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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第3章 ヴィンセント・マクドゥーガルの悲憤
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31/34

3-2 マクドゥーガルと第五水晶値

■■■■■

1月6日

アンドレア王立魔法学園 5年A組 12月度水晶査定結果


シェリル・オルコット 81・90・65・79・28


ロジャー・フロスト 55・41・80・62・15


ライラ・ギルマーティン 57・48・70・55・12


メルヴィン・ケンドリック 61・74・31・60・18


ヴィンセント・マクドゥーガル 58・65・56・78・45


テレンス・オーマン 65・50・73・26・28


アビゲイル・ローズ 72・70・15・20・19


ブライアン・シーウェル 61・35・60・40・12


ゼノ・ウィンター 90・41・92・81・70


ザック・ウィンター 37・78・22・31・37


■■■■■



「上がってる……な」


 新学期が始まってまもなく、先月の第五水晶値査定結果が公表された。

 放課後、広間の掲示板を見上げて、ザックは一人顔を顰める。言わずもがな同級生達の第五水晶値の話である。


 ザックと、ゼノ、それからオルコットについてはある程度の上昇は予想していた。魔湧の森に立ち入ったから、ある意味仮説通りの結果ではある。しかし、思ったよりも上昇の幅が大きい。ゼノにいたっては、70だ。ザックより立ち入った時間が少ないはずなのだが、こうも上昇していることを考えると、ゼノは瘴気による影響を受けやすい体質なのかもしれない。


 そして今回一番気になるのは、マクドゥーガルだ。彼は元より数値が高い傾向にあったが、今回は目立って数値が上がっている。彼もまた、オルコットのように魔湧の森に立ち入ったのだろうか。

 気になるが、マクドゥーガルに関してはオルコットよりも更に聞きづらいし、気も進まない。なにせ、先日彼はゼノと揉めたばかりだ。そのことは、マクドゥーガルも引きずっているようで、意気揚々と皮肉をまき散らす彼にして、学期が始まってから一度もザックやゼノに話しかけてくることがない。普段なら彼に絡まれないのは喜ばしいことなのが、また悩ましい。彼にひっついている取り巻き二人も込み入った会話には邪魔だ。


 自然に彼と二人きりで話す機会はないかとタイミングを窺っていたところ、絶好の機会が訪れた。それは、飛行術の授業の実践課題だった。




「今名前を呼んだ組み合わせで二人一組になって」


 校舎からそこそこ離れた飛行訓練場に箒を携えた生徒たちが集まるや否や、飛行術担当のリガルド教授がそう言った。

 次々とリガルド教授が名前を呼んでいく中、最後に残ったのはザックとマクドゥーガルだ。そうやってペアを組むことになったマクドゥーガルは「あからさまに嫌そうな顔」のお手本になれるくらい、わかりやすく嫌悪の表情を浮かべてきた。


 こういった二人一組でペアを組む授業は珍しくないが、マクドゥーガルと組むのは片手の指で数えるほどしか経験がない。マクドゥーガルからしても、ザックからしても好んで組みたい相手ではないので当然のことだが。

 今回は担当教授が成績を加味して決めたのだろう。こういう時は成績が近い者同士を組ませるか、成績に乖離がある者を組ませることがあるが、今回は言わずもがな後者だ。飛行術は危険が伴う課題が多いので、いざという時は優秀な方に不出来な方をフォローをさせるつもりなのだろう。実際にそれをしてくれるかはさておいて。


 広い飛行訓練場の中でも、他のペアと適切な距離をとらなければ容易に事故が起こる。他のペアの声が聞こえないくらいの場所を選んで、二人で向かう。

 黙々と歩いているうち手持ち無沙汰のあまり、マクドゥーガルの手に持つ箒に自然と目がいった。マクドゥーガルの持っている箒は見るからに高そうな箒だった。箒の柄は、大部分は魔力伝導率の良いアルカバの木だが、性能を損なわずに軽量化するためにテイコの枝も組み合わせている。穂先は浮遊魔法と相性の良いアリアシダ。どの材料も希少価値が高く、その上一つの箒として成立させるのには技術がいる。購買部のカタログでは、見かけたことがないので、特注品かもしれない。ザックが使っている、購買部でまとめて入荷した廉価品とは質がまるで違う。さすがマクドゥーガルの御曹司といったところか。


