蠢く種子27
メアリの取った戦術は当たった。
薔薇と狼の旗を掲げて、殺戮して回るのではなく、生かして苦しめて回る。
その成果は、目に見えて連合国側の士気が下がっている様子から明らかだ。
渡河をして攻撃してくる頻度が激減し、それならばと王国側から渡河攻撃を仕掛けても防御に徹し、撤収時に追撃をして来ない。
薔薇と狼の旗を見て、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる部隊まで現れる。
「凄まじい効果だな」
すっかり暇になった前線陣地で、マクシミリアンが呻く。
血染めのあだ名を戴くのも納得である。
恐怖を与えること、その恐怖を利用すること、その巧みさには感心を通り越して呆れてしまう。
連合国軍は、戦場には死ぬより恐ろしいモノが待っている、とすっかり脅えて縮こまっている。
今の王国軍は、物陰に隠れて息を潜めている連合国軍を見つけては、小突く日々を過ごしている。
もはや、やっていることは弱い者いじめに近い。
「クリストファー公爵閣下が、色々と便宜を図ってでもこの戦場に投入すべし、と進言するわけだ」
今回の弱い者いじめを終え、ウェールズ家の野営地に戻る前に報告に寄ったメアリが、当たり前の顔で頷く。
「ノア殿は、西部の飢饉の前から東部の情勢を注視していたわ。わたしよりもよほど、さっさと片付けたいと考えていたはずよ」
「メアリ殿がここに来れば、さっさと解決しようと動くことを見抜いていた、と?」
メアリは、頷いてマクシミリアンの推測を肯定する。
「流石は、王国宰相にして王国中央の重鎮だわ。盤面の情勢と、動かす駒の特性をよく把握しているわ」
メアリの口元に、称賛と同量の苛立ちが混じっていることを見て取って、マクシミリアンは緊張した。
それを相手に気取られる辺りが、この第一王子の若さだろう。
「気にしないで。ノア殿の采配に感心しているし、納得もしているわ。ただ、駒扱いが好みではないのよ」
それはノア殿も承知の上でしょうけど、とメアリはつまらなそうに髪をいじる。
「駒扱いはするけれど、メアリ・ウェールズを舐めてはいない。ノア殿はきちんとそう立ち回ったわ。交渉の場を設け、わたしの利益を示した。わたしのお気に入りのセスを交渉相手として寄越して、楽しませた。わたしの許容範囲を見切っているのね。そこも流石だわ」
老練な政治家と言える。
相手が嫌がることを察しつつ、それを和らげる贈答品を差し出し、相手の事情も汲んで、意図を達成する。
見習うべき部分がある。メアリは、若干の反感を覚えながらも、そう認める。
魔法や薬もなしに、ここまで自在に相手を操ることは、自分にはまだできない。
ましてや相手はメアリ・ウェールズである。その人物の厄介さを、彼女自身が誰よりわかっている。
だから、マクシミリアンの緊張は、無用な心配である。
「この戦場の帰りに、ノア殿のところに寄って、セスを思い切り可愛がってやるわ。それで十分よ。わかるでしょう?」
王国中央の重鎮と、王国西部の覇者。両者の間に、深刻な対立は発生しない。
少なくともこの段階では。
そう伝えてやると、マクシミリアンは安堵したようだった。
雨に打たれた犬が、軒差しに入ったような表情を見せる。他人のそういう表情を見ると、メアリお嬢様は大抵機嫌がよくなる。
「第一王子も大変ね。東部の戦場にいながら、王国全体の天秤の心配をしないといけないのだから」
「楽ではないのは、確かだな」
その生き方を受け入れていることを示す言い回しに、メアリは目を細めて微笑む。
「わたしの働きが、少しでもマクシミリアン殿の負担を和らげられるといいわね」
「ここ一月、天狼の襲撃が止んでいるだけで十分だとも。加えて、連合国軍本隊の動きもこれだけ大人しくさせたとなれば、これ以上なにを望めと言うぐらいだ」
「あら、次は停戦をお望みではなくって?」
的確に望みを言い当てるメアリに、マクシミリアンは声を潜めて顔を寄せた。
「実は……そこまでいってしまうと、どう感謝していいものか考えついていないので、黙っていたんだ」
「紳士としてはまだまだみたいね、マクシミリアン殿? 戦後処理も片付いたら、ノア殿に師事をあおいでみては?」
「そこは、我が父である国王陛下ではないのか?」
「あら、我がウェールズ家とキャステリア王家の間に深刻な対立をお望みかしら?」
正直に答えるとお前の父親を貶すことになるぞ、と言われて、息子は笑った。
