表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の数字  作者: 竹津りょう
第3章 ヴィンセント・マクドゥーガルの悲憤
PR
33/35

3-4 戻ってこない一人


 下への重力を感じた瞬間、咄嗟に声が出たのは奇跡だと思う。


浮け(ミア・サルータ)!」


 右手に掴んだ箒の柄に魔力を流しこむ。十二分に魔力が充填されたと同時、箒が浮き上がる。両手で柄を掴み直し、急降下を免れた。

 鉄棒にぶら下がっているような状態で格好は悪いが、今は見栄えを気にしている場合ではない。それに一時的な命の危険を回避できただけで、依然として危機的状況は変わらない。なにせ長時間懸垂できる体力も筋力もない。もう既に腕がぷるぷるしている。箒に跨がることができればいいのだが、この体勢から箒に飛び乗れるほどの筋力ゴリラなら最初からそうしている。一旦地面に着地して飛行の体勢を整えていたから浮上した方がいいだろう。というか、もう腕が保たない。一刻も早い着陸が必要だ。


 ザックは慌てて、真下の地面に着地した。腕の強張りをほぐしながら、周囲を観察する。

 以前落下した場所とは違って、クレーターのような高低差のある窪地が散見される。ザックが今立っている場所も平坦さとはほぼ遠く、凹凸がある地面だった。一緒に落下したはずの同級生が見つからないのは、この窪地のせいだろう。加えて高濃度の瘴気が漂って視界が悪いことも影響していそうだ。

 不幸中の幸いは、近くに魔物の気配がないことだろう。 流石の魔物も、とんでもない大きさの穴が天井をぶち抜いたものだから、驚いて奥に引っ込んでいったのかもしれない。

 それにしても、箒を持っていて良かった。自分の反射神経では、咄嗟に杖を取り出せたかは怪しい。


 なにせ魔法道具としての「箒」は浮遊魔法にのみ反応する杖だ。

 一般的な箒にも浮遊魔法をかければ跨がって飛行することは可能だが、その場合飛行中の戦闘に対応するのが非常に難しい。なぜなら一つの杖で複数の魔法を同時に使用するのは繊細なコントロールが必要だからだ。そのため、大抵はタイミングをずらして使うか魔法道具を頼ることになる。

 科学が発展し、蒸気機関車が地を駆け、戦艦が海を覇す時代となっても、空は魔法使いの支配下にある。だからこそ、飛行術は魔法使いの必須技能であり、箒は杖に次いで必須の魔法道具だった。


 上を見上げると、ちらほらと箒で浮上していく影が見える。見知ったシルエットはおそらく、近くにいたクラスメイトだろう。

 ザックとてこんなところに長居していられない。穴が閉じる前にさっさと地上に戻ろうと箒に跨がろうとして――視界の端に気になるものが映った。脇から背後にかけて出来上がった窪地に大破した箒があったのだ。そして、そのデザインには見おぼえがあった。


「あれは……」


 窪地に滑り降りて、バラバラになった箒の近くにしゃがみ込む。拾い上げた欠片を見つめて、確信を得る。マクドゥーガルの箒の破片だ。

 推測するに、マクドゥーガルは落下に動揺して、箒を手中に放してしまったのだろう。箒はある程度の頑丈さは保証されているが、どんな高所から落とされても壊れないというわけではない。魔界の穴からその地表までの高さを考えれば、大抵の箒は落下の衝撃に耐えられないだろう。


 多くの魔法使いにとって箒は杖の次に重要な魔法道具だ。今頃マクドゥーガルは困り果てているのではないだろうか。とはいえ、彼自身の安否はあまり心配していない。

 オルコットやゼノのような、学年でもトップクラスの魔法使いと比べるのは酷とはいえ、マクドゥーガルはザックを馬鹿にできるほどにはザックよりは遥かに優秀だ。ザックでさえ、以前魔界の穴から落ちた時、五体満足で着地できたのだ。マクドゥーガルとて箒一つ失ったとしても、着地できる術はあるだろう。


