第8話
その後、俺はライナに呼び出された。
彼女は新米ら3人に俺がアドバイスをしなかったことを酷く苛立っていたが、それ以上に気になることがあるようだった。
レナの飛行について、何か気づいたかと。
俺は感じたことをそのまま答えた。
レナは風を味方につけ、燃料に頼らない飛び方をしていると。
報告を聞き終えると、ライナはため息をつき、自嘲の様な寂し気な表情を浮かべて、頬づえをついた。
「そう。やっぱり、わかるひとにはわかるのね」
そして、ようやくレナの起こした『問題』について語った。
数年前、軍学校に居たレナはまさに天才だった。
初飛行から抜群のセンスで同級生を圧倒し、模擬戦をするようになってからは教官すらも追いかけまわすほど。
リストニアとの激しい戦争が終わった後の、次のエースとして大いに期待されていた。
が、それは同級生たちの恨みを買った。
彼らはレナの不正を疑い、彼女の機体を調べ上げ、不自然な燃料の減りを見つけた。
それが告発されると、機体の不正や飛行経路の偽装などが疑われた。
レナは風を使った飛行だと説明し、教官らが検証してみたが、誰も彼女の飛行を真似できなかった。
血税の戦闘機に不正をしたとあっては、ただのズルでは済まされない。
フェリペ王国軍の貧しい懐事情では、データロガーはなく、機体をばらしての確認も難しかった。
仕方ないことだが、軍学校は調査委員会を設置し、彼女は当面飛行禁止措置をとられ、毎日のように取り調べを受けた。
必死に自分の潔白を主張してきた彼女もやがて馬鹿馬鹿しくなり始め、諦観し、大人たちを信用しなくなった。
彼女にとって幸運だったのは、そんな逆境の中でも信じてくれる友人たちが居たこと。そして、この騒動を馬鹿馬鹿しいと感じたライナが強引に軍学校から連れ出したことだ。
そして最後のピース。
初めて彼女の飛び方を理解したのが、のこのこやって来た部外者の俺だった。
「レナを信じてた。けど、奥底では信じ切れてなかったのね私は」
そうは言うが、彼女は面倒見が良いのだろう。少女達も彼女のいうことだけは最低限聞いている気がする。
でなければ、俺も拾われなかった。
とにかく、話は終わった。俺は席を立つ。
「待ちなさい」
「何?」
「彼女たちと反省会をしなかったわね? ヴィオラの奴、落ち込んでたわ。見向きもされないって」
「それはあんたの仕事だ。俺は飛べれば、それで構わない」
「監視してただけの私に何が分かるのよ? インストラクターの仕事をなさい。
それとも、事前の飛行計画、基地司令への報告、整備士との打ち合わせ――代わってくれる?」
彼女はにっこりと笑みを浮かべて聞いてきた。
厄介な女だ。
「それに彼女たちとの触れ合いはあなたの為にもなる、そんな気がする」
◇
翌朝、デブリーフィングの為に、俺はその場所に向かっていた。
第二食堂とか言っていたが、使わなくなった格納庫や倉庫を施設としている辺境基地のため、どれも同じ建物に見え、分からなくなった。
もういい、帰ってしまおう。
踵を返そうとした瞬間、手を握られた。
「こっち」
レナだった。
彼女は俺に有無を言わさず、手を引いていく。
「わかるよ。迷うよね、ここ」
「ああ」
「昨日は眠れた?」
「いや」
つい先日までは目すら合わさなかったのに、微笑を浮かべた彼女は俺の真横で何度も取り留めのない会話をするようになった。面倒なことだ。
引っ張られた先の寂れた格納庫に小さい第二食堂の看板があった。その片隅の席に残りの2人が座っていた。
逆に、うるさかったヴィオラはどうも緊張した面持ちで、静かになっていた。
大人しくなったのなら、幸いだ。
「じゃ、じゃあ、ヴィオラちゃん」
「う、うん。あー、本日はお天気もよく……」
「お日柄!」
あまり期待は出来なさそうだ。
「先日のわたくしめの態度について、訂正をしたくて」
「何が言いたいんだ? 簡潔に」
「うっ。舐めた口を聞いて、すみませんでした……」
「私もです」
ヴィオラとノエルは2人して、頭を下げる。レナは俺の顔色を伺っている。