全く同意見だったからだ。
「父上はもちろん尊敬しているが、豪放磊落といった表現が似合う。こういった相談には不向きに違いない」
「国王向きの資質の一つではあるわね。周りを振り回して、自分が世話をしないといけない、と思わせるタイプ。人たらしというか、甘え上手というか……」
つまり、周りが苦労するタイプ、というわけだ。
上に立つ者は、多かれ少なかれそういうところがある。
実のところ、メアリはマクシミリアンに対しては、世話を焼きたくなる似たタイプだと思っているし、マクシミリアンもメアリに対して、周りを振り回す同じタイプだと思っている。
結局、彼等はいずれも、人の上に立つために生まれ、生きてきた者達なのである。
その共通項のためだろう。メアリもマクシミリアンとはよく話す。
そこにフィリップが加わることも多い。三人とも、煩わしい戦場で、中々に楽しい時間が過ごせていると感じている。
けれども――
「そろそろ、連合国が音を上げてもいい頃だとわたしは考えているけれど、東部の責任者としてはどう?」
「とっくに、戦争を継続できる限界は超えているはずだ。ただ、それは負傷者数と士気の面であって、兵の死者数ではない。いつもであれば、兵の死者数で停戦を決めていた連合国軍だ、判断が遅れているのだろう」
「いい気味ね。と思う反面、面倒でもあるわね」
死者数と負傷者数の数字の齟齬は、神等教によって王国軍でも起こされた問題だ。
その仕返しをしてやった形になる。
ただ、王国軍としてはこの戦争にこれといったメリットがないため、長引く形で向こうの損害が増えても旨味が少ない。
次に連合国側が戦争を仕掛けてくるまでの猶予期間が長くなりそう、というくらいだろうか。
「とはいえ、今この瞬間にでも停戦の使者が来てもおかしくないとは思っている。これは父上も、他の指揮官達も同意見だ」
「そう、東部諸侯も同意見のようでなによりだわ」
これ以上の労力は抑えて、後は向こうの出方を待っていればいい、というわけだ。
メアリは納得の頷きをしてから、不服そうに腕を組む。
「やはり、待つだけというのは好みではないわね。いっそのこと、向こうの領地を二、三ほど落としてトドメを刺してやりたいわ」
そう言い放つ横顔を、マクシミリアンはちらりと眺める。
幸いなことに、彼女の表情には、実際にそれはできない、という自制と不満がたっぷりと含まれている。
「荒らすだけなら簡単だけれど、荒らすだけ荒らして放り出すのは好みではないわ。わたしは、一度手をつけた料理は完食するの」
もったいないから、と呟くメアリは、完全に本気の目だった。
もったいないモンスターは、メアリお嬢様の心中に厳然と巣くっている。
「王家としても、東部諸侯としても、そうでしょう? 今ならこの川の向こうをいくらか蚕食できる」
「できるが、それを維持するほどの力はない。厳密には無理ではなかろうが、それに力を注ぐくらいなら、まだ王国内でやるべきことがいくらでもある」
よって、王国としては、連合国の侵攻を叩き返して、それで終わりにしたいのだ。
第一王子として、マクシミリアンの脳内にはやるべきことがいくらでもある。
今回の戦争で荒れた東部を回復させつつ、中央との交通網をより整備したい。
東部は、元より王家の影響力が強い。中央との往来が活発になれば、中央と東部という区分が薄れ、なくなっていくだろう。それは王家の力に繋がる。
中央と東部が統一されれば、王国が一つになるために残るは西部だ。
メアリ・ウェールズと出会った以上、西部との流通も活発化させるべきという思案もある。
それを推進していけば、一つの時代の転換点になる予感がする。
そういった計画は、メアリの中にもある。西部は手中にしたが、荒廃が依然として残っている。
それを復興しつつ、中央へと影響力を伸ばす。その影響力を使って、結社の研究成果を、社会に向かって張り巡らせていくためだ。
それはもはや、メアリの習性に近い。
植物の種が育ち、花を咲かせて実を生し、落ちて繁殖していくように、メアリは自分の影響力を増やし、自分の力を行き渡らせることを志向する。
そうしてこそ、メアリ・ウェールズは最も美しく咲けると信じているから。
「ついでだから、この暇な時間で今後の展望でも打ち合わせしましょうか?」
「ああ、それはいいな」
軍の指揮官ではなく、為政者の顔で、二人の会話はまだ続く。





