明日の記録
記念祭から、三月が過ぎた。
調査控えには、記念祭後の日付が増えていた。アーベルの症状記録には、「症状なし」が並んでいた。窓の外の木は、記念祭の日とは違う葉をつけていた。書いた紙は、翌朝にも、そのまま机の上に残っていた。
私は、あの夢を見ていない。アーベルにも、夢、寒気、覚醒中の叩音、歩行の異常は再発していない。彼の指は、机の縁を叩かなくなった。
それでも、感覚だけで「治った」とは書かなかった。命令書と遺物の検査結果は、すでに正式な記録として残っている。日常の症状記録は、この日で終える、と二人で決めた。
アーベルが、最後の記録票に書いた。
症状なし。記録終了。
二十二周の記憶は、彼に残っていた。記録を終えることは、忘れたという意味ではなかった。
契約終了後、中央神殿の工房は、文書館の旧構造図と神殿側の修復記録を照合し、接続板を本来の向きへ戻した。臨終視と時間復元の回路は再び切り離され、継続中の契約反応がないことも確認された。人を使った作動試験は行わなかった。
同じ誤接続を防ぐため、神殿の祭具番号から文書館の旧技術記録を引けるようにした。修復前後の配置図は、両方の機関に残すことになった。
命令書は、破棄しなかった。契約終了後にも、もう一度非接触検査を行い、反応が検出されないことを確かめた。取扱票には、反応あり、反応なし、また反応なし。三つの時点が、一枚の紙に並んでいた。
原本は、二重封印のまま、王立文書館への長期寄託に切り替えた。所有権はマイヤー家に残るが、父の書面承諾により、保全と公的調査の範囲に限り、閲覧の判断は文書館へ委ねられた。通常の閲覧には、普通紙の翻刻を使う。安全になったから、と誰かに読ませて試すことはしなかった。
二百人の名が、静区の未帰還者として、初めて公の記録に並ぶ日が来た。
場所は、静区の外壁前。先に行った祭式は非公開だったが、今回は、市の記録として認定する場だった。
ドルン女史は、掲示前の訂正告示に、根拠資料番号の一桁違いを見つけた。市の担当者が新しい紙へ清書し直し、彼女がもう一度番号を確かめた。
館長は、訂正告示に署名した。「当時の責任者」や「意図」までは認定しなかった。市側の責任者も、その隣に署名した。館長は、館長預りだった資料を公開目録へ登録したことも、自分の名で記録した。保管場所は別置のままだったが、所在と請求番号は、公開目録から引けるようになった。
それから、恒久的な墓碑でなく、まず、公的な名簿と訂正告示が、壁の前の掲示板へ掲示された。
公に認められたのは、次の内容だった。二百六人が、封鎖当日、静区の内側にいたこと。六人は、区域外での生存を確認できたこと。残る二百人は、指定された照会記録のどこにも、その後の生存、移転、遺体の搬出、埋葬が記されていないこと。二百人は、弔籍上の未帰還者として受け入れられたこと。そして、避難完了記録には、虚偽または事実と一致しない記載があること。
二百人全員が静区で死亡した、とは、最後まで書かなかった。
市の担当者、教区の関係者、記録から縁者と確認された人々が、壁の前に集まった。名簿の前で足を止め、長く動かない人もいた。私は、対照表を作った側として、隅に立った。
名簿の中に、ヤーコプ・ラングの名を見つけた。その隣に、井戸番テオ・ハルダー方、とあった。「助手一名」という文字は、消されず、訂正前の記録として、別の欄に残されていた。ほかの十一人も、同じ形で並んでいた。奉公人一名、引取児一名、間借り人一名、住み込み職人一名など。訂正前の記載と、結び直された名が、隣り合っていた。
ヨナスは、掲示された名へ向けて、いつもの葬送と同じ祈りを読んだ。マルタは、終祭と装置修復の記録を市の担当者へ渡し、受領番号が書かれるまで、その場を離れなかった。カヤは、壁へ近づきすぎた人を待機線の内側へ戻し、担架の通る道だけは空けていた。
記録を訂正するための事実確認は、今日の公示までに終わっていた。今日から始まるのは、命令が出された経緯、関与した機関、責任の所在、補償の範囲を調べる、次の調査だった。避難完了という従来の記述には、訂正の注記がついた。翌年以降の記念祭の内容も、再検討することが決まった。
祭りの名称も、行政の最終的な責任も、補償も、まだ決まっていない。壁も、その日には壊されなかった。建物の構造調査、残存文書や生活用品の保全、衛生状態の確認を経て、段階的に開く予定だけが、決まった。
今日の公示で、すべての問題が解決したわけではなかった。それでも、二百人の名を、もう記録の外へ戻すことはできない。
文書館は、「静区資料整理・目録訂正」という、期限つきの正式職を新しく設けた。私は、館の正式な審査を経て、採用された。
審査には、館長のほかにも、複数人が加わった。今回の実績は、評価の資料になった。ドルン女史も、審査の場で、私の作業を証言した。雇用期間と職務は、書面に明記された。恒久の雇用は、約束されなかった。それでも、月ごとの臨時採用ではなくなった。
机の位置は、変わらなかった。契約書の期限と、担当する記録の名が変わった。
命令書以外の私文書は、必要な認証写しと保管記録を整えたうえで、実家へ返却した。
返却した私文書の受領書と、命令書の長期寄託承諾書の控えに添えて、父から短い手紙が届いた。
――年の変わる前に、一度は帰るのか。
私は、返事を書いた。
――帰ります。そのあと、王都へ戻ります。
姉たちの縁談について、父の手紙には何も書かれていなかった。破談になったという知らせもない。ただ、何も書かれていないことを、何も起きなかった証拠にはできなかった。謝罪も、労いも、手紙にはなかった。それでも、届いたことに意味はあった。
追悼と公示が終わった帰り道、日は傾いていたが、記念祭のときとは違う、ただの夕方の光だった。アーベルが言った。
「今日は、どこへ行きますか」
行き先を決める前に、私へ訊いた。
「以前の私が、あなたをどう思ったかは、知りません」私は言った。
「はい」彼は言った。「それを、今のあなたに求めるつもりはありません」
「今の私は、あなたが好きです」
「俺も、今のあなたが好きです」
それ以上、過去二十二周のことを、彼は付け足さなかった。
「触れてもいいですか」彼が訊いた。
「はい」
彼が、私の手を取った。
私たちは、手を離さずに歩き出した。
その夜、宿の部屋へ戻ってから、新しい予定帳を机に置いた。館の業務記録でも、二百人の対照表でもない。これからの自分の予定を書くために買った帳面だった。
明日の日付を書いた。
静区資料の整理。訂正目録の確認。午後、アーベルと会う。
その先の頁は、まだ空いていた。
今度の空欄は、誰かが名前を消した跡ではない。
まだ、書かれていないだけだった。
完結
ループしているのは騎士の側――全二十九話、完結しました。記念祭の日没を二人で越え、二百人の名は記録の外へ戻せなくなり、二人はそれぞれの明日を選びました。お読みいただき、ありがとうございました。