「このへんでいいだろ」


 ある程度まで離れると、マクドゥーガルが足を止める。そして、マクドゥーガルがあの高級そうな箒にまたがって浮遊魔法の呪文を唱えた。すると箒は、スムーズに上空へとマクドゥーガルを運んでいく。体幹がぶれることのないお手本のような浮遊だ。

 彼を追いかけるようにザックも呪文を唱える。魔力が箒に伝導していき、ふわりと浮き上がる。跨がった箒からバランスを崩して落ちないように、ゆっくりと上空へと向かっていく。

 マクドゥーガルが成人男性のダッシュならザックは乳児がてとてと歩くくらいのおぼつかない浮き方だ。それでも、落下なくマクドゥーガルと同じ高度まで上昇した。


 マクドゥーガルはその様子をじっと見ていた。普段であれば、不出来な魔法を嘲る準備をしているのだろうと思うのだが、今日のマクドゥーガルはバカにするような顔つきとは違った。

 眉に皺は寄っているが、真剣な眼差しでザックが浮遊するのを観察している。中々見ない表情なので、こちらの方が落ち着かない。


「なんだよ」


「別に」


 つんとして、マクドゥーガルが先に飛び立っていくので、依然よたよたした飛び方ながらもその後を追う。

 ふらつきながらも指定とされている高度まで辿り着いたので、杖を取り出した。


 今日の飛行術の課題は、箒に乗りながら模擬魔法決闘をすること。使う魔法は自由。ただしあくまで模擬なので、相手に直接当てないこと。

 飛行中の決闘は、浮遊魔法と攻撃用の魔法を同時に使う必要があるため、難易度が高い。

 数年間の付き合いを経て、意地の悪さにだけは信頼を置いているので、わざと直撃を狙ってこないか警戒をしていたのだが、そういったことはなく、意外にも課題はあっさり終わった。

 終わると、順番に呼び出しがかかった。今回は出席番号が後ろの方からだったので、ザックがトップバッターだ。


「対物への浮遊魔法自体は問題ありません。ただし箒に跨がった時の姿勢が悪いので、飛行が不安定になっています。体幹を鍛えれば少しは改善するでしょう。魔法の同時使用はできているとみなしますが、箒上で魔法を使うたびに高度が一瞬下がっていますので、気を付けてください。また、飛行中に使う魔法の種類を増やしてください。魔法の種類は事前に評価項目に加えてなかったので、今回は減点にはしませんが、次回は最低二種類以上の魔法を使うように」


 耳が痛い講評である。

 実際、飛行技術のつたなさは言うまでもなく、飛行中も使えるほど慣れている魔法なんて数えるほどもない。

 つまり、唯一の得意魔法である火魔法をひたすら唱え続けた。マクドゥーガルが風魔法や、防御魔法などを織り交ぜる中、一つの魔法だけで対応した。

 練習相手のマクドゥーガルはわざわざ苦言は呈してこなかったが、呆れた顔をしていた。


「それで、評価は……」


 恐る恐る訊ねると、教授の顔に深い皺が刻まれた。苦慮の唸り声が聞こえてくる。なぜか自分よりも教授の方が苦しんでいそうなので、申し訳なくなってきた。

結局教授は熟考の末、B判定を出してくれた。「まぁ、今回は甘く見ましょう」というやや不穏な一言が気になるものの、ほっと一安心といったところだ。

 講評が終わって、マクドゥーガルの元に戻ると、彼は神妙な顔で待ち受けていた。


「おい、評価どうだった」


「Bだったけど」


「……ふぅん」


 それだけ言って、マクドゥーガルはまた視線を逸らした。

 その反応はなんだ。Bで雑魚だなと蔑んでいるのか、それともあの醜態でBでよかったな、と言いたいのか。

 たった一言で、悪意的な解釈をしすぎだろうか。しかし、今までの経験則から、掌返しの用意は必要ないだろうなと思う。そう思うほどにマクドゥーガルから、皮肉や嫌味を言われ続けてきた。


 しばらく無言の時間が続いた。そもそもマクドゥーガルが絡んでこなければ、ザックの方から話題を振ることがない。そして、マクドゥーガルはザックを馬鹿にする時以外はザックに近付いてこない。

 二人でいるのに、こうも静かなのは五年目にして初めてかもしれない。一年生からずっと同じクラスで、過ごした時間だけは長いのにも関わらず、だ。言うまでもなく、一緒に過ごした時間に伴った絆はないので、会話がないと絶妙に気まずい。


