3-8 処分対象
魔界救助隊は、マクドゥーガルの治癒をしつつ、諸々の事情を聴取してきた。
マクドゥーガルは瘴気酔いで、うまく魔法が使えず、地上に上がってこれなかったという体で話を合わせた。ザックはうっかり魔界の穴に転落し、その先でマクドゥーガルに会い、一緒に脱出した──というシナリオにした。
救助隊の面々は訝しげにはしていたものの、深く追求してこなかった。魔界の無断入界は現行犯以外は対応できず、また救助隊の管轄外なので見逃されたのだろう。
魔界救助隊に先導されて校庭に戻ると、森の外で待機していたらしきクラスメイトがちらほら見つかった。
手を振って駆けてくるのはシーウェルとオーマンだ。顔を真っ赤にしてこちらへと近づいてくる。
「いい友達を持って良かったな。あんな必死になって心配してくれる奴なんてそういないだろ」
唯一の友人がモモンガという、ふつうの友人関係とは無縁のザックからしたら彼らの関係は少しうらやましくもある。
しかし、マクドゥーガルから帰ってきたのは意外な反応だった。
「……そうだろうか」
マクドゥーガルは手を振り返さず、視線を落とす。自信なさげな様子である。
「あいつらはいつも僕の後ろにひっついてきた。でも結局、自分の身を投じてまで魔界まで助けにきてくれたのはお前だった」
はっきりとは言わなかったが、マクドゥーガルはシーウェルとオーマンとの友情に対して思うことがありそうだった。
きっと、名門魔法使い一族である彼は自分に向けられる好意を友情だと安易に断ずることができない立場にあるのだろう。
マクドゥーガル自身ではなく、彼の持つ立場や家柄に惹かれて擦り寄ってきた人間が過去にいくらもいたのかもしれない。
ザックのようなおべっかを使う価値のない庶民には一生縁のない悩みだ。
ポリポリと頭を掻く。他人の人間関係なんて面倒なものに、むやみやたらに首を突っ込むべきではない。いざこざに巻き込まれでもしたらたまったものではない。しかし、不安で揺れるマクドゥーガルの瞳を見て、「このくらい」は教えてやってもいいのではないかと思った。
「俺はお前達の関係はよく知らないけど、最初にお前を助けに行こうとしたのはあの二人だぞ」
「え?」
パチパチとマクドゥーガルの青い瞳が瞬く。
「オルコットの制止も聞かないで、魔界の穴に飛び込もうとしたから、直前でオルコットが捕縛魔法を使った。だからあいつらは来れなかったんだ。俺はその騒ぎに便乗して穴に飛び込んだだけだ。結果的に来たのは俺だけど、あいつらはオルコットにぐるぐる巻きにされた状態でも最後まで抵抗して、お前を助けようと必死だった。それも演技だって言うなら俺から言えることはないけど」
ザックからしたらマクドゥーガルも取り巻きの二人もいい奴とは思わない。マクドゥーガルは一年生の時から馬鹿にされ続け、残りの二人もそれに追従していた。しかし、ザックにとって嫌な奴であることと、マクドゥーガルにとってのいい友達であることは相反しない。
マクドゥーガルは俯いた。「……そうか」と蝋燭の灯が消え入るような小さな声が地面に落とされた。
「ヴィンス!」
「大丈夫か! 怪我はないか!?」
二人が近づいてきたので、ザックはそっとその場を離れた。
「……っっ遅いぞ、お前達!」
何かを堪えるようにしてマクドゥーガルが叫ぶ。誰の目から見ても分かる強がりだ。わあ、と声を出して、外聞も気にせず、抱き合っている三人を見ると、正しく友達だなぁと思う。
隠し事はあっても、言いたいことが言えるような仲で、きっと対等で。
ザックは人より特殊な環境で生きてきたから、普通の友達の形を恐らく体験したことがない。なにせ腹を割って話せるのはオルターくらいなもので、そして彼はモモンガである。普通とはほど遠い。
三人を眺めていると、ゼノがザックのそばにやってきて、微笑んだ。彼もまた、この場で待機していたようだ
「おかえり。それと、お疲れ様」
オーマンとシーウェルのように取り乱した様子はない。何も心配していなかったとでも言わんばかりのいつも通りの表情だ。
「……おー」
力なく手をあげる。心身共にへとへとだ。指がプルプルと震えている。長時間箒で飛行していたせいで、まだ箒を握っているような感覚がある。
「魔界の方は何か変わりあった?」
「あー……」
あったと言えばあった。以前よりも封印については危うい状況になっている。
しかしそのことを話すには、周囲に人が多すぎる。ここで詳しく説明するのは憚られた。
言い淀んでいるうち、二人の間に割って入る影があった。
「本っ当に信じられません! 一人で勝手に飛び込むなんて非常識にも程があります」
「お、オルコット……」
ぬ、と現れたオルコットに気圧されて、咄嗟に後ずさる。目は吊り上がっている一方、口角は下がりきっている。誰がどう見ても、怒っている。それも相当に。
