第5話
「ようやく教官が増えて、まともな訓練ができるって思ったら!よりにもよって元敵国の人なんて!」
頭を抱えて唸っているのは、黄色い髪の少女。ヴィオラというらしい。賑やかな少女だ。
「す、すみません!ヴィオラちゃん、あんまりそういうこと言わない方が……何されるか……」
謝りつつも、酷く俺を警戒する黒髪の一際小さい少女がノエルだ。
2人ともから酷い言われようだ。
しかし、俺とて軍人時代にフェリペ人を連れてこられたら憤っていたことだろう。それにこの程度の態度は俺には効かない。
無垢な悪意というのには慣れているからだ。
「2人とも気にしすぎ。私たちは言われたことをやれば良いんだから。ごめん、インストラクターさん」
最後に2人を取りまとめたのが、レナというベージュのショート髪の少女だった。幼さが見える他の少女たちと比べ、大人びているように見える。
が、一瞬たりとも俺に目を合わせようとしない。ライナにすら、だ。
どうやら、大人に不信感を抱いているようだ。
「3人とも姿勢よく! 彼はインストラクターではあるけれど、上官として敬意をもつように!いいわね!?」
「……ただでさえ、鬼教官がいるのに」
「何、ヴィオラ?」
「いいえ! なんでもありません!」
「明日の1300時に彼を助手教官として訓練飛行を行う! 解散!」
ライナの号令に合わせ、彼女たちはそっぽを向くように回れ右をして、唯一黄髪の活発な少女が振り返らずに、捨て台詞を放った。
「髪、ボサついてるよ!」
「それはそうかも」
「そんなことより」
俺は手で髪をとかしながら、切り出した。
「俺の乗機はどれだ?」
◇
「MIR-30 フルクラム。リストニアの軍拡には対応できないけど、なんとか調達した我が軍の最高の機体の一つよ」
大国から輸入したフェリペの燕。
二つのエンジンを持ち、機動性を重視した2本の水平尾翼を採用した格闘重視の新鋭機だ。
生産国では燕の名を冠する期待であり、主翼の突き根から後方に流れる機体の戦には、無駄なふくらみが無く、機首は鋭く、低い。
前の戦争ではこれの一つ旧世代の戦闘機が戦っていた。
「武装を外すとはいえ、こんな新鋭機に乗っていいのか?」
「ええ、彼女たちもこれに乗るの。旧世代機では相手できないわ」
「訓練生が?」
「彼女たちは訓練生の中でも優れた逸材よ」
「士官学校でじっくり育てるべきじゃないのか?」
「戦争は待ってくれない。それに彼女たちは問題を起こしたの」
「あの子たちが?」
不良には見えなかったが。だが、ライナは詳細は明かさなかった。
「単純よ。あなたの仕事は彼女たちの鼻をへし折ること。逸材なのは認めるけど、調子に乗り過ぎね」
「ブランク明けだ。ついていけないかもしれない」
「エースパイロットなんでしょ? 一つ忠告しておくと、レナは相当な才能よ。非公式では模擬戦で私を撃墜したことがある」
「非公式?」
「まぁ、次で本当かどうかの確かめられる」
やはり、彼女はその訳を教えてはくれなかった。
何か訳を抱えている大人嫌いの少女達、歓迎されてない基地。
面倒だと、俺の中のなげやりな人格が告げる。
それでも、俺は戦闘機乗りの性を捨てきれてなかった。
新しい翼を前に、消えていた筈の高揚感が蘇ってくる。
◇
20XX.11.5 13:00
Bartender A.F base
「ダックスリーダーより管制塔、離陸の許可をリクエスト」
「離陸承認。中尉、リストニア人の動向には細心の注意を」
「それ聞くの、3回目」
訓練は予定通りに行われた。
新米を意味しているのだろうか、予備機である俺以外のフルクラムには垂直尾翼に家鴨が描かれている。
