適合率の高い実験体なら、順当に成長すれば従来の共食い方式の寄生にも耐えられる可能性が高いだろう? なにか隠し玉があるのか?」


 当然の失敗を予見しているカミラに、成功の確信をしているグレイはゆっくりと首を振った。


「絶対確実とまでは私も断言できませんが、あなたの行っている素体強化実験よりも、成功の可能性が高いものと考えています。根本的な部分に勘違いがあるようですね」

「どうやらそうみたいだ」


 両者の眼差しには、勘違いしているのはお前だ、という意思が宿っている。

 無駄な実験に付き合わされる実験体がもったいないと、カミラの方には嘲笑が、グレイの方には憐憫が、それぞれに贈答品のように丁寧に包まれている。


「では、結社のため、知識の交配を」


 グレイが、討論の始まりを、結社の代々の一族が使う決まり文句で告げた。

 外部からの新参であるカミラは、結社の伝統など無視して、いいとも、と笑う。


「まず、カミラさんから見た、この接ぎ木方式の問題点をお聞かせください」

「あたしの考える問題点は単純だ。混沌花は底なしに思えるほど貪欲な生き物だ。別の植物に接ぎ木したところで、すぐに全てを侵食して混沌花になるのがオチだぞ」

「それは当然の懸念ですね」


 そんなものは想定していると、グレイは静かな態度で懸念を一蹴する。


「そのため、接ぎ木する側……つまり穂木である混沌花は、絶食させて可能な限り弱めたものを使います。また、接ぎ木される土台、台木の方は実験体と適合率のよいものを厳選し、実験体の負担が最小限になるよう細心の注意を払います」

「ふむ。あんたの想定では、それだけで実験体が制御できる、と?」

「そう結論付けたため、提案したのです」


 カミラの消えない笑みに、グレイは少しだけ声を強くする。


「いいですか? 台木となる魔法植物と実験体とて、決して無力な存在ではありません。弱った混沌花が完全な状態になってしまえば、なす術はないでしょう。しかし、完全な状態になるまでの時間があれば、台木と実験体にも抵抗力を作れるはずです」

「ふうん?」


 そこまで聞いて、カミラは笑みを消して、眉間にしわを寄せた。

 本格的に、グレイの実験について考察を始めたのだ。


「混沌花が回復するまでに作られるであろう、実験体側の対抗手段に望みをかけているわけか」

「多くの植物に、植物を含めた他の生物に抵抗するための手段が備わっていることは、これまでの研究から判明しています。最もわかりやすいものは、殺菌・殺虫効果を持ち、平和の木とも呼ばれる樹木でしょう。混沌花の浸食に対しても、わずかですが抵抗できることが確認されました」


「ということは、その木が台木の第一候補か?」

「いえ、そこは実験体の適合率を見てから、ですね。混合花からの浸食を受けた植物は、激しい変異が起こります。どちらかといえば、台木自体の性質よりも実験体との適合率を重視します」

「適合率重視か。両者が噛み合うの一番だが、間違ってはいないな」


 グレイの意見は、カミラがやるとしても、そうするだろう思える。だが、それでもなお、カミラならば「やらない」と断言できる。


「で、それだけか? 思ったよりも悪くはない着眼点だが、やっぱり実験体そのものの強靭さ、あるいは穂木にする混沌花の特殊な弱体化手段がないと、成功率が低いと思うね」

「それは、あなたのように実験体に毒を飲ませろ、と?」


 カミラが行っている素体強化方式は、実験体の強化のために劇物に等しい薬品を使用している。

 その薬は、実験体を害することを目的としていないが、過程で害があることは明らかなため、毒と言われれば、カミラも否定しない。

 実際、実験体が死なないよう、慎重な調整が必要なのだ。


「最低限必要と考えられる実験体の能力を考えれば、必要な処置さ。どの方式にせよ、実験体が強ければ強いほど、成功率が上がるのは当然だろう? あんたの方でもやって損はないと考えているが?」

