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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第一章 ザック・ウィンターの憂鬱
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1-4 もふもふの親友

 ザックは週三で購買部のアルバイトを、週二で家庭教師のアルバイトを行っている。

 学園は郊外にあるため、勉強を教えている少年の家もバスで二時間かかる。しかし、魔法教育に熱心な家庭は大抵裕福で、教育にお金を惜しまないので、移動時間を加味したとしても時給だけ見れば家庭教師の方が圧倒的にコスパはいい。それでも購買部のアルバイトを続けているのは、購買部の商品はアルバイト待遇で破格の値段で買えるという福利厚生の良さがあるからだ。貧乏学生には時給の高さよりもありがたいおまけだった。


「オルターに課題用の魔法薬の分量について聞きたいことがあるんだけど、今いる?」


 購買部の会計番をしていると、男子生徒に話しかけられた。

 ネクタイの色を見れば、青色。学園では学年ごとにネクタイの色が決まっている。一年から赤黄青紫白茶黒と分かれているので、一見して学年が分かり易い。青色であれば彼は三年生ということになる。三年のこの時期のカリキュラムを考えれば、髪生え薬か、筋力増強薬といったところだろう。必要な材料と、作り方の手順を思い出しながら、「オルターは今、他のお客様の接客中なので、俺が対応しますよ」と言う。


 しかし、彼はそれを聞くと分かりやすく顔を顰めた。


「えっ、あ、あぁ、君か……。じゃあいいや、今日は。これだけ会計で」



 そう言って、男子生徒は羽ペンとインクだけ机に置く。会計を済ませると、男子生徒は足早に退店した。

 その様子を見届けてから息を吐くと、レジカウンターに備え付けの椅子に座っていたザックの頭の上に影が降ってきた。


「学年三指の座学の猛者じゃ物足りんとは贅沢な奴だな」


 キセルを携えて後ろのレジ裏のバックヤードからのっそり現れたのは、購買部を預かる店主である。名をシトウと言う。片眼鏡が印象的な、無精髭を生やした四十路のオッサンだ。


「授業でやるような魔法薬の分量に迷うお前よりは遥かに魔法のこと分かってる、くらい言ってやってもよかったんじゃないか」


「座学の成績なんて知ったところで態度なんか変わらないって。購買部のアルバイトは歴代無能しかいないって噂だし」


「ひどい中傷だな。これでも『分かってる』人間しか採ったことはないんだがなぁ」


 シトウはぽりぽりと頭をかくが、その噂はあながち間違いというわけではない。

 去年卒業した同僚の先輩も座学の成績はすこぶる良かったが、実技に関しては振るわなかった。つまり、そういうことだ。勉強しかできない奴は、この学園では無能のカウントに入れられる。この学園で一目置かれるのは、「魔法」ができる人間だけなのだ。シトウの魔法の力量は知らないが、見ての通りだらしのないオッサンなので、彼もまた生徒から侮られている。この購買部で唯一生徒からの信頼が厚いのは抜群のルックスを持ちながら魔法の才能もあるアイドル店員のオルターだけだった。

 今彼は女子生徒に囲まれていて、姿も見えないが、魅了の相手は老若男女を問わない。あのゼノすらも凌駕する学園一のモテ男である。


「にしても浮かない顔だ。何かあったか?」


「今日が何の日か知ってるくせに、意地が悪いなぁ。まぁ、今回は別件の方が悩みの種だけど」


 水晶判定の公表の日で、自分が晴れ晴れとした顔でいたことがない。しかし、今ザックの頭を悩ませているのは、水晶値のことよりも目下に迫る小テストのことだった。


「来週、変身魔法の小テストがあるんだけど、前回評価Cだったから今回は高評価取らないと単位が危ないんだよな。シトウは得意? なんかアドバイスある?」


「変身魔法ぉ?」


  シトウの目が泳ぐ。


「……そこはそら、先輩店員に教えてもらえよ」


「うわ、逃げだ」


「うるさいうるさい。……ほらオルター、ザックが聞きたいことがあるってよ」


 その瞬間、右肩にトンと何かが着地したような重みを感じた。シトウの視線がザックから少しずれて、右肩に乗る何かを見つめている。


「何の話?」


 横を見れば、ザックの右肩にふさふさの体毛を持つ小動物――具体的に言えばフクロモモンガがちょこんと腰掛けていた。小首を傾げる様は愛くるしい。


「まぁちょっと聞きたいことあって。それよりオルター、接客は終わったのか」


「うん。さっきの子達は物質劣化促進魔法のコツと必要な素材についてのことだったからすぐ終わったよ。店もすいてきたし、今なら大丈夫」


 そう言って、親友は右肩から飛び降りて、レジカウンターからザックを見上げる。くりくりとしたつぶらな瞳はまさしく、この購買部のアイドルの名にそぐわない愛らしさである。


 彼はオルター。雄モモンガにして購買部の先輩店員だ。それ以上のプロフィールは知らない。

 こうも流暢に喋るモモンガなら誰かの使い魔だろうと思うのだが、使い魔扱いされるのが彼の逆鱗のようで、一度魔法でボコボコにされてからその話題はアンタッチャブルとなった。

 先輩店員と言っても、一年次の十月から購買部のアルバイトを始めたザックよりほんの一週間ばかし早かっただけなので、ほとんど同期のようなものだ。四年間も辛苦を分け合った仲なので、自然と交流も増え、目下のところ、ザックの友達と言えるのは、このモモンガくらいだった。