「気にしてない」
本心だ。
教師時代のころと比べたら、いや、それ以降はもう何も感じなくなった。
それを聞くと、彼女たちの表情は一応に明るくなり、ヴィオラは期待した音色で俺に聞いてきた。
「じゃ、じゃあ、何かアドバイスを!」
「ああ」
「……」
「まぁ」
「……」
「いいんじゃないか」
「……え?終わり?嘘でしょ」
彼女たちはがっくりとしたような、驚いた顔を見せた。
しかし、彼女たちは並み以上だと思うし、レナには昨日伝えた。
ライナだって説教してた。
だとすれば、これ以上、何を伝えるべきなのだろうか。
「まぁ、2人とも怒ってないってわかっただけでもいいんじゃない」
「レナは褒められたからいいけどさぁ」
「ごめんなさい、私がもっとうまく逃げてたら!」
「ノエル、べそをかかない。
だって、あんな間近で盾に取る作戦なんて、ふつう思っててもできないでしょ。この人は実際の戦いでやったんだろうけど」
いや、やってない。
「えっ? そうなの?」
ヴィオラが目を丸くする。
またしても声が出てしまった。が、実際には行ってない。
その頃は仲間がいたからあのようなリスクを取る先日は取らなかった。
「ヴィオラ、お前は俺がノエルを盾にした時、撃たなかった。もし、撃っていれば流れ弾の一つでも当たっていたかもしないのに」
「当たり前でしょう! 訓練とはいえ、仲間! 仲間は見捨てない、絶対に撃たないわよ!」
彼女は頬を膨らませ、憤っていた。
見捨てない仲間、俺にもそんなものが居たのだったかな。
「ああ。良く撃たなかった」
「え?」
「ヴィオラ、ノエルに対する指示や戦闘は良かった。だが、それに夢中になり過ぎだ。それで本当の切り札を見失ってしまっては意味がない」
「あう……そうね」
「待ってください、私の逃げが甘かったから」
「ノエル。お前の逃げは良かったんだ。悪いのは攻撃の意志を見せなかったことだ。絶対に反撃してこない。俺はそれに気づいたから心置きなく追った」
2人ははっとしたような顔で、顔を見合わせていた。
逃げと攻めに役割を固定しすぎる。
2人の相性が良すぎた故の盲点だったらしい。
「そして、レナ。お前はエースだ」
「私が?」
「空の状況を見るだけで駄目だ。介入しろ。エースには仲間を使う資格と、義務がある」
「……うん。分かった」
急に喉の渇きを覚え、少し咳き込む。
どうしてか、急に喋りすぎてしまったようだ。
「これでデブリーフィングは終わりだ」
「ちょっと待って」
立ち上がろうとした俺を、またしてもレナが呼び止める。
彼女はどこかもじもじとしながら、消え入りそうな声で聞いてきた。
「先生って呼んでもいい?」
「そうね!鬼教官なら一人いるし、先生がいいかも!」
その単語を聞いた時、脳裏に痛みが走った。
「駄目、ならいいけど……」
レナは俺の反応が良くなかったと思ったのか、やや落ち込んだ様子で聞いてきた。
先生、そんなものは過去の遺物だ。終わったことだ。それでも、
捨て去るべき、俺にまとわりつく過去。
「ああ。別に先生で構わない」
「やった!」
ショック療法という言葉がある。痛みやトラウマに似た微々たる刺激を与え、身体を慣れさせる治療法だ。
次こそ、俺は立ち上がった。
「あ、ちょーっと、待って! 先生!」
ヴィオラが大きな声で俺を止めた。
◇
「もっと上の方をじゃんじゃんと」
「こ、こう?」
「さっき言われたでしょう、攻撃よ!もっと勢いよく!」
俺は何をさせられているんだ?
椅子に座らされる俺の前には、ファッション誌を片手にしたレナとヴィオラがああでもないこうでもないと文句をつけ、背後ではノエルが目を回しながら髪切りバサミで俺の髪をカットしていく。
「こ、こんな感じかな?」
「うん、目元が見えていい感じ」
「前は目まで隠れてて、お化けみたいだったもんね! どう、変身した自分の姿は?」
頼んでも居ないのに、髪を切られた俺はヴィオラから差し出された鏡を見て、感想を呟いた。
「髪が少なくなった」
「増えたら、天変地異よ!」