身を縮こませるザックとは対極的に、ゼノはオルコットの怒髪天を物ともせず、平然とした様子で、ザックが穴から落ちた後のことを教えてくれた。
「ザックが落ちた後、周りは結構ざわつくしてて。俺はザックが行ったから心配いらないって言ったんだけど、オルコットはなんかずっと怒ってた」
「私が狭量のような言い方はやめなさい、ゼノ・ウィンター。私が怒っているのは魔界の穴に自ら飛び込んだルール破りそのものではなく、危険な場所に一人で向かっていった浅慮と無謀さです」
「だから、飛び込んだんじゃなくてうっかり落ちたんだって」口を挟むと、じろりと睨まれた。
「その言い訳が通用するとでも?」
美人の怒る表情は迫力がある。言い返すこともできず、ザックは蛇に睨まれた蛙のような心地で身を縮こませていると、オルコットはふ、と表情を緩めた。
「本当に……ご無事で良かったです」
オルコットの安堵したような笑みを見て、心配させていたことの実感が湧き、途端に申し訳なくなってきた。更に身が縮こまる。
しかし、一介のクラスメイトにさえ、このように心配してくれるのだな、と思うとオルコットの博愛ぶりに感服する限りだ。今年度同じクラスになるまではろくに話したこともなかったザック相手にさえこの様子なのだから、よっぽど優しい心の持ち主なのだろう。
「それでは私は、教授にこのことを報告してきます」
オルコットがその場を離れていく。まだ目はつり上がりつつも、その顔は明るい。
マクドゥーガル達三人はまだ抱き合っていて、友人の無事を喜んでいる。
ほかのクラスメイト達も安堵の表情を浮かべている。
微笑ましくなるような光景を見て、ザックもまた、ふっと笑みをこぼし──
不意に周囲の人間を鏖殺したくなった。
「………………え」
音にならない声が漏れた。
──なんだ今の。
一瞬、ノイズが混ざった。だって、あまりに今の状況と不釣り合いだ。
そんな不穏なこと考えるはずがないのに。
ぐらり。視界が揺れた。平衡感覚を保てなくなる。よたよたと後ろに何歩か下がる。
眩暈? 立ち眩み? 疲労が出たのか?
一瞬の戸惑いの後、正面を向き直す。
視界は明瞭で、景色が霞んで見えるということはない。ほっとしたのも束の間、唐突に目に映る全てを黒の絵の具が塗り潰していった。目の前に居並ぶ人間の顔を潰すように、腹を抉るように、足を削るように、黒が広がっていく。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ。
殺意が群れとなって頭に轟く。知らない声が目の前の全てを破壊しろと怒鳴る。誰の声だろう。醜い怒鳴り声が次第に耳に馴染んでいって、答えに辿り着く。──あぁ、俺の声だ。憎しみに震え、怒りで歪み、殺意で研がれた声だ。
おもむろに腕が動いた。腰のポーチに提げていた杖に手がかかる。自分の意思で動いているはずなのに、なぜ杖を握り締めているのか分からない。胸の奥から湧き上がる黒い衝動が、ザックを突き動かしている。
魔力が全身を迸る。杖を握る指に力が籠もる。唇が開き、舌に声が乗ろうとしたその瞬間──
「ザック?」
自分の名を呼ぶ声で、はっと我に返った。
心配そうな声音が耳に刺さったことで、頭に響く声のリフレインもぴたりと止まった。目の前の黒が一気に捌けて視界に明るさが戻る。
クリアになった視界にはおずおずとザックを覗きこむゼノがいた。
「顔色悪いよ。体調大丈夫?」
──今自分は一体何をしようとした? 痛いくらいに杖を握る感覚で目が醒めたと同時、ぞっとした。
一呼吸する。新鮮な空気を取り込むと頭が冴えてくる。黒い衝動はもう、ない。
「いや、なんでもない」
目を擦る。もうあの黒は出てこない。
しかし、一度あの景色を見てしまった。
嘆息する。覚悟を決めなければいけない時期に来てしまったようだ。
■■■■■
一月も末にさしかかり、水晶値測定の日が来た。
アンドレア魔法学園では、水晶値測定は講堂で行われる。水晶管理部隊が持ってきた水晶に手をかざし、水晶値を測ってもらうのだ。全校生徒と教職員全員を一つの水晶で測るので、長蛇の列に並び、おとなしく測定の順番を待つ必要がある。待つ、といっても、一人一分もかからないので、列を捌くスピードは速い。
ザックも測定待ちの列に並んでから、十分も待たず、水晶に手をかざすことができた。
水晶値は、測定者の反対側で記録をとっている軍人にしか見えないようになっている。水晶贈呈の日に立ち会った時は、ほかの人間にも見えるようになっていたが、あくまであれは王にわかりやすく説明するための演出だろう。
記録係の軍人は、顔色一つ変えずに、水晶値を書き留める。
「これで測定は終わりです。ご協力ありがとうございます」
「はい」
いつも通りの機械的な作業だ。
ザックは列から外れて講堂から退出する。すると、すでに測定を終わらせていたゼノが眉を垂らして駆け寄ってきた。
