表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の数字  作者: 竹津りょう
第一章 ザック・ウィンターの憂鬱
4/14

1-2 落ちこぼれ

■■■■■■


アンドレア王立魔法学園 五年A組 九月度水晶査定結果


シェリル・オルコット      80・90・65・79・7


ロジャー・フロスト       55・39・80・60・15


ライラ・ギルマーティン     56・48・70・55・12


メルヴィン・ケンドリック    61・74・30・60・18


ヴィンセント・マクドゥーガル  58・65・56・78・30


テレンス・オーマン        65・50・73・25・28


アビゲイル・ローズ       72・70・15・20・18


ブライアン・シーウェル     60・35・60・40・12


ゼノ・ウィンター        88・41・92・81・52


()()()()()()()()()       36・78・22・31・0



■■■■■■


 放課後になると、第一校舎の大広間がにわかに騒がしくなる。広間には巨大な掲示板があり、学園の行事関係の知らせはそこで告知されるので、何がなくとも人が多い場所であるが、月初めとなれば尚更だ。なにせ、誰もが気になる水晶査定結果の公表日。終業の鐘が鳴るや否や、臙脂の制服を身に纏った生徒達が、一斉に広間に集まっていく。

 先月から五年生になったザック・ウィンターもまた、終業後すぐに教室を飛び出し、一目散に広間に向かった一人である。


 アンドレア王国では十歳から六十歳までの国民は月に一度、水晶による適性査定を受けることが国民の義務となっている。通常は近隣の教会に行けば、査定をしてもらえるのだが、王立魔法学園のような大きな施設の場合は、軍管理下の水晶管理部隊が直々に水晶を携えてやってくるので、そのタイミングで査定を受ける。


そして、今日は九月末に受けた水晶査定結果の公表日ということで、皆がその結果を見に第一校舎の広間に集まっていた。広間の掲示板には既に水晶値の張り出しがされていた。六学年十八クラス分一つの場所に貼ることないのに、と思うが、こうやって公にすることで、幾分かのメリットがあるらしい。


 水晶値は素質であり、伸びしろだ。つまり、その者現在の実力ではない。水晶値が低くても、努力次第で試験の結果を出すことはできるし、逆にいくら水晶値が高くても素質に胡座をかいて鍛錬を怠っていれば、たちまち刃は鈍ってしまう。生徒たちの素質を知ることで、教授たちは今後の教育方針を決めたり、質のいい授業を提供できたりする、ということらしい。


 ザックは、自分のクラスの最後尾にある名前を早々に見つけて、肩を落とした。先月と寸分変わらない数値だ。その上、自分にとって気が重いのが、クラスメイト達の数値の変化である。大概が何かしらの数字の増加が見られる。無駄に記憶力だけはいいもので、他人の水晶値と比べて、あれこれ一喜一憂している自分のみみっちさにも嫌になる。他人と比較したってなんの意味もないというのに。


 しかし、意気消沈している暇はない。放課後になればアルバイトがあるし、なによりこの査定結果の付近をうろちょろしていると、嬉々として声を掛けてくる奴がいる。そいつと顔を合わせるのだけは避けたかった。


「おやおやぁ? うちのクラスの査定に、一年の坊やが混ざってるようだな。事務の職員に伝えておかないと。じゃなきゃ、こんな低い数値が同級生なんて有り得ないもんな」


 独り言にしてはあまりに大きな声が、ザックの背中を叩く。一足遅かったな、と臍を噛む。


「おおっとすまない、ザック・ウィンター。お前だったんだな。数字の上の名前を見るのを失念して、一年の坊やが混ざっていると誤解してしまったよ」


 取り巻きを伴って生き生きと嫌みを垂れるのは、クラスメイトのヴィンセント・マクドゥーガル。金髪碧眼の小柄の少年で、顔だけみれば品のある面差しをしているのだが、性格の悪さがにじみ出た半笑いを浮かべているせいで、気品を感じたことがない。


 彼の胸を飾るゴールドと何かしらの赤い宝石で作られた家紋の羽のブローチが窓から差し込む西日を受けて、一層まばゆく光った。身につける物一つをとったって、残酷なまでの格差社会を実感する。

