第2話
あの日、警官に捕まった俺はまるで何人もの人を殺した重犯罪者のように護送車に乗せられ、拘置所に連れていかれた。
連れていかれた直後は、かなり興奮していたし、混乱していた。なんで俺がこんな目に合わなければいけないんだ裁判でも取り調べでもやれと、怒鳴り散らしていた。
しかし、俺はすぐさま、独房に押し込まれ、取り調べすらもなかった。
固いベッドと粗末な椅子しかない窓すらない劣悪極まりない部屋だ。カレンダーも、時計もない。
裁判でも、取り調べでも、面会でもいいから、誰かと言葉を交わしたかった。だが1日経っても、3日経っても、1週間たっても、何も起きなかった、
「なんで俺をここに閉じ込めたままなんだよ!取り調べや裁判はないのかよ!」
「さぁ半年もすればあるんじゃないか?まぁ気長に待てよ、生徒ぶんなぐって長期休暇だぜ?」
看守から適当に返された言葉に絶望した。半年、こんな独房で?
「頼む、弁解させてくれよ!なんで俺はこんな目に……!」
「なんだこいつ。
俺に言われても知らんよ……じゃあな」
頭がおかしくなりそうだった。それからはもう何日経ったのか分からなくなった。最初のうちは、ずっと復讐を考え、自分に降りかかる理不尽を嘆いていた。
2、3週間経ったのか……もうそれすらわからないが、なにも変化はなかった。決められた就寝時間にベッドで眠り、決められた起床時間に起き、1時間グランドを歩き、その後は椅子に座って壁の一点を見つめる。
そのうちどんどんプライドと感情が削れていった。
誰も面会なんか来てくれない。俺の存在なんて誰も知らない。
このまま孤独に死ぬというなら、一度だけでいいからまた戦闘機に、タイガーに乗って飛びたい。自由な空じゃなくてもいい、戦場の空でも良いから、あの感動をもう一度だけ。
だが、俺の考えとは関係なく、世界の方が動いた。
ある日、監獄に複数人の足音が響いた。どうせ、俺には関係ない。ずっと壁だけを見つめていた。が、その足音が俺の監獄で止まった時に流石に違和感を感じた。
「先輩」
「エミリーか!?」
第2航空団第21戦闘飛行隊第2分隊ナスカー飛行隊所属
エミリー・アウアー。
彼女は俺の部下だったパイロットだ。
血の気が引き、呼吸が薄くなるのを感じる。
彼女が恐ろしいわけではない。
俺は戦争時は彼女を始めとしたパイロットたちの英雄だった。そんな彼女たちに幻滅されたくはなかった。
「先輩、生徒に手を上げたというのは本当の事なのでしょうか?」
「エミリー、聞いてくれ。違うんだ」
「私も信じたいと思っています。 しかし、開示された証拠にはそう書いていました」
「軍の仲間を侮辱されたんだ。 黙っていられるかよ!」
感情的になり、思わず大きな声が出てしまう。
しかし、柵の向こうの彼女の顔色はまるで失望しているかのように、
少しずつ曇っていく。
焦るあまりに、呂律も思考も回らなくなっていく。
「生徒たちは軍人たちを無能だって」
「手を上げるのではなく、言葉で諭すのが教師なのでは?」
「あいつらはいうことを聞かなかった! それに、貧しい女の子を虐めていた!」
「話の論点がぶれています。それにだからといって、手を上げるのですか?」
どんどん彼女との心の距離が開いていくような気がする。
そもそも、彼女の財閥の令嬢であり、俺とは生まれが違う。俺は志願兵の雑兵、彼女は士官学生卒のエリートだ。
そして、彼女には天性の才能があった。粗削りだったが、俺は彼女を諭し、自らの全ての技術を教えてきた。
身分こそ違えど、空では対等で信頼関係があった。
空、空、空に戻れれば。
俺はそれに縋りたかった。
「エミリー、お願いがあるんだ。俺をここから出してくれ。お前ならそういうことが出来るんじゃないか?」
「……」
「出たら、軍に戻る! 戦争で役に立つ! だから、お願いだ!」
必死に喋れば喋るほど、まるで小物のように見えてしまう。
しかし、この垂れて来た蜘蛛の糸を逃せば、二度と青空を見ることすら敵わないかもしれないのだ。
だが、俺の期待する青空とは対照的な曇った顔でエミリーはこう告げた。
「失望しました」
「何?」
「実は私はホンプスキー司令の御命令で伺ったのです」
「司令の?」
ホンプスキー・ウィリアムズ司令。
俺の所属基地の司令官だ。
高級将校としては若く、有能であり『栄えあるリストニア』という派閥を形成している。
しかし、彼の目には士官学校卒のエリート層しか映っておらず、俺は常に冷遇されていた。
俺が逃げるように軍を去ったのも、これが理由の一つだ。
そんな男が俺に下す命令とは、なんだ?
「不名誉除隊です」
「な、それは」
「あなたは既に軍を退いた身。しかし、再び戦時下に置かれた場合召集される身分でした。ですが、この除隊命令を以て、あなたは永久的に軍への復帰を断たれました」
「じゃあ、俺は空には戻れないというのか……!」
エミリーは黙って頷き、俺はへたりと床に倒れこんだ。
空だけではない、不名誉除隊は市民記録として残り、就職活動や結婚等で相手方に開示される。死刑宣告だった。
「先輩、あなたの口から最初に出た言葉が懺悔や謝罪だったら、私も力を貸していたかもしれません。でも、今のあなたはあまりにも醜い。教師だけではなく、軍人としても失格です! 人としても! 貴方の様な振る舞いが軍の威光を失墜させる――」
軍の威光?
お前達、エリートだけを残して、俺達の一般兵を捨てた軍に何の威光が残っている。
かつての仲間に、壮絶な怒りが沸いた。
「分かったような口を利くなよ。ご令嬢」
自然と、冷めた声が出てしまった。
彼女は大きく目を見開いた後、その瞳に涙を貯め、声を震わせた。
「戦場の空に出たがりたい、悪魔め!」
そして、彼女は踵を返し、塀の中から見える視野から消え去った。
彼女が去った後、向こうで看守たちの嗤い声が聞こえた。
「無能って奴はどこまでも、プライドが高いんだよな」
「本当ですね。大企業のご令嬢様でしょ、俺なら額を床にこすりつけますけどね!」
耳の奥に響く耳障りな声。
しかし、正論だ。
このチャンスを生かせなかった俺は、求刑通り懲役3年の刑罰を受けた。