「次の試験が連続変身魔法なんだが、良い評価が貰える予感がしなくて。なんかアドバイス貰えたりしない?」


「アドバイスか……。教科書にも書いてあるような一般的なのならここでいくらでも言えるけど、どうせなら今の出来栄えを見てからの方がいいかな? 閉店したら練習、付き合おうか?」


「うわ、助かる。やっぱ持つべきものはひげのオッサンじゃなくて、最高イケメン天才モモンガ様か……」


「仲がいいのはいいことだが、そういうのは俺がいないところで言おうな~、アルバイトくん」


 シトウが節ばった拳そぐりぐりと頭をこすりつけてくる。痛い、と喚くとオルターがけらけら笑う。

 賑やかな談笑が、客のいない購買部に響く。学内でザックが安心できる数少ない居場所だった。


 夕日が落ちて、購買部が閉店を迎えると、早速オルターに変身魔法を見て貰えることになった。人通りの少ない寮の裏で練習を行う。

 学園内の寮の門限は夜十時。外出許可証がない限り、その門限を越えると寮監にこってり搾られる。上級生ともなると、寮監の目を盗み、外出する生徒もほどほどにいるが、オルターもまた門限には厳しいので、その時間を越えるわけにはいかない。短い時間の中、最大限学びを得なければ。


 変身の課題は当日伝えられるとのことなので、オルターが適当に振ってくれた動物に変身する。

 まず蛙ということなので、早速変身した姿をオルターに見せてみた。


「……うん、面白いね。おどろおどろしくて、常人には表現できないモンスターだ。とても独創性がある。僕が芸術の教師なら、百点をあげたいくらいだ」


「魔法使いとしては?」


「原形を保ててない時点でゼロ点かな」


「だよなぁ」


 オルターが召喚魔法で呼び出した全身鏡を覗き込んで、ザックの声が沈む。鏡に映るのは、泡沫のような突起の肌に緑色の粘液を纏わせた球状の物体。瞳が身体の半分を占めるほど大きいくせ瞼がないので、目が乾く。どこから声が出ているのか自分でも分からないが、喋る度に瞳の上の空洞が収縮するので、ここが恐らく口であろう。我ながら悍ましいクリーチャーだ。

 変身魔法を解くと、圧縮していた自分の身体が膨れ上がる。この感覚が気持ち悪くて苦手だ。


「恐らく君の失敗は、変身魔法を使う時に自分の持っている情報から得た感想を無意識に反映させていることかな。蛙であれば、目がぎょろりと大きくて肌がぬめぬめして気持ち悪い、とでも思ったんじゃないか? そうなると、君は感想を膨らませて、その特徴を誇張して、頭の中に描いてしまっているんだと思う。伝言ゲームみたいに妙な変換が加わってる」


「なるほど」


 流石オルターだ。指摘が明瞭で分かりやすい。


「いいかい? 君が見たままを、つまり自分の感想やイメージを省いたありのままの姿を頭の中に描いて。赤いものは赤く、丸いものは丸く。そこに私見は要らない。さぁ次は馬をやってみてごらん」


 オルターからの教えを頭にたたき込み、深呼吸をする。杖の先を自分に向けて、呪文を唱えた。


変身(イェ・リグル)


 魔力が己の身体から杖へと通り抜け、また自分に還ってくるのを感じる。変質した魔力が自分を包み、変化を促す。


「……うん足の数があっている分さっきよりはましかな」


 変身が終わった後、なんとも言えない微妙な間があり、オルターの顔が険しくなる。鏡を覗き込んで、彼の表情の理由を知る。


 確かに身体は大きく、四足歩行ではある。茶色の体毛もいいだろう。ただし、鬣だけでなく、全身が不必要なほどにふさふさしている。イエティもかくやと言ったところ。そしてやけに視野が広いなと思ったら、目が五十くらいついている。普段見られない部分まで目が届くので、いつものギャップで酔いそうになる。

 詰まるところ今の自分は、毛むくじゃらで、多眼の四足歩行の化け物であり、馬ではなかった。


「いや、でもすごいな」と感心したような声をオルターは漏らした。


「変身魔法苦手な人って、子供の落書きみたいな解像度で、動くこともままならないっていう失敗が普通なんだよ。でもザックは未知の生物を作った割にはパーツ一つ一つの精度が高くて、五感も問題ないし、手足もちゃんと動かせてる。これって大分珍しいパターンで、僕がやろうと思ってもできないから、見てる分には興味深いよ」


「失敗を褒められてもなぁ」


 変身魔法を解くと、視界が一気に狭くなり、情報量の差に頭がくらりとくる。その後、何度かオルターの指定する動物に変身したが、及第点はついぞもらえなかった。

 門限が近付いてきたので、オルターが締めにアドバイスをくれた。


「そうだな。君の場合、模写がいいな。当日まで課題に出そうな動物を百回模写してごらん。それで少しは動物たちの正確な姿を捉えやすくなると思う」


「百回……」


「……あ、ザックは別のアルバイトもあるから時間的に難しいか」


 購買部のアルバイトと家庭教師の二足のわらじに加え、日々の予習復習もあっては、一つの小テストの為に割ける時間は少ない。さりとて次の試験まで一週間しかないのに泣き言は言っていられない。きついのは最初から充分承知している。なら、泣き言なんて言っていられない。やるしかないだろう。


「いや、頑張るよ。折角オルターが夜遅くまで付き合ってくれたんだ。成果を出さないと」


 空き時間を捻出しようと、スケジュール帳を開く。オルターはつぶらな瞳を細めて、ザックを見つめていた。


「うん、影ながら応援してるよ」


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