第7話
「2キル目」
ヴィオラの機体が撃墜判定を受けた後、急激に機動が弱々しくなったノエル機を撃墜する。
肉体的にも、精神的にももう打つ手がなかったのだろう。
そのまま、速度を落とすことなく、機体を横倒しに、操縦桿を手前に引く。
高速機動で空の風景が目まぐるしく移り変わり、体重の7倍もの重力が、俺の身体を押し込み、肉体が圧迫される。
それすら愛おしい。
地上の緩い重力も、人々の雑音もうんざりだ。
この空に戻ってきて、ようやく理解した。リストニアやフェリペのどちらか、教師か軍人かではない。
この空こそが俺のいるべき場所だ。
彼女たちの腕は悪くなかった。指揮や状況判断能力の低さは否めないが、過敏によく動いた。
これが訓練でなければ、どれほど良かっただろう。あの時の戦争のような、実戦の空であれば……。
良かった? 良かったのか、あの戦争が?
その時、視界の上部に残った1機であるレナの機体を捉えた。同じ速度帯で円弧を描きながら迫るので、俺からは流星のように見える。
やはり、動きがいい。
「ターゲットを視認、撃墜する」
空はいい。
さっきのようなつまらない疑念を考え込む時間はないからだ。
後方へ過ぎ去って行く彼女の機体は俺よりも速い。
同じ機体を使っているなら、当然同じ性能であり、同じ速度までしか出ない。
だとすると、乗り方だ。
彼女はこの空で俺より乗り方が上手い。
何度も続くターンファイトの中、彼女の機体がじわりじわりと小回りで上回ってくる。
風に機体が煽られる。
そうか、なるほど。レナという少女はそうやって乗っているのか。
彼女の機体が手早く旋回を済ませ、俺の真正面にその機首を向ける。
◇
[ダックス2 レナ]
これで――。
目の前に、彼の機体が現れる。殆ど正面。
軸を合わせきれず、HUDの機関砲の照準は僅かに届かない。でも、それでいい。
次の行動は予測できる、彼は間近で迫る私を回避する。
だが、彼は避けなかった。
フルクラムの翼の先端同士がほんの10cm単位で掠め合う。
コックピットの彼の姿、目までが見える。
地上とはまるで違う、迷いのない目だ。
「くっ!」
私の武器の一つ、急接近だ。
相手に危険なまでに迫り、相手に回避を強要させ、体勢を崩し、こちらのペースに持ち込む。
訓練前にも行った挑発もこれの一種だった。
――嫌がらせで、彼に挑発したわけでは無い。ただ『彼は軍から追い出された落ちこぼれではなく、本物のエース』という大人たちの立話を聞いてしまった。仲間たちに危害を加えさせない為、本気でねじ伏せようとして、今もそうしている。
けれども、彼には通じない。何が本当に危機かを理解し、こけおどしはまるで通用しない。
再度、仕切り直し。グローブの中の手はぐっしょりとしている。
心拍数があがっているのは、緊張だけではなく、わずかな好奇心。
慌てて首を横に振った。
集中しないと。
でも、私には大人には理解できない武器がある。
機体が下から浮き上がる。山々の斜面を登った上向きの風だ。
今だ!
その風に合わせて、私は機体を飛び跳ねさせた。
風にのって、フルクラムは何処までも登る、そして、誰よりも速くなる。
燕のように降下し、速力エネルギーで彼を上回る。
ようやく、雲海の上を飛ぶ彼の背後を取った。
ぐんぐんと迫る。もう逃がさない。
「勝った」
トリガーに指をかけ、引き金を引いた。
ペイント弾が彼の機体に吸い込まれた。それを確信する直前、彼の機体が躍った。
飛び上がるように機首を跳ね上げ、右に螺旋を描いた。
「バレルロール!」
カウンターを仕掛けて来たと気づいた時には、速度が乗りすぎ、機体が曲がらなかった。
為すすべなく、私はまっすぐに彼の描く螺旋の中に吸い込まれ、押し出された。
べたり。
誰にも汚されなかった私の翼が、真っ赤に染まった。
「はぁはぁ……」
「3キル。全機撃墜、状況終了」
彼の息一つ乱さない無機質な言葉が、無線機から伝わる。
くやしさ、よりも空に残された彼の残したロールの残像から目が離せなかった。
「綺麗」
◇
訓練飛行を終え、エプロンに駐機していると、先に降りていた彼女らがライナに説教されているのが見えた。
特に、レナは危険行為をしたためか、追加で酷く叱られていた。
俺は機体から降りると、そういう雑音から耳を背けるように足早に歩いた。
途中、ヴィオラとノエルがばつの悪そうな顔をして突っ立っていたが、それも通り過ぎる。彼女らは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。どうも、俺が何か言葉をかけると思っていたようだ。
それはライナの仕事だ。俺は言われた通りに仕事をしたから、問題はない筈。
それより、空で見たことに好奇心を抱いた。
彼女らの機体、まずはヴィオラとノエルのコックピットを見る。燃料計の値は2人とも同じように、想定通りに減っている。
そして、レナの機体は思った通りに燃料が余り過ぎている。2人よりも、俺よりも。
そのことを確認して、俺は機体から降りると、そこにはレナが立っていた。
彼女の肩は震え、顔は下を向いている。
説教がそれほど恐ろしかったのだろうか。
「どうやら、お前は風にのれるらしいな。
普通は飛ぶ上で邪魔にしかならない突風を味方につけ、それでより高く飛んでいる。
今まで見たことが無い飛び方だ」
……何故、俺は彼女にこんな言葉をかけてしまったのか、壊れた心は自制心が効かないとしか言いようがない。
しかし、それは思わぬ反応を呼んでしまった。
彼女は顔を上げ、前のめりに自分の身体を寄せて、俺の手を勢いよく握った。
「そう、そうなの……!」
見上げる彼女の瞳は涙で潤んでいた。
しくじったな。
ライナの言っていたレナの抱えている『問題』、『非公式な記録』、それと彼女の飛行技術は関係していたらしい。
全く要らないあたりくじを引いてしまった。