「ザック、どうだった。なにか言われたりはしなかった?」
「何も。まぁ結果が貼り出されるまで安心はできないけどな」
「よかった。俺も今までと特に反応に変わりはなかった」
ゼノが安心したように、息を吐き出す。
ザックはふい、と視線を逸らした。
「じゃ。俺、これからバイトだから」
「うん、またね」
ひらりと手を振って、ゼノと別れた。なんとなく、「またな」は言えなかった。言えなかった言葉を口の中にそっと転がす。
ゼノと別れた後、購買部には行かなかった。あてもなく、校内を徘徊していた。きっとその方がいいだろうと思った。
確信があったわけではない。でも、来るだろう、といううっすらとした予感があった。そして、その予感はすぐに的中することとなった。
「失礼。君がザック・ウィンターくんで間違いないかな?」
中庭をふらふら歩いていると、落ち着きのあるバリトンボイスがザックの背中を叩いた。
振り返った先にいたのは、黒いマントで身を包んだ三人の男たちだ。服装はマントで覆い隠されているが、マントの隙間から微かに見えたボタンには軍章が刻印されている。それでザックは全てを察した。
「私はアンドレア軍第三魔法兵師団水晶管理部隊に所属しているクライヴ・デヴェローだ。水晶の不具合で、この度の判定がうまく取れなかったんだ。申し訳ないが、再判定のために我々とご同行願えないだろうか」
予想通りの所属を述べられて、思ったより早かったな、とぼんやり思った。
軍人らしく三人とも立派な体格をしていたが、クライヴ・デヴェローと名乗った男は左右に控えている二人と比べても特別恰幅のある男だった。
ゼノを見上げる時よりも明らかに視線が上にいく上、鍛えられた軍人らしく逞しい肩幅をしていて、縦にも横にも大きい。そして、その巨躯に乗せられた顔にはにこやかな笑みが張り付けられていた。これだけ目を細めて、口角を上げて、笑顔に必要な要素は足りているのに、なぜだか不気味に感じた。
「俺は処分されるんですね」
後ろの二人の肩が跳ねたが、正面の男は微動だにしなかった。
「何か悪い噂でも聞いたのかな? 若い子の間では、都市伝説みたいなものが流行るからね。あまり真に受けないでほしい」
顔色一つ変えないところが役者だ。しかし、ザックが次に続けた言葉には、彼も真顔にならざるをえなかったようだ。
「第五水晶値は魔王の素質。魔王が復活しないよう、百に近づいたものは、処分する。合ってますか?」
「……どこでそれを知ったのかな? その情報を知る方法は限られていると思うのだが」
男からすとんと表情が抜け落ちた。
最早取り繕う必要がないと判断したのだろう。目を細めるのをやめて微笑を取っ払うと、隈の目立つ三白眼の険しい目つきに変貌した。いや戻った、というのが正しいか。
元々強面で、顔に迫力があるから、必要以上に笑顔を貼り付けていたのだろう。無愛想な顔と対面するのはゼノで慣れていたので、先ほどの似合わない笑顔よりこちらの方が安心できるまである。
「過去視の魔法の失敗で、偶然千年前の水晶贈呈の日にたどり着いたことで、知りました。事故みたいなものです。お気になさらず。俺は抵抗するつもりはありませんし。だって、もう手遅れでしょう?」
「……千年前の遺物、特に勇者一行や王宮に関わるものは厳重に管理されているはずだ。学校の何かしらかがトリガーになったか? ……なんにせよ調査が必要だな」
デヴェローは硬い表情で、ぶつぶつ呟いた後、ザックを見つめてこう言った。
「そこまで分かっている君に隠す必要はないだろう。君は『対象』になった。適切な場所までご同行願う」
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アンドレア軍第三魔法兵師団対魔王第一特殊部隊管理秘匿情報
※取扱注意
1月25日時点
アンドレア王立魔法学園 5年A組 1月度水晶査定結果
シェリル・オルコット 81・90・65・79・28
ロジャー・フロスト 55・41・80・62・15
ライラ・ギルマーティン 57・48・70・55・12
メルヴィン・ケンドリック 61・74・31・60・18
ヴィンセント・マクドゥーガル 58・65・56・78・62
テレンス・オーマン 65・50・73・26・36
アビゲイル・ローズ 72・70・15・20・23
ブライアン・シーウェル 61・35・60・40・15
ゼノ・ウィンター 90・41・92・81・78
ザック・ウィンター 37・78・22・31・91
本測定結果からアンドレア魔法学園所属ザック・ウィンターの第五水晶値が規定数値を超えたことが確認されたため、処分対象とする。
これにて第三章は終わりです。最終章まで少し間が空きますが、最後まで物語を見届けていただけると幸いです。番外編はちょくちょく更新予定です。
明日は魔法用語解説の更新があります。