 しかし、第五水晶値の上昇について探るには丁度いい。マクドゥーガルが教授に呼ばれるまでまだ時間はある。屋外ということもあり、他のペアとはある程度距離があり、会話の邪魔をされることはがないのも好都合だ。

 できる限り不自然にならないように気を付けて、話を切り出す。


「なぁマクドゥーガル、ホリデーのことで聞きたいことがあるんだが」


 声をかけると、マクドゥーガルの顔があからさまに歪んだ。皿の端に避けていた厭物を食べなければいけない時が来た──そういう状況の顔である。それからザックが言葉を繋げる前に「お前が言いたいことは分かっている」と首を横に振った。


「あの発言は…………撤回する」


 喉から押し出したような小さな声が地面に向かって吐き捨てられる。マクドゥーガルの身体はザックの方を向いているのに、視線は一向にこちらに向かない。不承不承と言った態度である。


「あの時は気が立っていて、思ってもないことまで口に出た。お前たちのことは正直気に食わないし、哀れな奴らだとは思っているが、先の発言はいくらなんでも不適切だった」


 一瞬、なんの話をしているのか見当もつかなかった。しかし、ホリデーでマクドゥーガルと会話をした日と言えば、ザックの誕生日しかない。そうなると、ザックの誕生日での不適切な発言というのにもおよそ当てがある。

 しかし──


「いやその話じゃなくて、別の話だったんだが……」


「は?」


「ゼノが怒ってくれた手前ちょっと言いづらいけど、正直俺は誕生日にあんまり思い入れないからさ。言われてもそんなに気にしていなかったし、さっきまで忘れてた」


「……お前、図太いやつだな」


 俯いていたマクドゥーガルの顔が上がる。呆れたような表情だったが、その中に微かにほっとしたような安堵の色が含まれていた。マクドゥーガルが、自分の言葉で相手を傷付けたことに対して悔悟の念を持つような繊細さを持っているように見えないので、気のせいかもしれないが。


「じゃあ、なにが聞きたいって言うんだ」


 マクドゥーガルが腕組みをする。


「ホリデーの期間に魔湧の森に入ったりしたか? お前に似た後ろ姿を見かけたから気になった」


 鎌をかけるつもりで訊ねたが、マクドゥーガルは要領を得ないように首を傾げただけだった。


「は? なんで僕がそんなとこ行くんだよ。誰かの見間違いじゃないのか?」


 淀みのない返答だ。嘘をついているようには見えない。


「なら良かった。変な疑いかけて悪かったよ。……ちなみに最近魔物に遭遇したことは?」


「あるわけないだろ。なんだその質問。一体何が知りたいんだ?」


 いよいよ怪訝そうに顔を顰めてきたので、慌てて話を切り上げる。


「いや、なんでもない」


 これまた嘘や誤魔化しを感じなかった。そうなると、いよいよマクドゥーガルの数値上昇の理由が掴めない。

 魔湧の森以外でも瘴気を吸うタイミングがあったのか? 魔界開口領域は国内に点在しているが、魔湧の森以外に学園の近くにはないはずだ。ホリデーの期間に別の場所で、というのも一瞬考えたが、帰省していないマクドゥーガルが他の魔界開口領域に立ち入るような機会があるとは思えない。

 魔物にも遭遇せず、魔界開口領域にも立ち入らずとなると、今までザックが仮説としていた瘴気の吸引量と第五水晶値の相関性が成り立たなくなる。


 それなら、ザックやゼノが魔界や魔湧の森に立ち入ったタイミングで第五水晶値が上がったのは完全に偶然だということだろうか。──だとしたら、俺は何を警戒すればいい? そもそも俺たちがやってきたことは全くの無駄だったのではないか?

 足元が崩れていくような感覚に襲われて、身体がふらつく。

 黙ってしゃがみ込んだザックを見て、マクドゥーガルは「変なやつ」と吐き捨てた。


「マクドゥーガル! 次はあなたの講評です」


 ちょうどその時、教授からの呼び声が届いて、マクドゥーガルは一旦その場を立ち去った。

 残されたザックは一人、思考に耽る。先ほどのマクドゥーガルの発言は今までザックが頼りとしていた前提を揺るがすものだった。それでも考え続けなければならない。魔王にならないための可能性を模索しなければならない。思考放棄は負けと同じだ。