 ただし──ある一つの疑念がささくれのように引っかかり、ザックの不安を煽る。それは、先ほどのマクドゥーガルの癇癪を起こしたかのような様子である。絆は浅いながらそれなりに長い付き合いを通して彼について知っていることを記憶から掘り起こせば、自分は既に答えに辿り着いている気がする。そしてザックがたどり着いた答えが真実であるならば──マクドゥーガルが今とても危機的な状況に陥っている可能性がある。

 もちろん杞憂の可能性は充分にある。だからこそ、どう動くか悩んでいる。


「ザック!」


 唐突に背後から幼馴染みの声が聞こえて、振り返る。ゼノが窪地の中にいるザックを勾配の上から覗き込んでいた。

 今にも窪地に飛び降りてきそうだったので、慌ててザックの方が斜面を駆け上った。ザックがゼノと同じ視点──身長差は考慮しないことにする──に立ったタイミングで、「今の穴の開き方、変だったよね」とゼノが尋ねてきた。 


「何度も俺は魔界の穴が開くのを見たことがあるけど、今までこんなに大きく開いたことはなかった。それに魔界開口領域外で、魔界の穴が開くのを見るのは初めてだ」


「場所はともかく大きさについては、歴史上で例がないわけじゃない。最大直径は1キロのものが観測されている」


 魔界関連の書物を読み漁って得た情報だ。しかしながら、その情報はまったくもって安心できる材料ではない。



「その最大直径の魔界の穴が出現したのは、901年。つまり前回の魔王が猛威を振るっていた時だ。魔王が全盛を奮っていた時ほど、魔界の穴が大きくなる傾向にある。魔界の穴が開く範囲も広がりがちだ」


「じゃあこうも魔界の穴が大きくなったのは、魔王の復活が近いから、ってこと?」


「その可能性はあるだろうな」


 巨大な魔界の穴のことは気になるが、なにはともあれ今は自分たちのことだ。上空を見れば、既に何人ものクラスメイトが箒で浮き上がっている。


「話は後にして俺たちも早く地上に戻ろう。瘴気をこれ以上吸うのはまずい」


 特にゼノは。彼の第五水晶値は70を超えている。マクドゥーガルとのやり取りで第五水晶値と瘴気の関連性に確信が持てなくなったとはいえ、まったく関連性がないとも断言できない以上、このまま瘴気の溜まり場に止まっているべきではないだろう。

 彼もそのことは重々承知していたようで、逡巡なく「うん」と頷いた。ゼノは箒に跨がりながら「そういえば」と思い出したように切り出した。


「そこになにがあったの?」


 指摘されて、どくどくと鼓動が速くなる。強張る顔を隠すように口元に手をやる。


「……え、なんで?」


「いや、俺が来た時しゃがみ込んでたみたいだから、何かあるのかなぁって」


 ゼノが、ザックの後ろに視線をやろうとしたので、慌てて視線を遮る。


「いや……なにもなかったよ」


 ザックは拳に隠した箒の破片をそっとズボンのポケットの中にしまい込んだ。



■■■■■



 箒で浮遊して穴から出ると、既にクラスメイトのほとんどが地上に上がってきていた。


「ザック・ウィンター、ゼノ・ウィンター、あなた方も無事でしたか」


 ほっとしたような顔のオルコットが穴のそばまで駆け寄ってきた。彼女は地上に戻ってきたクラスメイトを点呼していたようだ。


「ザックが大丈夫なら誰が落ちても大丈夫だったろうな」


 クラスメイトの一人が笑みを含ませて言うのを聞いて、ザックがじとりとした視線を向けると、彼は「冗談だって」と笑いながら両手を上げた。マクドゥーガルほど積極的に嘲ってくる奴はそういないが、ザックの評価は学年共通で概ねこのようなものである。


