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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第3章 ヴィンセント・マクドゥーガルの悲憤
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3-1 ウィンターホリデーの一幕


 ウィンターホリデーともなると、寮はすっかりもぬけの空になる。学生達は実家に帰省して、久しぶりの家族との団欒を享受し、勉学への英気を養うのだ。

 しかしながら、ザックとゼノにとっては、楽しい一家団欒など無縁の話だった。学園入学と共に孤児院から退所した自分たちには、帰ろうにも帰る家がない。そのため、人気の少ない学園で寂しいウィンターホリデーを過ごしている。

 ウィンターホリデーの期間は購買部も閉じていてアルバイトが出来ないので、ザックは日雇いのアルバイトで日銭を稼いでいる。収入は安定しないが、ホリデー期間はどこも人手が足りないので、大抵のアルバイトはいつもより時給がいいのが救いだ。


 ということでウィンターホリデーといえばザックにとってアルバイト漬けの日々を意味するのだが、それでも毎年十二月の二十七日だけはゼノと一緒に街に出かける。

 特別な日かというと自分としてはそういう自覚はない。しかし、ゼノの方が折角だから美味しいものを食べに行こうと目を輝かせて言うものだから彼に引きずられるまま付き合っている。

 いつもより奮発した夕食を楽しんだ帰り際、ゼノは「はいこれ。毎年恒例の」と言って煌びやかな包みを渡してきた。

 包装を解くと、アジュラ鳥の尾羽を使った羽根ペンがお見えだ。購買部でこの手の商品も扱うので、大体の相場は分かる。都会でんちょっとした宝飾品は買えそうな値段はするので、気が引ける。


「こんないいもの買って……。お前お金大丈夫なの?」


「うん。どうせあんまりお金使うことないし、平気」


 ゼノは無返済の奨学金がある分、ザックと比べてアルバイト一辺倒ではない。しかし、豪勢な生活ができるほどの額を貰えているわけではないはずだ。にもかかわらず、度々太っ腹な様子を見せるのは、魔法剣の大会で優勝して賞金を貰ったり、ちょっとしたパーティの警備のアルバイトだったりでちょくちょく大きな収入があるかららしい。ちまちま小金を稼いでいるザックとは経済状況が違うのである。

 さもしい気持ちになりながらも、ゼノに礼を言った。




 寮に戻ると、自分宛の郵便ボックスの中には一通の葉書が届いていた。孤児院からのホリデーカードで、にわかに心が浮き足立つ。たとえ退所しても、こうして頻繁に気にかけてくれる人がいるのは身内のいないザックにとってありがたいことだった。


「ゼノも来てたか?」


「うん」


 ゼノは葉書をちらとだけ見て、鞄にしまった。部屋でゆっくり見るつもりだろう。ふと、孤児院からの葉書に関連して、一つ思い出したことがあった。


「そういえば、この前のシスターからの手紙にゼノから返信が来ないって書いてあったぞ。たまには返事くらい書けよな」


 あれはまだ秋口の頃だったか。言おうと思っていたのに、ばたばたしていてすっかり忘れていた。まぁ魔界の穴に落ち、魔王の封印石と遭遇するなんて体験をした日にはそうもなるだろう。


「あぁ……うん」


 ゼノの分かりやすく気のない返事にため息をつく。この様子だと、封筒からインクまで用意して、椅子に縛り付けないと書きそうにないだろう。筆マメなタイプではないので仕方がない。シスターの為に、次の返信にはゼノの近況も含んでおこうと心に留める。


「げっ。ウィンター兄弟」


 背後からの声に反応して、咄嗟に顔が険しくなる。この意地の悪い呼び方をするのは、ザックの知る限り一人しかいない。振り返ると眉を顰めたマクドゥーガルが玄関に立っていた。彼も先ほどまで外出していて、今し方帰ってきたところらしい。

 しかし、まさかこのウィンターホリデーで彼と出くわすとは意外なことだった。


「マクドゥーガルも実家に帰らなかったのか」


「いちゃ悪いか」


「そうとは言ってないだろ」


 マクドゥーガルは郵便ボックスを覗いて、それから大きな包みを取り出した。包装紙にはアパレル系の高級ブランドの名が刻まれていることに気が付いた。 


「なんだそれ。やけにでかいな」


「別に。実家から誕生日プレゼントが贈られてきただけだ」


「へぇ。流石マクドゥーガル家だな」


 マクドゥーガルと言えば、名門魔法使い一門に真っ先に名前が挙がる家柄だ。マクドゥーガル家は飛行魔法の名手が多く、彼の祖父は魔法空軍の大将まで登り詰めている。直系ではないにしろ、彼の親戚は箒をはじめとした飛行用の乗り物や手入れ用具の会社も立ち上げていたはずだ。それほどたいそうなお家柄なのだから、包みの中にはさぞかし高価な贈り物が入っているに違いない。


