第3話
3年という長い年月が経った後、俺は刑務所の門を出た。
その頃には、感情がすり減り、薄くしか残っていなかった。
行く宛てもなく、ふらふらと幽霊のように歩く俺を、通行人たちは避けて、気味の悪い目で見た。
そして、彼らは上空で響いた轟音を見上げる。
俺も見上げたその先には、リストニア軍の戦闘機編隊が飛び去って行くところだった。
(前の戦争後に、体裁が悪くなった軍は都市部上空飛行が固く禁止されてたはず。軍は国民から赦されたのか?)
軍人たちに名誉が戻ったのだろうかという淡い期待。だが、それは俺が期待したものではなかった。
2,3週間後、行く宛てもなかった俺はホームレスになっていた。
道端に捨てられる新聞などを見て、俺はリストニアの現状を知った。
前の戦争で左翼政権が躍進し、激しく軍部の無能を追求した。彼らは軍事費を無駄だと主張し、それらの多くは先進テクノロジーに投資した。
が、投資は失敗に終わり、経済はますます悪化した。
人々の不満が軍から政治に移った頃合いだった。
軍は突如、隣の小国に軍事侵攻を行った。
以前の戦争で戦ったフェリペ王国とは違い、その国とは何ら敵対関係は無かった。が、敵対的な行動を検知した為、防衛の為の侵攻とそんな大義を銘打ち軍は攻撃を仕掛けた。
寝耳に水だった隣国はたちまち敗北し、領土の一部と賠償金を支払った。
リストニアの人々は軍部の愚行を非難するどころか、久しぶりのこの国の成功体験に気分を良くし、軍は瞬く間に勢力を拡大し、軍事政権にまで至った。
「もちろん、我が国は戦争がしたいわけでは無いのです。しかし、国民を守るためにあらゆる行動をしなければならないのです」
ホームレスたちの住居である架橋下から見える街頭TVには、かつての上官ホンプスキー司令が映し出されていた。彼は将軍であり、実質的なこの国の指導者になっていた。
かつての部下エミリーは戦争の英雄としてプロパガンダで祭り上げられ、この国のヒロインとなっていた。
華々しく美しいエリート達。
一方、俺のようなしがない一般兵は何ら救済措置はなかった。
「薄汚いホームレスがたむろしているんじゃねぇよ!」
「やめてくれ!」
向こうの路地で、下衆な青年たちの嗤い声と怯えるホームレスの声が聞こえた。
俺は今のこの国に対する反発心とちっぽけな正義感に突き動かされ、彼らの前に割って入った。
「やめろ」
「なんだ、お前?」
「若いホームレス? 初めて見た!」
「あんたも行け」
「あ、ありがとう!」
囲まれていたホームレスを逃がしてやると、若者たちは標的を俺に変えたようだ。
彼らは笑っていたが、暫くして中心の青年が何かに気づいたように真顔になった後、みるみるうちに顔を赤くした。
「お前、よく見たら、センコーじゃねぇかよ!」
「は? スイフト。知り合いなん?」
ああ、思い出した。こいつはスイフト、俺の教え子にしてクラスの問題児だった男。
今はもう20になったばかりだが、派手な金髪にネックレス、タトゥーまで入れ、より悪い男になっていた。
「こいつは元軍人の無能でさ。俺の事を殴りやがったんだよ」
「へえ。で、スイフトが勝ったんだよな」
「あ、当たり前だろ。返り討ちにして、警察に突き出してやった」
違う。
お前が先に仕掛けてきて、制止しても辞めなかったから、手を上げた。
勝ち負けや正当性ではなく、自分の都合の良いように作り話をするのが気に入らなかった。
「じゃ、次は殺しちゃう?」
「最近軍が偉そうでムカつくしな!」
「いいぜ、やってやる!」
スイフトはその劣等感を消す為に、落ちていた鉄パイプを拾った。
俺は手は出さなかった。
唯一刑務所で親切にしてくれた刑務官が二度目はない、出ることが出来なくなると言ったためだった。
「死ねやああ!」
数名の男たちからタコ殴りにされ、俺は血まみれになっていた。
頭が痛い。
物音で人々が騒動に気づき始めるが、足早に去ったり、野次馬をしたりだ。
「はぁはぁ……なぁ、赦してやろうか?」
スイフトが倒れる俺にかがみ込み、にやけ顔を見せた。
「僕は嘘つきです。軍のエースなんかじゃなかったですって、言え!」
「……嫌だ」
「何?」
既に俺に馬乗りになり、勝った気でいたスイフトはきょとんした間抜けな顔を見せた。
「俺はリストニア軍のブラックノーズと呼ばれたエースパイロット。フェリペ王国のパイロットと戦い、一度も退かなかった」
「てめぇ、嘘つきが!」
「事実は捻じ曲げられない」
これは死んでいった戦友の為でもある。
「なら、死ねよ! 嘘つきが!」
スイフトの拳が俺の顔面を捉えた。
が、寸前でその拳は白い腕に制止されていた。
「えっ? な、うわぁ!」
彼はわけもわからぬまま、その白い手により引きはがされ、投げ飛ばされていた。
その白い手は、俺に差し伸べられた。
歪む視界に見えたのは、やや年上の妙齢の女性だった。
すらりとしたスタイルと、伸びた背筋は彼女が軍人ではないかという疑念を持たせる。
しかし、知らない女性だった。
「あなた、今、なんて?」
「え?」
「リストニアのなんて言ったの?」
「リストニアのエースパイロット『ブラックノーズ』だ」
「へぇ」
彼女の目が細く伏せられる。
それは興味関心だったが、群衆たちが見せる好奇の目ではなかった。
彼女は俺の手を引き、身体を起こした。
「行きましょう」
「何処に?」
「どこに連れていく気だよ!」
「女だからって許さねぇぞ!」
スイフトらが起き上がり、彼女に襲い掛かる。
「邪魔よ」
「うっ!」
しかし、彼女は身を翻し、意図も簡単に彼らの攻撃を躱した。逆に素早い手刀と長い脚を彼らの首元に直撃させ、卒倒させた。
ただの軍人ではない、特殊部隊員か?
彼らが白目を剥いて倒れている上を通り、俺達は避けていく人込みの中を通る。
「今更? 誰かパトカーを呼んだようね。
急ぐわよ」
「待て。アンタは誰だ? 何処に?」
「……本当はちゃんとした場で話すべきなんでしょうけど、そういう性分じゃないの私。
私はライナ。フェリペ王国の軍人、私の国に来ない?」




