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第75話 残酷な現実

 教会の陰《かげ》だからだ——。

 いつになく真剣な口調でカリファが言った。

 その言葉の意味を僕はもちろん、ダンテもヴィヴィもわからないようだ。

 首を傾げ、不思議そうな顔をしている。


 カリファは唇を噛み、視線を宙に彷徨《さまよ》わせている。

 その表情から僕は感情を読み解こうとした。

 罪を白日《はくじつ》のもとにさらして後悔している……。

 そんな感じじゃない。

 複雑な思いを抱えている気がする。

 たとえば、口にしてはならない話をしてしまったとか——。


「どういうことだ?」

 ダンテが感情を押し殺したような声で言った。

「……」

 カリファは黙っている。

「教会の陰ってなんだ? 小領主さまが取り合わないってどういうことだ?」

 あきらめずにダンテは追求していく。

 でも、カリファは目をそらすばかりで口を開かない。


 場が静まりかえる。

 誰も動かない、なにも言わない。

 その状況をヴィヴィが打破した。

 カリファに近づき、側頭部に顔を寄せる。

 

「いい加減、話したらどう? 小領主さまが怖いんだろうけどさ」

 ヴィヴィがカリファの耳元で囁いた。

 カリファ以外に届かないような小声で……。

 でも、僕にはしっかりと聞こえた。

 話せなくなったせいか、僕の耳は異常に発達したようだ。

 ひそひそ話を盗み聞きするなんて朝飯前。


 小領主さまが怖い?


 たしかにヴィヴィはそう言った。

 カリファの上司であるダレッツォではなく小領主?

 よくわからない。

 でも、ヴィヴィは詳しく知っている感じがした。

 そのうえでカリファに語らせようとしている。


 僕はダンテを見た。

 特にヴィヴィを気にする様子がない。

 どうやら聞こえなかったようだ。

 

 ヴィヴィ?


 僕はヴィヴィが次になにをするのか見守った。

 カリファの表情が醜く歪んでいる。

 ヴィヴィに痛いところを突かれたのかもしれない。

 それでも、カリファは沈黙を守っている。


「……仕方ない。ダレッツォ修道士長さまに報告しようかなぁ」

 芝居がかったように言い、ヴィヴィはカリファを横目で見た。

 これまで落ち着いていたカリファが急におろおろとしはじめる。


 カリファが恐れているのは小領主ではない。

 ダレッツォだ。

 そこをヴィヴィが突く。


「私がやった。全部、私ひとりでやった」

 急にカリファがまくしたてた。

 よほどダレッツォに知られたくないのだろう。

 あっさりと白状した。


「孤児をさらって奴隷商人に売ったって認めるんだな?」

 ダンテが念押しする。

「ああ、私がひとりで計画して、修道士たちの手を借りて実行した」

「動機はなんだ?」

「金だ。でも、おまえが思っているような金じゃない」

「俺が思いってるような……私欲のためじゃないって言いたいのか?」

 ダンテは言い逃れは許さないとばかりに詰めよる。

「そうだ。教会の資金を調達するためにやった」

「どういうことだ?」

「外敵の侵攻で教会への支援金が減って、財政難だって知ってるか?」

 カリファは憑《つ》きものが取れたような表情を浮かべた。

「ああ、知ってる」

「そのうえ、戦争のせいで孤児が増える一方だ」

 肩を落とし、カリファはため息をつく。


 戦争はこの世界にとてつもない傷跡を残している。

 戦いに駆りだされた庶民が大勢戦死。

 その子供たちが孤児となる。

 幼い子供はひとりでは生きていけない。

 そんな子供達の受け皿となったのが教会。

 でも、戦争によって支援金が減り、財政が厳しい。

 そのため、保護されても食糧が足りず、孤児たちが餓死したり、衰弱したり。

 その現状を目の当たりにしながらも、どうすることもできない修道士たち。

 誰もがみんな不幸になっている。


「金が足りないから孤児を売ったり、偽ネウマ譜をすり替えたりしたって言うのか?」

 ダンテは怒りを抑え、冷静に問うた。

 犯した罪だけを追求するなら、ダンテはもっと感情的になっていたと思う。

 なにせ、被害者だから。

 でも、ダンテは感情を殺している。

 罪の根底にあるものを知ってしまったから……。


「ああ、仕方なかった。金を得るためには……」

「仕方ない? 売られた孤児が、そのあとどうなるのか考えたことがあるか?」

 ダンテの口調に少しずつ感情が込められていく。

「ない。そんなことを考えたら孤児を助けられない」

 カリファの回答を聞き、僕は戸惑った。

 

 孤児を助けるために、孤児を売る。

 矛盾している。

 でも……。

 僕はダンテを見た。

 わかりたくないけど、カリファの気持ちが多少理解できる。

 それをダンテには言えない。

 

「ひとり売ったら、大勢の孤児たちを救えるんだ」

 悪びれる様子もなく、カリファが言い放った。

 その言葉にダンテの感情に火がついたようだ。

 ダンテが拳をくりだす。

 カリファは微動《びどう》だにせず、拳を頬に受けた。

 ぺっと口から血を吐き、ダンテを睨みつける。

「おまえより前にいた孤児を売った金で、教会は食糧を買っている」

 無謀にもカリファはダンテの神経を逆撫でするような発言をした。

 ダンテは拳を作ったまま、動かない。

「おまえもレオも、見知らぬ孤児の犠牲のもとで生かされているんだよ」

 カリファは僕を指差した。

 

 カリファの話の途中から、僕はなんとなく察していた。

 孤児を売ったお金の流れが……。

 ダンテは怒りに震えているだろうけど、僕はいたって冷静だった。

 それは……。


「認めたくないだろうが、これが現実だ」

 カリファが怒鳴った。

 

 そうだ。

 カリファの言う通り。

 認めたくないけど、受けいれるしかない。

 そうしないと、自分自身が許せなくなる。

 他の孤児たちの命の犠牲のうえに生きていることが——。


 ダンテも受けいれてほしい。

 僕はダンテを見た。

 感情的にカリファを殴ったりしないけど、目は怒りに満ちている。

 怒りの矛先はどこにあるのだろう?


「ひとつ、聞きたいことがある」

 低い声でダンテが言った。

「教会の陰って、このことか?」

「……これだけじゃない。教会が資金を得る方法が他にもある」

 深いため息をつき、観念したようにカリファが白状した。

「他にも……?」

「ああ、ある」

 ダンテは視線を左右に走らせている。

「孤児の売買とネウマ譜の件は、私の一存だ。でも……」

 哀れみを含んだ目でカリファがダンテを見ている。

「ダレッツォ修道士長さまが絡んでいる不正な資金調達法がある」

 カリファの発言にダンテは視線を真正面で止めた。

 ダンテは穴が開きそうなほどカリファを見ている。

「嘘じゃない」

 抑揚のない声でカリファが答えた。


 ダレッツォが絡んでいる資金調達法がある?

 本当なのだろうか。

 僕は唾を飲みこんだ。

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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