「これで、全員でしょうか」


 クラスメイトは自分含めて十人。ぱっと見た限りでは、概ねそのくらいの人数はいそうだった。一人、二人と声を出さずに数えていって――カウントが九で止まった。


「いや」青ざめた顔のオーマンとシーウェルが首を横に振った。


「ヴィンスが戻ってきてない」


 ──嫌な予感が当たった。




 周囲は騒めき始めた。

 魔界の穴は既に縮小が始まっている。しかし、地上に登ってくる人影は一向に見えてこない。

 マクドゥーガルは飛行術では常に上位の成績を収めている。その彼が戻ってこないということは、彼の身になにか非常事態が起きているのだと皆が悟っていた。


「だから! 俺たちでヴィンスを探しに行く! そこをどけ、オルコット!」 


「帰ってこれるかもわからないのに行かせるわけがないでしょう!? 今フロストが教授を呼びに行っています。教授の判断を仰ぎましょう」


「そんなことしてるうちに魔界の穴が閉まるだろ!」


 穴の前でシーウェルとオルコットが言い争っている。オルコットよりも低い身長のシーウェルだが、上から注がれる圧のある眼差しに少しも怯まなかった。必死の形相で穴に向かおうとするのを、オルコットに阻まれていた。

 オーマンは会話には入らなかったが、シーウェルの後ろで、オルコットを威嚇するように睨め付けていた。

 そうこうしていくうちにも穴は小さくなっていく。シーウェルが焦れた様子で舌打ちした。


「堅物お嬢様相手じゃ埒が開かない。テレンス行くぞ」


「あぁ」


 シーウェルが乱暴にオルコットを横に押し除ける。穴へと意気込む小さな背中を、オーマンが追う。

 しかし、二人が穴へと飛び込むよりも早く、オルコットの杖が素早く振られた。


捕縛せよ(ルア・ラルガルーン)


 ほんのり怒気を感じる声が発せられた後、杖から放たれた光の帯が無防備な二つの背中を捕らえるのは一瞬だった。避けるのも、防ぐのも、弾くのも間に合わない発動スピードにシーウェルとオーマンはなす術なく身体をぐるぐる巻きにされて、地面に転がされた。


「おい、ふざけるな! 魔法を解け!」


「言ったでしょう。行かせませんと。穴が閉じるまでこのままにさせていただきます。救出はプロに任せるべきです」


 こうなってはオーマンとシーウェルは芋虫のようにのたうち回ることしかできない。


「魔法を解け! このクソアマ!」


「くっ!」  


 シーウェルの聞くに堪えない罵詈雑言もどこ吹く風、オルコットは微動だにしない。やがて暴れ疲れた二人の動きが止まる。


「……さない」


 一段落して弛緩した空気が、地を這うほどに低く唸る声によって引き締められる。周囲の耳目が一点に、横になったままのオーマンの元に集まる。


「……ヴィンスがもし、戻ってこなかったら絶対にお前を許さない」


 前髪に隠れた瞳が鋭く光る。その様子ときたら、人一人殺しかねないような険しさだった。空気がぴり、と張り詰めた。

 シーウェルはともかく、寡黙なオーマンからもこうも過激な言葉が出てくるとは思わなかったので、正直驚いた。


 シーウェルは騒がしい太鼓持ちで、オーマンは相槌を返すだけの腰巾着。マクドゥーガルの取り巻きその一、そのニといった印象しかなかったので、こうも必死にマクドゥーガルのことを案じているとは意外だった。対等とはほど遠い関係に見えたのだが、きっとザックが知らないところで彼らなりの友情を育んでいたのだろう。

 その眼差しを受けて、さしものオルコットも少し動揺を見せた。しかし、それも一瞬のことだった。いつもの凛とした様子で、堂々と胸を張って言った。


「許さなくて構いません。私は私が正しいと思うことをするだけです。一人を助けるためなら自分達がどうなってもいいと思ってるような人達をみすみす見逃して、犠牲を増やすわけにはいきません」