 富裕層の出身が多いこの学校でも、マクドゥーガルの家は特別だった。そんじょそこらのボンボンとは一線を画す富と名誉を持つ名門魔法使いの一族で、本来ならザックのような木っ端に構うような身の上ではないはずなので、こうもザックに突っかかってくるのが疑問でならない。


「まさかその嫌みを言うために俺に声をかけてきたのか」


「嫌みだなんてそんな。いやはや僕は心配しているんだよ。優秀な兄貴と比べられて劣等感に苛まれていないかをさぁ」


 兄はこの学園にいない。そもそもザックには血の繋がった親戚もいない。

 誰のことを兄と指しているのか理解はしているが、否定するのも面倒だった。マクドゥーガル自身も「彼」が兄ではないことをわかって揶揄しているので、いちいち説明するのは徒労でしかない。


「……もういいか? これから用事があるんだ」


「用事? あぁ、無才の貧乏人は小銭稼ぎをしなくちゃいけないんだっけ? 大変だなぁ」


 くすくすとマクドゥーガルの後ろで取り巻きが笑う。不快のあまり、眉間に皺が寄った。


「それにさ、第五水晶値がゼロってことは勇者から最も遠いってことだろ? それがどういう属性を持つか、って考えたら変なこと企んでないか探ってしかるべきだろ」


 マクドゥーガルから蔑む視線を向けられる。「まぁ。それすらも、お前程度の能力じゃ難しいかもしれないけど」と薄ら笑いで付け加えられた。


 誠実、正義、善の象徴。それが勇者だ。この国において、国民全ての尊敬を集める存在である。第五水晶値が何を示すのか、千年経っても明らかになっていないが、勇者の素質であるという説が有力である。その第五水晶値が底をついているということで、勇者とは真反対の属性――つまり、牢屋の中にいるような人間と、ザックを同一視しているということだ。

 ぎりと、歯を食いしばる。いくら相手が名門一家の息子とて、看過しがたい侮辱だった。苦言を呈そうと口を開いたが、ザックの言葉が届くよりも早く別の声に遮られて、反駁は声にもならなかった。 


「そこ、他学年もいるのですから、みっともないことであまり騒がないよう」


 凜とした声がマクドゥーガルとザックの間に割り込むように飛んできた。声の方を見れば、クラスメイトのシェリル・オルコットが咎めるような視線を向けていた。

 彼女は学年首席かつ、歴史ある名門オルコット家の息女であり、大輪の薔薇を彷彿とさせるほどに華やかで気位が高い少女だ。自分の方には非はないはずなのに、視線で射貫かれただけで背筋が伸びてしまう。


「おや、オルコット嬢にご指摘いただくことになるとは申し訳ない限りだ。引き留めて悪かったな、貧乏人」


 マクドゥーガルが呵々と笑いながら、取り巻きを引き連れてその場を去っていく。

 釈然としない気持ちを抱えながら、ザックもまた広間を後にした。



■■■■■



 遡ること、四年前。ザックは、王国でも有数の魔法教育施設であるアンドレア魔法学園への入学が叶った。これがザックの人生でのハイライトであると同時にピークであったことは間違いないだろう。


十歳になり、初めて水晶の査定を受けたとき、第一水晶値と呼ばれる魔法の適正値が三十を越えていたことで周囲の大人は騒然とした。魔法を仕事にできる最低値は四十とされている。それを踏まえると専門の魔法教育を受けずして、その数値に近いザックは、特異点だった。


 天才だの麒麟児だのと煽てられたが、実際のところ魔法使いへの道のりは険しいものだった。

 孤児院では、ジュニアスクールまでの教育しか受けさせてくれない。十五歳になると同時に、孤児院からの庇護下から外れ、一人で生きていく必要がある。魔法の教育機関はどこも六年制で、なおかつ授業料が高い。普通高等学校への進学ですら、お金の工面に苦労したと先達から聞く。それを思えば魔法学校への進学など、夢のまた夢だった。


