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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第3章 ヴィンセント・マクドゥーガルの悲憤
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32/35

3-3 落ちる


 マクドゥーガルを見つけるのは容易い。身長を見比べて階段のように並んでいる男三人組がいれば、大抵真ん中にいる金髪がマクドゥーガルである。長躯で寡黙なテレンス・オーマンと小柄で騒がしいブライアン・シーウェルの二人の取り巻きがいつもマクドゥーガルを挟んでいる。

 校舎に到着する少し手前でマクドゥーガルに追いつき、声をかける。


「おいマクドゥーガル、箒忘れてるぞ」


 マクドゥーガルが振り返る。箒を持ったザックを見て、マクドゥーガルの青い瞳が大きく開かれた。


「僕の箒に触るな!!!」


 手に持った箒を乱暴にひったくられた。

 丁寧に頭を下げて、ありがとうございますと言われるとは勿論思っていなかったが、想定以上の語気の荒さに呆気に取られた。


「……だったら、忘れるなよ」


 うんざりしながら言い返しつつ、マクドゥーガルの大袈裟なまでの拒絶に微かな違和感を覚えた。

 怒っている? いやむしろ──怯えているようだった。

 彼は箒を胸に抱えながら、何かを訊ねたそうに口をもごもごさせている。しかし、訊ねることすらも恐れているような様子だった。


「なんだよ」


 尋ねたが、彼は「……別に」と返すだけだった。

 図らずも、その過剰な防衛反応が、ザックの胸に生まれていた疑惑にある確信をもたらした。


「ど、どうしたんだ、ヴィンス。急に大きな声を出したりなんかして」


 流石の取り巻き二人もマクドゥーガルの急変に気圧されたようだった。おどおどしながら、彼の機嫌を窺っている。


「い、いや」


 一番慌てているのはマクドゥーガルだった。

 きょろきょろ忙しくなく視線を動かし、そこから何かを思いついたようにザックを指差した。


「……そ、そう、貧乏人に触られたら、僕の箒が腐るだろ。汚らわしい」 


 先ほど、ホリデーの侮蔑を撤回したマクドゥーガルを見て、見直しかけた自分がアホらしくなった。 

 今更マクドゥーガルの発言に傷付きはしないが、一瞬見直しかけただけに、燻るものがある。生まれながらにして恵まれた人間と、自分たちは分かり合えないのだという諦念と失望感である。 

 シーウェルがぷっと吹き出した。


孤児(みなしご)なんてどんな汚い菌を拾ってきたか分からないもんな」


 サイドの二人がくすくす笑うのを見て、溜め息が漏れる。

 マクドゥーガル達の言動になんの期待もしていないので、今更怒るも悲しむもないけれど、どっと疲れた。やはりゼノの言う通り、マクドゥーガルの箒なんか野晒しにしておけば良かったかもしれない。


 隣の体温がぐっと上がるのを感じた。そっとゼノの様子を盗み見する。

 顔付きは変わらないが、鋭い瞳から、氷の刃のような眼光が宿っている。拳は、湧き上がる感情を抑え込むかのようにぎゅうと固く握りしめている。言葉に出さずとも感じる怒気の強さに当てられて、ザックは冷や汗をかく。

 マクドゥーガルも、ゼノから放たれる無言の圧力に気づいたのか、怯んだ顔をした。しかし、それは一瞬のことだった、すぐにその怯えをしまいこんで、嘲るような笑みを浮かべた。


「なんだよ、睨んできて。また暴力か? ろくな教育も受けてこなかった孤児のコミュニケーションは野蛮だな」


 声が上擦っている。顔も少し青い。虚勢を張るくらいなら、わざわざ煽ってこなければいいのにと思うのだが、マクドゥーガルは上から目線で物を言わないと死ぬのかもしれない。


「ゼノ」


 宥めるように小声で呼びかける。

 この前のように人気の少ない場所ならいざ知らず、こんな人目のあるところで、目立つようなことはさせたくない。しかも相手はマクドゥーガル家の子息。校内の暴力沙汰が噂になりででもしたら、卒業後の進路にも差し支える。

 ゼノは渋々といった様子だったが、拳を緩めた。そして、一呼吸をしたのち、「大丈夫」と返した。緑の瞳にはいつもの理性的な眼差しが戻って、ほっとしたのも束の間、ゼノは淡々と言い放った。


