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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第一章 ザック・ウィンターの憂鬱
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1-3 幼馴染の天才について

 読み通り、運動場では、授業終わりの五六年生がちらほら残っていた。生徒達は剣や槍といった武器を持って、二人一組で打ち合っている。


 金属と金属がぶつかり合う音。合間に詠唱と、魔法の発動音が混じる。

 剣戟の音だけでなく、弾かれた魔法があちらこちらに飛んでいくので、流れ弾に当たらないよう警戒しながら、目的の人物を探す。


 何組か手合わせをしている中、ある一組だけ抜きん出て、剣の打ち合いが激しく、ザックの目に留まった。興味が惹かれて足を止めたのはザックだけではないらしく、彼らを囲うようにして多くの生徒が二人の戦いを観戦していた。見覚えのない顔もちらほら見かけるので、魔法武器術の授業をとっていない通りすがりの生徒も観衆に交じってそうだ。


「相手六年のブラウン先輩だろ? 去年武闘大会で優勝してたよな」 


「六年相手に互角か。流石だな。というかむしろ……」


 彼らが言うには激しい剣戟を繰り広げているどちらかがブラウン先輩らしい。親しい六年生の先輩がいない自分でも、かの先輩のことは知っている。魔法の実力にはムラがあるものの、攻撃魔法と剣技の腕は現役の軍人からも一目置かれていると噂の六年生だ。実際、去年の校内武闘大会では優勝しており、魔法剣については指折りの実力者であることに間違いない。


 じっと、二人の戦いを注視したが、剣と剣の打ち合いが激しく、どうにも目が追いつかない。

 片方が魔法を発動すれば、片方はそれを剣で弾き返し、カウンターを決めようとする。術者の姿は影だけしか目で追えず、捉えることができるのは鋼と魔法の軌跡だけ。

 その軌跡だけを見ても、まるで二人で踊っているかのような美しい剣戟だった。剣と剣がぶつかりあう音も、魔法で出現した炎と水が打ち消し合う様子も、すべてが心地よく、一つの芸術作品のように思えた。圧倒的な実力差がある二人では、こうはならない。二人の力が拮抗しているからこそ、ただの剣戟にこうも心を震わされるのだろう。


 しかし、互角に見えた力の均衡が時間が経つにつれ、少しずつ、少しずつ片方に傾いていく。片方の威勢が少しずつ衰え、剣の振りは鈍くなり、魔法の威力が落ちて見えた。

 じっと勝負の行く末を見守っていた観衆の中の誰かが「あ」と、声を漏らした。それが決着の合図だった。

 ドン、と衝撃があって、二人を中心として砂埃が立ち上がる。砂埃は観戦していた周囲にまで広がっていき、こほこほと咳払いの音がそこかしらから聞こえる。


 やがて砂埃がはけて、剣戟の中心地が見えるようになった。片方が地に背をつけ、手から剣が溢れた状態で、倒れている。もう片方が涼しい顔をして、相手を見下ろしている。

 そこでようやく、誰と誰が戦っていたのかザックにも認識できた。


「勝者ゼノ・ウィンター」


 審判役を担っていた生徒がそう言うと、周囲から歓声が上がる。


「流石だな。ウィンター。手も足も出なかったよ」


 勝敗がつくと、先ほどまでゼノと打ち合っていた六年生がよろよろと立ち上がる。負けたというのに晴れ晴れとしたような顔で、ゼノに握手を求めていた。


「いえ……」 


 比べて、ゼノの表情に変化はない。勝利の高揚もなければ、勝って当たり前と言ったような慢心もない。ただ淡々と握手に応じた。


「ウィンター、次は俺と手合わせしてくれないか」


「いや、次は俺とお願いします!」


 試合が終わるのを見計らっていたのか、ゼノの元に学年問わず多くの猛者達が群がってくる。

 到底声をかけられる雰囲気ではない。どうしようかと悩みながら、ゼノを見る。

 ゼノは昔から表情に乏しい。些細な出来事では、表情筋は滅多に動かない。しかし、長い間一緒にいるだけあって、ザックにだけ彼の感情が分かることがある。眉根が少しだけ寄っている。真一文字に結んでいる口角が少しだけ下がっている。――なるほど、手合わせの申し出に対して乗り気ではないことは分かった。


 ゼノはやや困ったように視線を泳がせた。そして、ザックと目が合った。これまた分かりにくい微細な変化ではあったが、ゼノは安堵したように頬が緩んで、ザックに向かって手を振った。

 ゼノの視線を追って、周囲の目が一気にこちらに向く。やりづらさを感じながら、軽く手を上げて挨拶に応えた。


「あの人、誰?」


「ゼノ先輩と同じクラスのザック・ウィンター先輩」


「双子? 全然似てないけど」


「従兄弟って聞いた気がする」


 少し離れたところから話し声が聞こえる。ゼノは非常に目立つので、その彼と近しいというだけでザックも不本意ながら校内ではある程度知名度がある。そのため出自についても公然の事実として知れ渡っており、兄弟扱いされることも今となっては稀なのだが――悪意ある同級生を除いて――こういう風に話題に上がるということは、彼らは入学して間もない新入生かもしれない。


 すると、話し声の近くにいた、同級生の声が訂正を加えた。


「いや、親戚とかじゃないよ。同じファミリーネームなのは、同じ孤児院を出たかららしい」


 時期は違えど、同じ冬入所だったため、共にウィンターの名字をもらった。非常に安直な理由だが、出身の孤児院の慣習だというのだから仕方ない。

 本人の同意なく、孤児院出身を明かすなんて個人情報の漏洩だぞ、とデリカシーのない同級生に物申したくなる。とはいえ、今更口に戸を立てたところで意味がないことは知っている。