 オルコットの返答に二人はグゥと歯を食いしばった。これほど覚悟を持ったオルコットを説得することは難しいと踏んだのだろう。


「おそらく教授が魔界救助隊を手配するでしょう。だからそれまで私たちは待機です」


 一連の騒動を眺めていたゼノが耳打ちをする。


「どうする? オルコットの言う通りこのまま魔界救助隊を待つ?」


 一般論で言えば、それが正しい。魔界救助隊は魔界に詳しく、戦力としても申し分ない。素人が軽率に足を踏み入れて、無駄に犠牲者を出すことはない。平時なら自分とてその判断を下しただろう。


「いや、マクドゥーガルの第五水晶値の高さを考えると、このまま長時間放っておくわけにはいかない。誰も行けないなら俺が行く」


 魔界探索の精鋭とて、一度穴が閉じてしまえば、マクドゥーガルを見つけるのに時間がかかる。なにせ次魔界の穴がいつ開くか、そして開いた先がどこに繋がるか完全に不明なのだ。その間にマクドゥーガル一人で脱出できる可能性もあるが、彼が今なお地上に上がってこないことを思うと、なにかしら不測の事態に陥っている可能性が高い。やはり今開いている穴からマクドゥーガルを探した方が効率がいい。


「分かった。じゃあ、穴が閉じ切る前に行こう」


 言うと、早速ゼノが穴へ向かおうとするので、慌てて引き留めた。


「お前は地上で待ってろ。俺一人で行く」


「ザック一人で?」ゼノがぱちぱちと瞬きをする。「マクドゥーガルが動けなくなってる可能性を考えると、人手があった方がいいんじゃない?」


「自分の第五水晶値思い出せ。お前を連れて行く方がリスクだ」


 それこそミイラ取りがミイラになる。ゼノの第五水晶値はマクドゥーガル以上に高いのだ。ゼノには魔界の穴どころか魔湧の森さえ立ち入ってほしくない。


「ザックの数値だって低くないだろ」


「まだ40いっていない。少しくらいなら大丈夫だろ、多分」


 前回魔界に入って上がったのは20ほど。同じくらいの上昇幅なら、ゼノの数値にも届かない。


「……分かった。でもザックも長居しないように気を付けて」


「あぁ」


 幸いにも、オルコットがオーマンとシーウェルを相手取っていたおかげで、すんなりと穴のそばまでは近づけた。


「ザック・ウィンター、あなたも覗き込んでないで、離れてください」


 オルコットはザックが望んで落ちるというよりは、足を滑らすことを危惧しているようだった。それはそうだろう。まさかザックが自らの身を挺して、マクドゥーガルを助けに行くような仲だとは思わないだろう。


「なぁ、オルコット。誤って落ちた場合は事故に含まれるよな? さっきの俺たちや今のマクドゥーガルみたいに」


「それはそう、ですが」


 唐突な切り出しに、怪訝そうにオルコットの整った眉が吊り上がる。


「だから、これもそういうことにしておいてくれ」


 もう、人一人分がようやく入れる大きさに縮んでしまった穴に箒と共に飛び込んだ。

 浮遊魔法をかけて箒に跨がると、箒は浮力を帯びて、ゆるやかに魔界へと導いてくれる。

 オルコットの唖然とした顔が目に焼きついてすぐに、視界は暗闇を映した。世界と世界の境目だ。


「ちょっ、ザック!! ………ッッッ……ウィンター!! 待ってくだ」


 オルコットの悲鳴に似た叫び声が、鋏でも入れたかのように唐突にぶちんと音が切れた。見上げると人間界との唯一の繋がりである魔界の穴は閉じており、頭上には真っ暗な天井が広がっている。


「……さぁどうやって探そうか」


 これで魔界に閉じ込められるのは二度目だ。しかし、あの時とは状況が全く違う。隣に頼れるゼノはいない。マクドゥーガルがどこにいるかも分からない。状況はあの時よりも最悪なのに、不思議とあの時よりも恐怖はなかった。


次回は7/13(月)更新!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