第73話 証拠はここだ!
目をひん剥いたまま、カリファは黙っている。
いつも口が達者な者がとる態度とは思えない。
ダンテが提起した問題——孤児の行方不明事件になにかあるのだろうか。
カリファは否定も肯定もしない。
反論もはぐらかすこともしない。
「どうなんだ?」
ダンテがカリファに答えを求めた。
「……」
カリファは答えるどころか、身動きひとつしない。
体ばかりか脳みそまで固まってしまったようだ。
その様子を見てダンテがため息をつく。
「仕方ない。だったら、俺が思いださせてやる」
ダンテはカリファの背後から引っ張っていた両腕を解放した。
そのあと、逃げないよう片腕をつかんだまま、壁際に追いやる。
腕を放すのと同時に鋭い眼光でカリファを睨んだ。
「あんたは修道士副長として、孤児たちを管理する立場にある」
ダンテの口調は、これまでと違って少しも敬意が感じられない。
犯罪者を追い詰める刑事のようだ。
「だから、孤児たちをよく知っている。そうだろう?」
問いかけに対し、ようやくカリファが動いた。
「それがどうした」
「あんたはいつだって、孤児を選別している」
「な、なんのことだ?」
心当たりがあるのか、カリファの声がかすかに震えている。
「自分にとって役立つ者、無害な者、利益をもたらす……」
話しているさなか、一旦、口を閉した。
それから右手に拳を作り、ぐっと力を入れる。
「いや、あんたにとって無用で役立たずだけど、利益をもたらす者」
「なんだよ、それ……」
ヴィヴィが首を傾げる。
僕も同じ疑問を持った。
無用で役立たずだけど、利益をもたらす者——。
矛盾したセリフだ。
否定して肯定する……そんな風に感じられる。
それって、結局のところどういう意味なんだろう。
無用で役立たずなのか、それとも利益をもたらすのか……。
よくわからない。
僕はダンテが話を続けるのを待った。
「金のためなら、あんたはなんでもやる悪党だ」
眉間に皺を寄せ、ダンテが低い声で言った。
「商団が信用を失おうがお構いなし。あんたに被害は及ばないからな」
偽ネウマ譜事件のことを言っている。
「孤児が行方不明になろうが気にも留めない」
そうだ、その通り。
以前、カリファは僕を拉致した。
目的は僕を教会から排除するため。
でも、それだけじゃなかった。
カリファに協力していた修道士と話していた内容を覚えている。
行方不明になった孤児が、実は奴隷商人に売られていたという噂についてだ。
カリファははっきり認めなかったものの、意味ありげに笑っていた。
あのとき、カリファは一石二鳥を目論んでいたに違いない。
僕を消すこと。
金を得ること。
「あんたは、行方不明になっても問題なさそうな孤児を選んで誘拐していた」
ついにダンテが核心に触れた。
僕は行方不明事件の当事者だから、その点に関しては驚かない。
びっくりしたのは、この件をダンテが知っていたことだ。
「えっ!? 修道士副長が孤児を誘拐したって?」
ヴィヴィは驚愕している。
当然だ。
孤児を保護し、守る立場にある修道士が犯罪行為をしたのだから。
でも、これで驚くのはまだ早い。
本丸はこれから。
……ダンテはどこまで知っているのだろう。
僕は成り行きを見守った。
「ああ。でも、それだけじゃない」
ダンテはカリファに近づき、胸ぐらをつかんだ。
「誘拐した孤児を奴隷商人に売っている。それも定期的にな」
「なんだって!?」
ヴィヴィが目を白黒させている。
驚いたのはヴィヴィだけじゃない。
僕もカリファも同様だった。
なぜ、そのことを知っているんだ?
カリファは首謀者だから当然知っている。
僕は被害者だから……。
じゃあ、ダンテは?
もしかして……。
ふとある考えが浮かんだ。
僕は孤児の行方不明の件で情報を求めていた。
教会から出られないから、ジェロとヴィヴィに頼んだのを覚えている。
いまの驚きようから、ヴィヴィは情報をつかんでいない。
残るはジェロ。
ダンテはジェロの下で働いている。
だから、ジェロに頼まれて事件の情報を集めていたのかもしれない。
あり得る。
ジェロがなんらかの情報をつかんだのなら、絶対に僕に話してくれる。
隠したりしない。
つまり、ジェロ側からの収穫はゼロ。
だったら、どうしてダンテが事件の核心——孤児の売買について知っているんだ?
……。
もし、もしも、ダンテが情報を得ていて、故意に黙っていたとしたら……。
ううん、そんなことはない。
ジェロに隠す理由なんてないから。
そもそも、ジェロはダンテに情報収集を頼まなかったかもしれない。
うん、そうだ。
その可能性は十分ある。
じゃあ、どうしてカリファの所業を知っているんだ?
謎が深まる。
「ちょっと待ってよ。いまの話、本当なの?」
ヴィヴィが恐る恐る尋ねる。
「ああ、事実だ」
「本当に本当なの?」
「信じられないだろうけどな」
ダンテが二度も肯定したところで、ヴィヴィは口を閉ざした。
「……でたらめだ!」
胸ぐらにあるダンテの手を払い、カリファが叫んだ。
「でたらめじゃないことは、あんたが一番わかっているだろう」
負けじとダンテも叫ぶ。
「証拠は? 証拠はどこにある!」
お得意のセリフを吐くカリファ。
証拠などないと思っているから強気に出られるのだろう。
証拠……。
たしかにないかもしれない。
夜中にこっそり孤児をさらうのだから。
いや、待てよ。
証拠があるかもしれない。
けど、探さないといけないからいますぐは無理。
「証拠はある」
ダンテが胸を張った。
そのセリフを待ってましたとばかりに、自信満々ににっこりと微笑む。
予想外の返答にたじろぐカリファ。
「な、なんだ、それは」
「孤児を誘拐するとき、あんたは息のかかった修道士を使った」
「な、な……嘘だ」
「……リッカルド、それからシルヴィオ。ウーノもいたなぁ」
ダンテが名前を次々とあげていく。
そのどれも聞き覚えがある。
『教会の修道士の名前だ』
「えっ? 全員修道士だって?」
ヴィヴィが僕のゼスチャーにすぐさま反応した。
『そう』
「修道士副長だけじゃなく、他の修道士も……」
「おそらく、目的は知らされてなかったんじゃないかな」
ダンテが言った。
「しゅ、修道士の名前だけでは証拠にはならん! そいつらを連れてこい!」
ダンテは強気だ。
「……もうこの教会にいない。手伝った修道士は、あんたの手によって教会から追放されている」
「悪どいなぁ」
ヴィヴィが汚いものを見るような目でカリファを見た。
「教会の規則に則って、修道士を追放しただけだ」
「まぁ、そういうことにしておこうか」
あっさりとダンテが引きさがった。
なにか別の一手があるのだろうか?
「ほら、どうした? 証拠はあるんだろう。どこだ?」
カリファが辺りを見渡している。
次の瞬間、ダンテはカリファの頬を両手で挟んだ。
カリファの顔が真正面を向いている。
ばっちりとダンテと視線が合う。
「証拠はここだ!」
ダンテがにやりと笑った。
「はっ?」
「俺だよ、証拠は」
言うが早いか、ダンテはカリファに頭突きを喰らわせた。
僕は驚いた。
いきなり頭突きしたのはもちろん、言葉の意味に——。
ダンテが証拠って、どういうこと?
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