第74話 僕が直接伝えたい言葉
ダンテはカリファの頬から両手を離した。
解放されたカリファは一目散に逃げるかともいきや、意外にも動かない。
どうしたのかとヴィヴィがカリファを覗きこむ。
「……頭突きの衝撃で頭がくらくらしてるみたい」
ざまぁみろと言いたげな目でカリファを見ている。
どういうことだろう。
ダンテが証拠って……。
気になって仕方がない。
『ヴィヴィ』
頭をくらくらさせているカリファが面白いのか、ヴィヴィは僕の視線に気づかない。
『ヴィヴィ』
仕方なく腕を引っ張った。
「なに?」
『さっきダンテが言ったこと、どういう意味なのか聞いて』
「……ダンテ。さっきの発言の意味をレオが知りたいみたい」
僕の言いたいことを要約し、ヴィヴィが伝えてくれた。
「それは……」
答えが得られる寸前、カリファが我に返ったように体を震わせた。
なにが起きたのか一瞬わからなかったらしく、惚けた顔をしている。
でも、状況を思いだしたのか、いつもの表情に戻った。
「おまえが証拠ってどういうことだ」
僕が聞きたいことをカリファが代弁してくれた。
ヴィヴィも興味津々に身を乗りだす。
「まだわかんないの?」
ダンテがカリファに顔を近づけた。
「は? なんの話だ?」
唾を飛ばさんばかりの勢いでカリファが怒鳴る。
とぼけている感じはしない。
本当にダンテが言わんとするところがわかっていないようだ。
……僕もわからない。
「まぁ、しょうがないか。誰も気づかないんだから」
ちらりとダンテが僕を見た。
なんとなく寂しげな表情を浮かべている。
「誰もって……カリファ修道士副長だけじゃないの?」
ヴィヴィの問いに対し、ダンテはゆっくりと首を横に振った。
「違うよ」
ダンテはふっと息を吐き、少し照れくさそうに頭をかいた。
「あたし、じゃないよね?」
自信がないのか、確認するように聞いている。
「うん、違う」
「となると……」
ヴィヴィの視線がダンテから僕に移動した。
僕?
思わず自分を指差した。
黙ったまま、ダンテがうなずく。
僕もカリファも気づかないとダンテは言った。
カリファはなんのことかわかっていない。
それは僕も同じだ。
気づかない?
僕がダンテに?
って、どういう意味だろう。
首を傾げていると、ダンテが僕のそばに近づいてきた。
真正面に立ち、目線を合わせようと身を屈める。
「ごめん」
唐突にダンテが小声で言った。
『突然、どうしたの? 謝るなんて』
「レオがどうして謝るのかってさ」
ヴィヴィはカリファが逃げないように見張りながら、通訳をした。
「……約束を守れなかったから」
目を伏せ、ダンテが眉間に皺を寄せた。
約束?
僕がダンテと約束をしたって?
そんな覚えはない。
『誰かと勘違いしてない?』
「別のひとと約束したんじゃないかって」
ヴィヴィの言葉を聞き、ダンテが考える間もなく首を横に振った。
「間違ったりしない。大事な約束だから」
ダンテは僕の手を握った。
「これからも一緒にいよう。教会からでるときも一緒だって……」
あっ。
脳裏にそのセリフがよみがえってくる。
それと同時に映像が浮かんできた。
僕に向かって石を差しだしてくる。
感謝と友達になった印として持っていてほしい——。
そう言って、断る僕になおも石を差しだす。
そのあと言った。
これからも一緒にいよう。教会から出るときも一緒——。
間違いない。
あのときと同じ言葉だ。
それを知っているのはただひとり。
僕は首にさげた木札を手に取った。
そのなかの一枚をダンテに見せる。
——友達。
それを見たダンテが目を大きく見開いた。
「そういえば、あのときもこの木札を見せてくれたよね」
懐かしむような目で僕を見つめている。
「俺、すごく嬉しかったんだ。はじめてできた友達だったから」
ダンテは本当に嬉しそうに笑った。
この笑顔、ちっとも変わっていない。
どうして、いままで気づかなかったんだろう。
身長が高いから?
明るくて社交的だから?
こんなにも面影があるのに……。
ずっと探していた。
情報がなくて途方に暮れていた。
もう会えないんじゃないかと思ったこともある。
でも、いた。
こんなにも近くに……。
目頭が熱くなってくる。
僕はダンテに近づいた。
それから、口を開けて動かしていく。
チーロ——。
声は出ないけど、口の動きで言葉を伝えたい。
ヴィヴィに頼むのではなく、直接僕の口から……。
ダンテが僕の口の動きを凝視している。
「ああ、そうだ。チーロだよ」
その言葉を聞くや否や、僕はダンテに抱きついた。
会いたかったかった思いを両腕に込める。
「チ、チーロだと!?」
感動の再会をカリファの金切り声が見事にぶち壊した。
ダンテを指差し、わなわなと震えている。
「そうだ。思いだしてくれたか?」
「チーロって、まかさ、あの……」
「そうだ。小柄でひ弱で役立たずの孤児のチーロだよ」
ダンテはカリファの真正面に移動し、見下ろした。
昔は僕と変わらないくらい小さかったけど、いまはカリファより背が高い。
おまけに商団で荷運びしているせいか、体ががっちりとしている。
「嘘だ。そんなわけない……」
本心からそう思っているのか、それとも願望なのか頑として認めようとしない。
「奴隷商人に売ったのに、どうしてここにいるのかって顔だな」
「ちょっと待って。つまり、ダンテは昔、修道士副長に売り飛ばされたってこと?」
戸惑いながらもヴィヴィは状況を把握しようとしている。
「正解。俺以外にもカリファにさらわれ、奴隷商人に売られた孤児は大勢いる」
「私は知らん。なにも知らん」
「証拠は被害者の俺。それと……」
話しながらダンテは懐から一枚の紙を取りだした。
それをカリファに突きつける。
「なにが書いてあるんだ?」
紙を見せられて固まっているカリファの背後から、ヴィヴィが覗きこむ。
「……えっと。名前と年齢、居住荘園、それからサイン?」
字を読むのがあまり得意ではないのか、ヴィヴィはダンテに内容を確認をした。
「なにも知らずにカリファの手先になった修道士たちの自供書だ」
「……おまえが無理やり書かせたんだろう。そんなものは通用せん!」
「だったら、これを持って小領主さまのもとへ行く」
ダンテは強い口調で言い放った。
荘園内の犯罪やもめ事など、問題を調査、処罰する権限が小領主にある。
ダンテが孤児の行方不明事件について告発すれば、小領主は動くはずだ。
そうなると、悪事が露呈してカリファは捕まるだろう。
告発を避けたいなら、ダンテの意に沿うようにするしかない。
罪を認めること。
それがダンテの望む答えた。
小領主に突きだされないためには、自白するほかない。
僕はカリファの動きに注目した。
「好きにしろ」
カリファは思ってもみない反応を示した。
一瞬、ダンテの顔が歪んだ。
「言ったところで、小領主さまは取りあわんだろうよ」
自信満々に答える。
「なぜだ?」
「教会の陰だからだ」
答えるカリファの声はいつもと違う。
言い逃れるための狡猾さは感じられない。
教会の陰——。
それはなにを意味するんだろう。
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