第76話 教会の光と陰
「嘘だ、ダレッツォ修道士長さまが不正に関与しているなんて」
ダンテが怒りの眼差しでカリファを睨んだ。
同感だ。
とても信じられない。
公明正大なダレッツォが不正を働くだなんて。
口から出任せを言っているだけだろう。
そう思い、カリファの表情を読もうとした。
瞳が少しも揺るがず、しっかり前を見据えている。
嘘を言っている目じゃない。
本当に本当なの?
にわかに信じがたい。
僕の知っているダレッツォは悪事を嫌う。
そんなひとが不正に手を染めるだろうか?
「教会の光と陰だ」
ぼそりとカリファがつぶやいた。
光と陰?
ダンテが眉をぴくりと動かした。
「光……孤児を支援している裏で、陰……不正に資金を調達している」
なんとも言えない表情でダンテがつぶやく。
「良いか悪いか、有罪か無罪か……そんな単純な問題じゃない」
カリファがため息をつく。
「今回の一件は私の独断だ。教会もダレッツォ修道士長さまも関係ない」
カリファは言い逃れするつもりはないようだ。
「私が喜んで孤児を売り飛ばしたり、ネウマ譜をすり替えたと思ってるのか?」
突然、妙な質問をしてきた。
ヴィヴィはなにも言わないけど、目が答えている。
カリファならやりそうだ、と。
ダンテは表情を少しも変えない。
僕はどうだろう?
カリファがこれまで訴えてきたことが事実なら、喜んでやったとは思えない。
だからといって、やったことは消えない……一生。
「教会ぐるみでやって得た不正金だけでは到底足りない。だからやったんだ」
カリファが爆弾発言をした。
「教会ぐるみ?」
ヴィヴィが目を見開いた。
「そうだ。私が修道士になるずっと前……いや、生まれる前から受け継がれてきた方法」
話しながらカリファは立ちあがり、机に紙を準備してペンを持った。
文字を書いていく。
左に単語を書き、少し隙間を開けて別の単語、そのまた隣に隙間を作って単語を記す。
都合、三箇所に単語が書かれた。
『ヴィヴィ、なんて書いたの?』
文字が読めない僕はヴィヴィを頼った。
「左に小領主、真ん中に帳簿、右に教会」
説明を聞きながら、僕は首を傾げた。
左右の教会と小領主はいいけど、真ん中の帳簿という単語が気になる。
「教会を支援している小領主さまが複数いる」
説明しながら、カリファはペンを走らせた。
小領主の文字の横から線を引き、帳簿の単語のところで先を矢印にして止める。
「小領主さまたちは教会に支援金を支払う」
今度は帳簿の単語から線を書き、教会のところまで引っ張っていく。
ダンテとヴィヴィが納得したようにうなずく。
「問題はここからだ」
カリファはペン先で帳簿の単語を指した。
それから数字を書き加えはじめる。
場所は小領主から帳簿に伸びた矢印の上。
「仮に小領主さまが毎月支援金を100出したとする」
「うん。そうなると、教会には毎月100が入ってくるよね」
ヴィヴィが帳簿から教会へ向かう矢印を指でなぞっていく。
小領主が100出し、教会が100得る。
簡単な等式だ。
それのなにが問題なのだろう?
「ところが、外敵の侵攻によって小領主さまたちが大領主さまに支払う税が増えてしまった」
「だから、教会への支援金が減ったんだよな」
今度はダンテが答える。
そうだとカリファが肯定するかと思いきや、大きなため息をついた。
「まさかとは思うけど……」
前置きをしているさなか、ダンテは口をつぐんだ。
「支援金が減ったって教会が嘘をついてる?」
ヴィヴィが思っているまさかの可能性について言及した。
もし、その可能性が本当なら——。
小領主側はいつも通り支援したけど、教会側はその一部しか受け取っていないと主張。
辻褄が合わない。
どちらかが嘘をついている。
ヴィヴィが疑っているのは教会側。
「違う」
カリファが即座に否定した。
可能性の一方が排除されたら、残る一方が嘘をついていることになる。
つまり……。
「じゃあ、小領主さまたちか。やっぱり悪どいなぁ」
ヴィヴィが鼻息荒く言った。
「それも違う」
「はぁ?」
ヴィヴィとダンテが揃って素っ頓狂な声を発した。
「教会でも小領主さまでもないって、そんなバカな話があるか」
唾を飛ばしながらダンテが言った。
「それがあるんだ。かなり昔からな」
カリファがペン先で紙を指した。
指したのは中央に書かれた文字、帳簿——。
「帳簿?」
ヴィヴィが首を傾げる。
僕も一緒に同じ動作をした。
「ところで、小領主さまたちが教会を支援する理由はなんだか知ってるか?」
突然、話の矛先が変わった。
カリファはダンテを見ている。
「そりゃ、孤児たちを助けるため……」
「そんなわけないじゃん」
ダンテの出した答えを打ち消すようにヴィヴィが言った。
なぜかヴィヴィは目を吊りあげている。
「その通りだ。小領主さまたちは慈善家じゃない」
カリファの答えにヴィヴィが大きくうなずく。
「だったら、目的はなんだ?」
「名誉欲だ」
「名誉、欲?」
言葉の意味がわからないらしく、ヴィヴィがきょとんとしている。
それに気づいたカリファが、あきれたような顔をした。
「庶民たちから尊敬を集めたいってことだよ」
簡潔にダンテが説明した。
納得したようにヴィヴィがうなずく。
「名誉欲を欲している小領主さまたちが、支援金を減らすと思うか?」
カリファがペン先で小領主の文字を丸で囲んだ。
「……減らさないだろうな」
「あたしもそう思う。そんなことをしたら、庶民たちに陰口を叩かれるからな」
ダンテとヴィヴィが素直にカリファの問いに答えた。
「小領主さまたちは支援金を減らしたい。けど、それを知られたくない」
今度は100の数字を丸で囲む。
「教会側も、支援金を減らされたと庶民に知られたくない」
「どうして?」
ヴィヴィが前のめりになった。
「教会に落ち度があったとか、根も葉もない噂をされるからだ」
「まさか。だって、外敵の侵攻があるから税の負担が……」
カリファの答えにヴィヴィは納得しない。
「俺やヴィヴィは仕事柄、流通について情報が入るだろう」
ダンテの言葉にヴィヴィが黙ってうなずく。
商人や職人にとって流通に関する情報は重要だ。
流通量と値段は様々な要因によって左右される。
天候をはじめ戦争などがそうだ。
だから、外敵の動きや情報に敏感にならざるをえない。
「でも、外敵の動きなんて一般庶民は知らない。だって、実際に荘園が攻撃されたわけじゃないから」
「そっか……たしかに普通に暮らしていたら、そんなこと知らないよな」
ふっと息を吐き、ヴィヴィは黙った。
話を戻そうと思ったのか、カリファがわざとらしく咳払いをした。
「支援金を減らしたと知られたくない——。この一点で教会と小領主さまたちの思惑が一致したんだ」
カリファは帳簿の文字の下にふたつの数字を書いた。
40
60
そのあと、説明もなしにペンで線を引きはじめる。
60の文字から伸びた線は左側——小領主へ。
40の文字から伸びた線は右側——教会へ。
三つの数字——100、60、40。
加えて数字から伸びた線が行き着く先を見て気づいた。
そういうことか。
この時代では、こういった方法をどう呼ぶのか知らない。
……不正かどうかも。
僕はこれを不正とは思わない。
現代の日本では、両者の合意のもと行われているから。
キックバック——。
僕のいた世界では、たしかこう呼ばれていた。
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