「お礼の言い方も分からない人間に育つなら、親がいる人間のコミュニケーションとやらもろくなもんじゃないな」


 ──一体何が大丈夫だって言うんだ。鉄面皮の奥、バチ切れじゃないか。

 頭が痛くなる。暴力がダメなのは当然のことだが、言葉の拳ならセーフというわけでもない。たとえ、攻撃してきたのが相手の方だったとしても、だ。

 ゼノが言い返してきて、対面の三人は息を飲んだ。先に反応を示したのは、マクドゥーガル本人ではなく、マクドゥーガルの側にいる取り巻き二人組だった。


「……おい、誰に向かって何を言ったか分かっているのか」


「無礼なやつめ。ヴィンスのお祖父様は空軍大将で国王陛下に一代騎士の叙勲を受けてらっしゃって、お父様は航空局の局長を勤めてらっしゃるんだぞ」


 たとえ相手が殴ってきてもこちらは反撃せずに頬を差し出し続けないといけない理由がコレである。マクドゥーガル家は空に関する一切を取り仕切る航空のエリート一族。魔法使いの家としては歴史が比較的浅めなので、オルコット家よりも魔法使いとしての格は劣るものの、国への影響力だけで言えば学園内でもトップクラスの家柄だろう。

 つまり、魔法使いとしての将来を狭めたくないなら、決して喧嘩を売ってはいけない一族なのである。彼らに本気で目をつけられたら、軍隊だろうが、国政だろうが、民間企業だろうが、相手にしてもらえなくなる。

 そうは言っても相手方にも立場があるので、子供同士の些細ないざこざにまで首を突っ込んでくることはないだろうが、気が向けばいつでも叩き潰されてしまうような羽虫としては、ヒヤリとするものがある。

 しかしゼノは、シーウェルの脅しを受けても怯むことはなかった。


「親が偉いと子供も偉いのか? 親がどうであろうと……子供には関係ないだろ。親の才能や素質が子供に遺伝するとは限らない」


 ゼノの言い方にあれ、と違和感を覚えた。子供が親に似るとは限らないという一般論より、そうであってほしいという強固な願望のように聞こえたからだ。しかし、その違和感はすぐに掻き消された。


「……黙れよ」掠れた声が地面に落とされたことによって。


 地を這う低音を聞いて、一瞬誰の声か分からなかった。声の発生源を見てやっと、それがマクドゥーガルから発せられたものだと分かった。人を馬鹿にするような傲慢さが削ぎ落とされた声は、切実な悲痛さを伴っていた。


「ヴィンセント?」


 オーマンが恐る恐ると言った様子でマクドゥーガルに声をかける。しかし、マクドゥーガルはオーマンの方を見なかった。


「……何をしたって失望されないような気ままな立場のくせに、分不相応のところにしゃしゃってご高説か? 本当に腹が立つ。親にさえ捨てられた不要品の分際で、僕に偉そうな口を叩くな!!」


 夏の影のような青い瞳が赤々と燃えるのを見た。目は吊り上がっているのに、眉は垂れて、泣きそうに怒鳴っている。

 突然の絶叫にオーマンとシーウェルはおろおろしていている。ゼノはマクドゥーガルのあまりの勢いに気圧されたことで思考停止したようだ。ぶつけられた罵詈雑言を言い返すことを忘れ、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。

 騒ぎに気付いたクラスメイトからの視線も集まってきた。耳目を集めるのは、本意ではない。どうやってこの騒ぎを収束しようかと頭を抱えたその時だった。


「えっ?」

「あ?」

「はぁ!?」

「ええっ!?」


 誰が何を言ったのか分からないくらい周囲から口々に驚きの声が放たれた。

 それそのはず、ザックたちの真下の空間がぽっかりとなくなったのである。それも幅1メートルや2メートルではない。方々に散らばっているクラスメイト全員を飲み込むほどの巨大な穴が突如として現れた。待ち構えるは、底なしとも思えるほど暗い地下の世界。数か月前の記憶が咄嗟によみがえる。魔湧の森で魔界に落下した日の記憶だ。間違いない、これは魔界の穴だ。

 まるでマクドゥーガルの叫喚が魔界の扉を叩いたかのようだった。偶然か必然か分からない。それを知る術は自分たちにはない。確かなのは、今この瞬間、魔界の穴が開いたということだけ。


 魔界の穴が開く条件というのは、明確なものはない。ただし、開きやすい場所というのはある。魔界開口領域と呼ばれる場所で、そのうちの一つがこのアンドレア王立魔法学園内の魔湧の森だが、この他に31箇所、魔界開口領域と認定されている場所がある。過去魔界の穴が開いた98パーセントは魔界開口領域内での出来事だった。

 そして、魔界の穴の大きさもまちまちで、これも確かな情報はないのだが、小さいものなら直径1メートルほど、大きいものなら直径5メートルほどに収まる。

 だからこそ、今回は異様だった。魔湧の森の外で、グラウンドに残っていた生徒達をまるごと飲み込むほどの巨大な穴が開くなんてことは。


 ザックも、ゼノも、オーマンも、シーウェルも、地下の世界に落ちていく。そして、マクドゥーガルもまた、青い瞳を燃やしたままに、奈落の底へと呑み込まれていった。


次回は7/9(木)更新!

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