第4話
リストニアはフェリペ王国を再度敵視しており、彼らの入国を厳しく監視している。
が、実際には第三国を経由すれば、いとも容易く入国できてしまう。
「下を見て。塹壕を掘っているわ」
旅客機の隣の席のライナが、軍事車両と工事車両が慌ただしく活動する下を指さす。
リストニアの隣国は友好国だったの国の豹変ぶりに友好という名の服従か、それとも抵抗か、そういう対応を迫られている。
「俺をフェリペ軍に招くつもりか?」
「いいえ、傭兵部隊はあるけど、軍部は元敵国の軍人を除外している」
だろうな。
「そこで裏をかく。あなたを軍に協力する民間協力のインストラクターとして雇う」
「教官ということか」
「そうよ。我が国はあなたの国を脅威として認識し、今多くのパイロットを実戦配備につかせている。そうなると、教官が足りない」
「それなら他の国の人間でも良い筈。どうして、リストニア人を?」
「パイロットなんて選り取り見取りよ。買い手は幾らでもいる。本来、捨てられるべきではない存在なの」
捨て犬、やはり彼女にはそう映ったようだ。
「でも、あなたの言葉にどうも惹かれたわ」
「ブラックノーズか? 知っていたのか?」
「あー。報告書で見たようなきがしてね。それではなく、『事実は捻じ曲げられない』って言葉がね」
そんなこと言っただろうか?
どうにも思い出せない。
刑務所での3年間で、俺はミイラのように干からび、のろのろとしか動けなくなり、思考が上手くできなくなっていた。
眠い……。
◇
「ライナ・ソルベルグ中尉、戻りました」
「中尉、リストニア人を連れて帰るとは何を考えているのです!?」
旅客機から軍用機に乗り継ぎ、俺達はフェリペの険しい山岳地帯を切り開いて作られた辺境のバーテンダー空軍基地に降り立った。
軍の士官たちが仰天する中、ライナは堂々と俺を連れて帰ったことを基地司令官に報告していた。
「ふむ、驚くようなことをするが……確かに民間のインストラクターとしてなら問題ない」
「基地司令!?」
「トニー君。訓練指導の為の戦闘機への搭乗を許可しよう。しかし、実弾の搭載は許可できない」
基地司令官は定年間際のかなりの高齢で、失礼だが、返事が遅く、物事を理解しているのかさえ判然としない、どこか間の抜けた対応だった。
「……トニー?」
「はい、了解しました」
返事の遅れた俺をライナが睨みつける。
成程、はたから見れば、俺も似たようなものか。
◇
リストニアでは急速に軍備が進み、主要基地の娯楽施設も増えているという。
しかし、フェリペの辺境の基地はそうでもなく、兵士たちの憩いの場はいくつかの空になった格納庫であり、点々とストーブが置いてあるが、それでも寒い。
痛いほどの寒さ、そして、視線だ。
フェリペのパイロットが、整備兵が、警備兵が俺を刺すような視線で見てくる。
「ここでも生きた心地がしないな」
「暫くはカルガモの子のように私についてくるといいわ。大丈夫、私に手を出す馬鹿はこの基地にはいない」
「この連中とやっていけるかな」
「やっていくのよ、それともリストニアにとんぼ返りする?」
「いや、祖国はもう随分と遠くなってしまった」
リストニアで生活ができないという話ではない。
俺が好きだった奥ゆかしくも、伸び伸びとした自由な国はそこにはなく、自分勝手な理屈と冷笑がまかり通る知らない国になってしまっていた。
遠い思い出を振り返っていると、ライナはバツの悪そうな顔をしていた。
「ごめん。冗談にしては流石に口が軽すぎたわ」
「いや、いいんだ。それで俺たちは何処に向かっている?」
「あなたの教え子たちのところによ」
そうだ、インストラクターという話だった。
フェリペ空軍の教育カリキュラムは知らないが、士官学生だろうか?
誇りと自信に満ちたエリートは嫌だな。
「居た。《《彼女》》たちよ」
だが、格納庫の外で待っていた3人の人影は俺の想像していたものよりもかなり背丈が低かった。
少女と呼ぶにふさわしい幼さの残るパイロット達だった。
恐らく、かつての俺がそうだったような学生パイロットだ。
そして、かつての教え子たちのようだった。
「参ったな、子供は苦手だ」
「ちょっと、声が大きい」
しまった。
どうやら、長らくの刑務所暮らしのお陰で声の音量調整機能がおかしくなっているようだ。
「誰が子供よ!」
「いいって、張り合わなくて」
「あの、よ、よろしくお願いします……!」
三者三様だ。
1人の少女は腰に手を当てて仁王立ち、もう一人の少女はどこか諦観したような乾いた笑みを見せ、もう一人の少女はびくびくと震えていた。