「あなたのやり方は全く洗練されていません。実験体を悪戯に苦しめているだけです。あなたの実験の犠牲になっている、導師エドワードの子が哀れでなりません」


 洗練されていれば、非道の誹りを受けないと思っていそうな言葉を浴びて、カミラの表皮に、嘲笑が再び現れる。


「はは、最後のは同感だね。結社の実験体になったらその時点で、老若男女、人も獣も哀れむべきだからな」


 お前も同じ幹から生えた別の枝だろうと揶揄すれば、グレイの目が愚者を侮蔑するそれになった。


「我々結社の目的が達せられれば、多くの人々に広く、永く、幸福なる平穏をもたらせることができるのです。そのために必要な犠牲には敬意を払うべきです」

「素晴らしい目的のためならば、あらゆる犠牲が許される、ってわけだ。そうだな。あたしも、結社の薄汚い泥沼に頭までずっぽりだ。許されることを願いたいね」


 カミラの嘲笑の表情が、わずかに引きつる。

 ふざけた態度で、真の恐怖から目を反らす者の緊張が、その唇をわずかに引っ張っている。

 それを誰にも気取られないように、カミラの唇が動く。


「さっきのあんたの言い方だと、ご立派な結社の目的のために手を汚している我々に、あたしが入っていないように聞こえるが、あたしは別枠かい?」

「明らかに不要な行為や無駄な行為まで、目的を達成するために許容される必要がありますか?」

「おお、確かに。目的に不要だったり、全くの無駄だったりした行為は、処罰されるべきって考え方もありだな」


 なんとも穴だらけなグレイの論を浴びて、カミラの嘲笑はますます綻んで、大笑いが咲き乱れてしまいそうだ。


 目的に必要か、不要か。

 目的達成に有益か、無益か。


 その判断をするのはどこの誰だと言うのか。


 結社が資金稼ぎに行っている人さらいや、強盗仕事、怪しい薬物の販売は必要か?

 実験体集めに使っている奴隷商売は必要か?

 結社の数々の失敗してきた研究は無駄か?

 その失敗の中から取り出された、怪我人や病人の治療法、農業生産量の向上法は無駄か?


 これらを誰が、どの視点から、どのように判断をするのか。

 そもそも――これが一番カミラの心に皮肉の笑いを沸き立たせて止まないのだが――正しい目的のためならば、どんな手段も正当化されるだなどと、どこのどなた様が認めた法なのか。


 こんな当たり前の疑問が、グレイの頭蓋の中には、あるいは胸の内には、一片もないらしい。

 カミラは、その美貌に永遠に残りそうなほどに嘲笑を深める。


 たとえば、全知全能の絶対なる神がおわし、そうおっしゃってくださったのならば、そうであれば、どれほど救われることか。

 自分は残虐非道なる正義を断行した傑物なのだと、栄光と満足に包まれて死ねる。


 いや、それは無理か。カミラはその嘲笑を自分にも向ける。

 自分の頭は、知性は、そんな逃避を許すまい。自分はそこまで愚かにはなれない。

 会ったこともない、教えを受けたこともない神なんぞに、自分の行いの全ての罪を預けて逃げるなどという愚昧さを、カミラの頭脳は絶対に許さない。


 結局、自分は生涯、自分の非道な行いへの報いに脅えて生きていくしかないのだろう。


 なんと恐ろしい。

 そして、そんな恐れを抱いていないグレイの愚かさが、なんとも羨ましい。


「まあ、あんたが成功の芽が出ると思っているなら、いいさ。計画の全部を全部、この場で言えるわけでもないもんな」


 カミラは、その笑みに優しげなものを混ぜて、身を引いた。


「あたしから見ても、興味深い実験だよ。混沌花の浸食過程をじっくり観測できそうだ。データを楽しみにしているよ」


 成功を楽しみにしている、とは言わない。カミラからすると、どうしても成功するとは思えない。

 実験体がよほど当たりだったら話はまた別だが……。


「ええ、よい報告ができるでしょう」


 カミラの言葉の意味を察して、グレイは暗に成功の単語を含ませた返事をする。


 グレイの頭は悪くない。恐らく、彼女が行う実験も、緻密な思考に基づいたものになるだろう。

 ただし、結社の腐敗や、他者からの評価、混沌花の性能……そういった一部の現実が、グレイの認識から零れている。

 カミラには、そう見える。


 現実とは、悪辣にして非道、残虐にして狡猾、とびきり悪い時機を狙いすまして襲い掛かって来る、理不尽と悪趣味が極まった存在だ。


 カミラは、それを思い知っている。

 グレイは、いつ思い知ることになるだろうか。


 グレイを見るカミラの笑みには、優しさがまだ混じっている。

 それは、ようやく歩き始めたばかりの幼児を見て、これからこの子は幾度となく転倒し、何度も大泣きするのだろうと、未来を知る年長者の笑みに似ていた。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 これから現実を知るはめになるのか
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