 そこで、ザックが魔法使いとして学びを受けるためには、選択肢は一つしかなかった。国の名前を冠することを許された、唯一の国立魔法学校。それが王立アンドレア魔法学園である。

 私立にも劣らない充実した設備に、良質な教育、そしてなにより授業料を国が全額負担してくれるというのがザックにとって何よりも魅力的だった。

 魔法学校といえば、いの一番に名前が出てくるような名門なだけあり、受験倍率は驚異の百倍越え。ザックは難解な試験、厳しい面接をくぐり抜け、少ない枠を奇跡的に勝ち取った。

 幼い頃から専門の教育を受けていないザックが難関試験に合格して、入学できたこと自体僥倖なことだった。さればこそ、当時はこれから輝かしい未来が自分を待ち受けているのだと確信してならなかった。


 しかし、入学してからというもの、思い描いていた未来とは遠く、毎日が挫折の連続だ。あれだけ煽てられた魔法の水晶値だって、入学してみれば並より少し高い程度。しかも、学年が上がるごとに同級生はどんどん自分の素質を伸ばす一方、ザックは一向に数値が上がらず、今となっては学年最下位。

 当時第一水晶値が十五しかなく、記念受験のつもりで入学試験を受けて合格した幼馴染みは、今となってはザックを裕に飛び越えて、影も見えないほど遠くに行ってしまった。


 そのうえ、お金の工面についても見通しが甘かった。授業料は無料だが、授業に必要な備品は自分で用意しなければならない。魔法薬の素材、杖や箒のメンテナンス材などで日々財布から紙幣が飛び立っていく。財布はいつも寂しい。学業優秀者であれば、申請の上返済不要の奨学金をもらえるのだが、言うまでもなく自分には当てはまらない。アルバイト漬けで、なんとか帳尻を合わせている。


 優秀な成績をとりたいとか、立派な魔法使いになりたいだなんて目標はとうに潰えた。今となっては、無事に卒業して、食い扶持を稼げる職業にさえ就ければいいとだけ考えている。



■■■■■



 嫌な奴に絡まれて、無駄に時間を使ってしまった。早くバイト先に向かわなければいけないとザックは足を早める。

 金持ちばかりのこの学校では、アルバイトをしているというだけでも見下されてしまう。たとえ金銭に余裕がなくとも、堂々と校内でアルバイトができるのは、身寄りがないがゆえ、恥も外聞もないザックくらいだろう。


 早足で廊下を歩いていると、不意に後輩に呼び止められた。


「ザック先輩、お疲れ様です」


 頬を赤らめて、おずおずとしている姿を見ると、かわいらしいなと思うとともに、うっすら既視感を覚える。見覚えのある彼女は確か三年の生徒だったと思う。どこで出会ったんだったかと記憶を探るよりも前に、「これ、()()先輩に渡してもらえませんか?」の一言で以前もゼノがらみで話しかけられたのだと思い出した。


 渡されたのは紙袋。中にはハンカチで包んだ箱らしきものが入っていた。こういうことはまま、ある。どうもゼノと直接話すのは緊張するらしく、しばしば伝書鳩代わりにされている。今回もまた、半ば押し付けられるようにして渡されて、ザックはため息をついた。

 まぁアルバイト終わりに寮で渡せばいいか。そう思った矢先に、ザックの脳裏に、貰い物の菓子を食べているゼノの姿が過った。中身を検分するのは憚られるが、中に食べ物が入っていて、更に足が速いものなら、あまり渡すのが遅くなるのは良くないだろう。


 ――仕方がない。目的地を変更して、ゼノの元に向かうことにする。アルバイト先は幸いにも、時間の融通が利く職場だ。少しくらいの遅れは咎められることもない。

 ゼノの居所を少考する。五、六年生の週初めの五限は、選択授業の時間だ。既に授業は終わっている筈だが、ゼノの選択している魔法武器術は授業後も生徒達が自主的に手合わせしていることが多い。となると、今もまだ運動場にいるかもしれない。

 そう踏んだザックは、校舎を出て、運動場へと向かっていくことにした。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