 それに誰が見たって、自分達は血の繋がりがあるように思えないだろう。腹違いの子供だの、養子だのと根も葉もない噂が立つよりはましだと言えよう。


 ゼノは、起き抜けで出会ったとしても、視界に入れたら、一瞬で目が醒めるような玲瓏な美貌を持つ青年だ。濡れ羽色の黒髪は短く切り揃えられ、長いまつ毛で縁取られた鋭い瞳の中には緑のステンドガラスを陽光で透かしたような神秘的なグリーンアイが埋め込まれている。体格も同年代の青年たちと比べても一回り大きくて見栄えがする。これだけの美人でありながら、愛嬌は皆無で表情が乏しいので、第一印象では近寄りがたさを感じるらしく、氷の騎士などと後輩女子が噂していたのを耳にしたことがある。蕁麻疹が出そうな異名である。実際はというと、冷酷さなど皆無の温厚な性格なのだが。


 一方で自分は、中途半端な長さの赤錆色の髪に、雲がかった冬の空の色を彷彿とさせる陰気なグレーアイ。中肉中背で、顔差しも凡庸。どこをとっても、ぼやけた印象しか与えられない地味な男だ。


 似ても似つかない男を兄弟だの親戚だのと吹聴されるのは、あまり気持ちのいいことではなかった。

 ゼノは、自分を囲む先輩後輩同輩をかき分け、ザックの元に辿り着いた。


「どうしたの? これからバイトじゃなかったっけ?」


「そうだけど、ちょっと渡すものあったから。とりあえず、危ないからそれ早くしまってくれ」


 むき出しの剣をぶんぶん振られると、気がそぞろになる。


「あ、ごめん」


 ゼノは抜き身の剣を、腰のベルトに括り付けた鞘に納める。そして、柄頭の出っ張っている部分にゼノが指を引っ掛けると、柄に埋まっていた杖が取り出された。


 これは剣と杖を一体化することで、剣を振るいながら魔法を使える擬似魔杖剣である。本物の魔杖剣は鋼に杖と同じ魔法陣が刻まれており、柄に魔力を込めることで、杖を振るかのように魔法が発動できる。しかし、魔杖剣の作成には杖職人の免許と刀鍛冶の免許の二つが必要であり、そんな数少ない名匠に頼むには莫大な金と伝手が必要になる。新規に一本依頼するだけでも家が建つほどの希少性だ。そこで、柄に杖を埋め込める用の穴を作り、剣の部分に魔力の通り道を作ることで、魔法陣の必要なく、魔法が使える剣が発明された。これを一般的に疑似魔杖剣といい、刀鍛冶の免許のみでも作成ができるので、ぐっと値段が下がる。その代償として、魔法の精度が下がる上、魔力の通り道を作った分耐久性にも劣る。つまり、魔杖剣の下位互換だ。


 多くの学生が中古とはいえ本物の魔杖剣を使っている中、疑似魔杖剣で他の生徒を圧倒していくのは天賦の才能と言えるだろう。

 ザックもまた、勇者に憧れて剣を振ってみたことがあったが、自分の才能のなさに早々に気付き、選択授業ですら選ばなかった。


 閑話休題。


 ゼノが納剣し、杖も胸元にしまったのを見計らって、ザックはゼノに紙袋を手渡した。


「これ、後輩の女子から渡してくれって頼まれた。お前宛てに」


「あー……あれか、持ってきてくれてありがとう。ザックも食べる?」


 どうもプレゼントに思い当たる節があるらしい。口ぶり的にやはり食べ物だったか。早めに持ってきておいて良かったなと嘆息する。


「いや、いいよ。というか俺が貰っちゃだめだろ」


 どう考えても恋情含みのプレゼントである。こういうプレゼントは、第三者がほいほい貰うべきではないだろう。


「そう? 結構量ありそうだけど」


 量を気にして断ったわけではないのだが、ゼノはどうもずれている。こういうとぼけたところを見ると、マクドゥーガルの嫌味にしたって、到底これを兄だとは思えないな、と呆れてしまう。


「てかそれなに? またお菓子か?」


「いや多分お弁当」


「これまた随分手の込んだものを用意してくれたな……」


「この前直接渡してくれた時にリクエストきかれたんだよね。だから腹に膨れる物がいいって言ったら、今度お弁当作ってきてくれるって」


 そのままリクエストに応えて、お弁当を作ってプレゼントした女子の健気さに泣けてくる。これだけ貢ぎ物をしても、ゼノが靡くことがないだろうと確信があるからである。なにせ彼にアタックして、涙を飲むことになった女子たちを自分は両手の指では足りないほど見かけている。


「渡すもんも渡したし、そろそろバイトの時間だからもう俺は行くよ」


「バイト前なのに、渡しに来てくれてありがとう。頑張って」


 にこ、と笑って出勤を見送ってくれるゼノを見て、複雑な気持ちになる。


 ゼノはその優秀さゆえに、二年生からずっと特待生に選ばれて、無返済の奨学金を貰っている。それゆえゼノは、決まったアルバイトをしていない。さらに最近は、市井の魔法剣の大会で優勝して賞金を手に入れたため、ある程度生活資金に余裕がある。

 同じ親なしでも、生活費の工面に苦戦しているザックとはえらい違いである。しかし、それに拗ねても仕方がない。無邪気に振られる手に応答するように、右手を軽く上げた。



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