部外者のせいか、いつもどおりか、無線は嫌な沈黙が続く。
滑走路に通じる誘導路からコックピットから彼女らの機体が離陸していくのを眺める。
「ダックス5、滑走路侵入・離陸を許可する。基地警備隊はお前を狙っている。余計なことをすれば――」
「しつこい!」
管制塔の青年将校の再三にわたる警告は焦れたライナの一喝によってかき消される。
「ダックス5、離陸を開始する」
新しい機体とはいえ、やることは変わらない。
ブレーキをかけたまま、スロットルを全開にする。
2基のジェットエンジンが火柱を立て、ブレーキの掛かった機体すらも前に押し出そうとする。
コックピットから前傾姿勢になった時、ブレーキを放す。
機体は解き放たれた猛獣のように、急激に加速し、翼が揚力を持ち始め、機体が僅かに浮き始める。
ゆっくりと慎重に操縦桿を引き寄せる。
ふわりと、天にも昇る気持ちを感じた。
「ダックス5は離陸した」
「リーダーより各機。素早く集合。燃料を一滴たりとも無駄にはできないわ」
5機のフルクラムは、右斜め隊列を取り、山岳地帯上空のA空域へと進路を取った。
上空から見える景色は美しい、山々の山頂は雪で覆われ、太陽を受け輝いている。
一方、それらは風を上へと押し流し、上空に居る俺たちの機体を激しく、予測不能に押し流してくる。
「インストラクターさん、この風に四苦八苦してるんじゃないの?」
3番機であるヴィオラが無線機で小馬鹿にしてくる。
彼女たちはこの複雑な風の中を、3機並んで飛んで見せる。
正直、リストニアの訓練生では単独飛行が精一杯だろう。物量で上回るリストニアがフェリペ王国に苦戦したのも頷ける。
彼女たちが逸材というのは本当らしい。
少なくとも、風に流されてこちらにぶつかってくることはなさそうだ。
俺は彼女たちを気にせず、山岳の風向や外部気温を基に、機体の操縦系を微調整を始めた。
「……憎まれ口をたたいているんだから、少しはリアクションしてくれなきゃこっちが不安になるんだけど。きょろきょろしているけど、本当に大丈夫なの?」
「やっぱり、初めてのここの飛行が模擬戦っていうのは無理なんじゃ……?」
彼女らの忠告が侮辱か親切かは、わからないが、わざわざ反応する必要もなさそうだ。
「ま、大丈夫なんじゃない? レナ」
「……いや、大人は信用できない」
「レナさん!」
「レナ! 何をしているの!?」
暫くして、無線が騒がしくなったと思うと、コックピットに頭上から影が落ちた。
レナのフルクラムが反転して、俺の真上を飛んでいた。
「あなたがリストニア人でも、そうじゃなくても、私たちだけで十分だから。ね?」
「危険行為よ。すぐさま、離れなさい!」
「レナ、やめなって!」
「私たちに大人は要らない」
彼女は隊長や友人の忠告を無視し、さらに接近して、彼女の白い肌がヘルメットバイザー越しに見える程に近づいた。
だが、俺は彼女の怒れる瞳よりも機体の翼の動きを追っていた。
大したものだ、バランスを崩しやすくなる背面飛行にも拘らず、繊細な微量な動きでバランスをとっている。
別に回避する必要はなさそうだ。
「なんで、避けないの?」
「いい加減にしなさい! あなたも回避行動を!」
レナの困惑の声とライナの激怒の無線がコックピットを木霊す。
ややうるさい。
「いや、いい。君の気の済むまでやっていればいい」
子供の癇癪だから、放っておけばいい。
俺の予想通り、数十秒後には彼女の機体はゆっくりと離れていった。
「……今のはインシデントは基地司令に報告する。レナ、次はないと思いなさい。
トニー、訓練は続行可能?」
「問題ない、始めよう」




