第6話
「模擬戦を開始する。空域の監視は私が務める。
今日の空戦はいつも見たいな仲間内のじゃれ合いじゃない。インストラクターであるハミルトン氏が相手を務める。
ベーシックルール。レーダー禁止、機銃のみの1対1の模擬空中戦、ノエルから順番に」
「3対1でいい」
「なんですって?」
「! 馬鹿にしているの!?」
ヴィオラの叫びが耳に響く。
子供を1人ずつ相手にするつもりはない。それに1対1の実戦なんてほぼ存在しない。
「こっちにハンデありとか?」
「片方の部隊の全滅が勝利条件だ」
「あんた1人しかいないじゃない!恥をかいても知らないわよ!」
「ダックス5は散開。5分後に戦闘を開始する。通信終了」
「ちょっと待っ」
13:42 訓練開始の為に、飛行編隊から離脱。
◇
[ダックス5 ヴィオラ]
「やっぱり、3対1ってさ、負けた時の保険よね?」
「ふふ、そう思っちゃいます」
新しい教官が元敵のリストニアから来ると聞いた時は心臓が止まりそうだったが、来たのは髪のボサボサとした冴えない男だった。
多分、あれは軍の落ちこぼれね。
「来た時なんて、髪が跳ねててさぁ……ねえ、レナ何か喋りなさいよ」
「集中して。もうすぐ5分経つ」
「どうしたの? 私たちこうして大人を追い返してきたじゃない。てか、さっきのは流石に駄目だって。なんかあいつに思うことでもあるの?」
「あの人、強いかも……」
まさかと笑い飛ばしたかったけど、レナのこんな声は聞いたことがない。大人を圧倒しても当たり前のように声色を変えない彼女の声が怖がっている。
嫌な緊張が漂ったころ、時計の針が13:47を通過。模擬戦の開始の時刻だ。
レナの左翼に位置する私はゆっくりと空に目を凝らす。
左には青空が広がり、真正面上には太陽、右には頼れる仲間たち。もちろん、後ろも大丈夫。
異常なし、強いて言えば、太陽がさんさんと眩しいぐらい。
「なんだぁ、来ないじゃない」
「皆、散開!すぐに!」
!
レナの鋭い声に、反射的に操縦桿を左に倒す。
直後、私たちの崩れたフォーメーションの真ん中を黒い影が通り過ぎた。
「うわっ!」
突風を受けたように機体が揺さぶられ、姿勢が乱れる。
「何!?」
「敵!あの人、太陽から飛び込んできた!」
今の黒い影が、あの男の戦闘機!?
避けなければ空中衝突してたじゃない!
睨むように振り返ると、あいつの機体は急旋回を終えて、私たちの背後を取ろうとしていた。
「わ、私が追われてる!」
「ノエル、逃げなさい! 私があんたのお尻は守ってあげる! レナは後ろで見てて、切り札は温存しとく!」
とは言ったけど、今日はレナの出番はない。
今日は私が倒す、私たちの妹分であるノエルを狙ったことを後悔させてやる!
狙い通りあいつはノエルに食いついた。
先程の体当たりのような突入で仲間との距離は離れたけど、ノエルは逃げ上手。彼女が時間を稼げば追いつける。
「くううう……!離れない!」
……反省。
侮っていた。
あいつはノエルのちょこまかとした特有の動きを最初から読んでいるようにショートカットして迫り、どんどん射程圏に近づいていく。
「パターンC回避機動に変えて!右に全力で逃げて!」
「わ、わかった!」
ジグザグとした機動から、高速の回避機動に。
なにあいつやばい、遅れるどころか、どんどんあの子に迫っていく。
それでも、私たちのチームワークなら!
ノエルの急旋回にあわせて、あいつもついてくる。そこを狙う。
HUDのガン・レティクルが接近している2人の機体を捉えかける。
もう少しで……!
そして、照準が重なる。
思わずニヤリと笑い、トリガーに指を重ねた。
人差し指に力を入れようとして……力が抜けた。
ぞっとした。
「え?」
「ヴィオラちゃん!早く撃ち落として!」
ノエルから敵は見えてない。当然、彼女の機体の下に潜り込んだから。
仲間を盾に使っている。
「あいつ……!」
模擬戦とはいえ、味方を撃ち落としかけた。
怒りで操縦桿を握り潰しそうになる。
「はぁはぁ……!敵どこぉ……?」
「ノエル、張り付かれてる! 待ってて!割り込んでやる!」
「ヴィオラ、敵に乗せられてる!」
あいつを追うための急旋回のため、レナの言葉はよく聞こえなかった。
「くう……! ノエル、雲の中に逃げて! 」
「うんっ!」
私たちはずっと一緒に飛んできた。
たとえ雲の中でもあの子の飛行はわかる!
2人を追い、雲の中に入った瞬間、ブワッというくぐもった音と耳が圧迫されるのを感じる。風防には無数の水滴がつき、すぐに2人の機影が見えなくなる。
それでも、追う!
あいつは雲の中でもノエルを追ってみせるはず、だから、雲の中で追いかけてその背後をとる!
そして、雲が開けた時、そこには戦闘機の後ろ姿があった。
でもノエルの機体だけ。
それを追っていたはずの機体は消えていた。
「あれ……?」
思考が停止する最中、レナの叫び声が響く。
「ヴィオラ、背後!」
「えっ!?」
背後の雲からちょうど空気を霧散させて、あいつの機体が現れた。
ノエルを追いかけていたのではなく、雲の中で迂回されてた!?
狙いは最初から私!?
「か、回避!」
べたべたっ!
咄嗟に機体を翻したけど、嫌な音と共に愛機にピンク色のペイント弾がいくつもへばりついた。
「嘘……!負けた……?」
信じられない。
ちょっと待って。
馬鹿過ぎた。切り札のレナを忘れていた! 救援には遠すぎる!
ノエルは指示がないと回避できない!
「ノエル、左に!」
「ヴィオラ、喋るな!お前は死んだ!水平飛行、空域を離脱しなさい!」
ライナ教官の怒声は、正論だった。
そして何もできないまま、ノエルの機体が穢されるのを見ることしかできなかった。
「ノエル、やられちゃいました……」
「あいつ……! ライナ教官! あんな卑怯な戦い方いいんですか!?」
「ええ。あの卑怯な戦い方で落とされたのよ」
「だから!その戦い方が」
「あなた達の話ではなく、前の戦争でのフェリペ軍のパイロット達がね」
「えっ」
「彼は前の戦争のエースパイロット”ブラックノーズ”よ。もっとも、私も半信半疑だったけど」
どこか、あっけらかんと他人事のように話す彼女の言葉に肝を冷やす。
前の戦争での両国の空中戦は熾烈だったらしい。
今まではどこか間の抜けた、腹立たしい大人の一人だと思い込んでいたが、よく考えてみればリストニア軍の元空軍パイロット。
何かが狂い、戦争の始まる時期がずれていたら、私はペイント弾ではなくて、実銃でバラバラにされた挙句、目の前で親友が爆散していたのだ。
あいつの機体は鋭い円弧を描いて、レナの方へと向かっていく。
撃墜された私達には目もくれずに。
徹底した空戦機動は、昔牧場で見た羊を追い回す牧羊犬に似ていた。
「あれが、前戦争で生き残ったパイロットだって言うの……」
ノエルがそう呟き、私も思わず、こんな間抜けな呟きが漏れた。
「……すっご」