 瘴気を吸い込むと、第五水晶値が上がる。これがザックが最初に立てた仮説だ。オルコットの急上昇からしても、この仮説はかなり有力だった。しかし、この説が誤っているとすると、どのような要素が第五水晶値の上昇と関連性がありそうだろうか。

 直近で大きく第五水晶値が上がったオルコットとマクドゥーガルの共通点から考えてみる。

 一番大きな要素は名門魔法使いの出身だということだが、それが要因になるのだとしたら、ザックやゼノの数値が上がるのはおかしい。血筋に関係するなら、オルコットの第五水晶値が上がったのは最近のことであるのも奇妙だ。血筋の強さで言えば、彼女はこの学園において誰よりも第五水晶値が高くなるはずなのだから。

 それとも、第五水晶値の上昇に何かしらの要素が関連してくるという前提自体間違っているのか? そもそも、魔王の素質だなんて、人類の考えの及ぶものではなく、足掻くだけ無駄というのか。


「……ザック?」


 唐突に名前を呼ばれて、顔を上げた。ゼノがきょとんとした顔でザックを窺っている。


「大丈夫? 授業終わったよ」


 周囲を見ると人気はなく、少し先に箒片手に校舎へと向かうクラスメイト達の後ろ姿があった。

 考え込んでいるうち、いつの間にか教授の講評は終わり、終業の鐘が鳴っていたらしい。クラスメイト達は三々五々解散していた。


「あ、あぁ。ありがとう」


 用がないのにこんなところで一人ぽつんと座り込んでいても仕方がない。気になることはあれど、一旦思考を切り替えて、立ち上がる。ふとグラウンドの芝にぽつんと残された箒が視界の端に引っかかった。先ほどまで間近で見ていたから間違いない。あれはマクドゥーガルの箒だ。

 箒を置いたまま教授の講評を聞いてすぐ、いつもの取り巻きのところに合流したのだろう。そのまま忘れ去られたらしい。

 ザックは柄を持ち上げて──ある違和感に気付き、「あれ?」と声を上げた。


「どうしたの」


「これ、もしかして」


 脊髄反射で続きの言葉が出そうになり、慌てて口を噤んだ。


「いや、何でもない。確かこれマクドゥーガルの箒だったはずだ。さっさとあいつに返しに行こう」


 そう言って、自分の箒とまとめて二本抱えてこむと、ゼノは釈然としないような顔をした。


「わざわざザックが返しにいくの?」


「なんだよ。このまま野ざらしにしておけって?」


「そうは言っていないけど。でも、マクドゥーガルの方は、ザックがたとえ忘れ物をしても、同じように持ってきてはくれないだろうなと思う」


「まぁそうだろうな」


「箒忘れてたから持ってきたよ」なんて人の良い笑顔でわざわざ忘れ物を持ってきてくるマクドゥーガルなんて想像しただけで違和感がある。「外にゴミが落ちてたから焼却場に持っていったけどまさかあのゴミ、お前のじゃないよな?」とニヤニヤして話しかけてくる方がまだありえる。実際は、その労力さえ惜しんで放置していそうだが。


「こっちの善意や労力が相手のそれと天秤が釣り合っていないと思う時、すごくモヤモヤしない?」


「……なんかお前、ややこしい言い回しをするな。気持ちは分かるけど」


 こちらが何かをしても、相手からの見返りがない。それどころか恩を仇で返されるだろうと分かっているのに、相手を慮って行動するのは馬鹿らしい。ゼノが言いたいのはそういうことだろう。


「でも俺は……した方がいいって分かってるのに、相手によって行動を変える方がモヤモヤするだろうな」


 ザックは根っからの善人ではない。何もかもを許せるような寛大な人間でもない。だから、マクドゥーガルが小さな石につまずく姿を見れば自分はきっとざまあみろと思うし、胸がすく気持ちがするだろう。でも、その後きっとマクドゥーガルの小さな不幸を喜んだ自分が嫌いになる。

 自分の器の小ささを自覚する瞬間ほど自分が情けなくなることはない。だから、しておけば良かったをできるだけなくしておきたいと思う。

 善意から、というより、極めて利己的な行動だ。だからマクドゥーガルが礼を言おうが言わまいが、ザックの忘れ物を持ってきてくれようがきまいが、自分にはあまり関係なかった。


「ザックは、そうだよね」


 ゼノが静かにつぶやいた。その返事に何か引っかかるものを感じつつも、この件についての会話は打ち切りになった。


次回は7/6(月)更新!

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