 しかし、そんなお金持ちのボンボンの誕生日──しかも祝うのにうってつけのウィンターホリデーの真っ最中だ──なら、実家で豪勢なパーティを開くものだとばかり思っていたので、尚更学園に残っているのが不思議だった。それほどまで勉学に精を出したかったのだろうか。

 隣のゼノも誕生日プレゼントと聞いて、驚いたような声を出した。


「マクドゥーガルも今日が誕生日なんだ? おめでとう」


「も?」


 マクドゥーガルが怪訝な顔をした。これまた余計な一言を、と頭を抱えたくなる。渋々ゼノの一言に補足をする。


「あー……一応今日が俺の誕生日。同じ日なんて奇遇だな。……おめでとう」


 不本意ながら短くない付き合いなのに、知らなかった事実である。知っていても何の役にも立たないので、どこかで耳にして忘れていただけの可能性も大いにあるが。

 マクドゥーガルの顔が一瞬強張った。視線がザックの手元に移っていく。つまり、先ほどゼノがくれた贈り物を持つ手を凝視している。包み直してリボンがよれているが、包装紙の華やかさをみれば、自分用ではなく、人からもらったプレゼントだということに勘付いたのだろう。なぜか、マクドゥーガルの表情が徐々に剣呑になっていく。


「ハッ! お前の誕生日? 孤児のくせに何を一丁前に。お前たちにとっては捨てられた日だろ。何がめでたいって言うんだ。そんな日を祝っているだなんて滑稽だな」


 ヴィンセントの言う通り、ザックの誕生日はあくまで書類上のもので、実際の誕生日ではない。ザックは生まれて間もない赤子の頃に孤児院の前に捨てられていたらしい。その為、施設の人に見つけられた日を誕生日としている。

 といっても孤児院出身だからと言って、全員が全員、書類上の誕生日というわけではない。隣のゼノのように物心ついた後に孤児院に預けられた子供は正式な誕生日を知っている。

 それにしても、気に入らない奴と同じ誕生日だからと言って、そこまで腹が立つものだろうか。沸点が分からなくて困惑する。


「あーはいはい、そうだな。俺みたいな奴と同じ誕生日で不快だったよな。悪かったよ。それじゃあな」


 差別的な物言いに腹が立たないわけではないが、言い返すのも時間の無駄だ。適当に流して、さっさとこの場を立ち去ろう。そう思っていた。


「……マクドゥーガル、その言い方はないんじゃないか?」


 しかし、近くで唸るような低い声が聞こえて、寮室に帰ろうとした足が止まった。一瞬誰の声か分からなかった。隣のゼノが鋭い眼光がマクドゥーガルを射抜いていて、それでようやく先ほどの低い声がゼノから発せられたのだと気付いた、


「ゼノ?」


 マクドゥーガルが嫌味なのはいつものことだ。いちいち言い返すのも面倒になってしまったくらいに、顔を合わせれば出自を蔑み、授業中になればザックの不出来を馬鹿にしてくる。そのくらい彼の侮蔑は日常に馴染んでしまったので、五年にもなるとまともに取り合う機会も減った。それでも、流石に聞き捨てならない言葉を言われれば、反駁するのはいつもザック自身だったし、ゼノが口を挟んでくることはなかった。

 ゼノがマクドゥーガルに言い返したのは、ザックの知る限り初めてのことだった。だから、驚いた。

 そのことに驚いたのはザックだけではなかった。マクドゥーガルはゼノの反論に対して一瞬目を見張った。しかし、すぐに鼻で笑った。


「……へぇ、珍しいじゃないか。兄貴が口を出してくるなんて。てっきり無能の弟には興味ないのかと思ってたが」


「俺とザックは兄弟じゃない。それに、俺が出しゃばる必要がないからわざわざ言わなかっただけで、いつもマクドゥーガルの言葉は的外れだし、不快に思っている。今日のは流石に度が過ぎているから撤回をしてほしい」


「……くだらないな、本当に」


 マクドゥーガルから押し出された声は、微かに音となって、ザックの鼓膜を揺らした。一瞬、泣いているのかと思った。それほどまでに声は儚く、悲哀を秘めていた。しかし、それも一瞬のことだった。マクドゥーガルはすぐにいつもの威勢を取り戻し、蔑むように笑った。


「なぁザック・ウィンター、一年に一回、お前が誕生日だと思ってる日を迎えるたびに、お前は捨てられたことを、お前が親に愛されてなかったことを自覚するんだろ。あぁなんて可哀想に! 哀れな奴め」


 言葉はザックに向けているくせに、ゼノを煽るような視線だった。


「いっそのこと生まれてこなかった方が幸せだったんじゃないか?」


 マクドゥーガルは一息のまま嘲笑の言葉を口走ったあと──わかりやすく顔を青ざめさせた。彼としてもそこまでは言うつもりはなかったのかもしれない。慌てて口を押さえたが、一度口に出した言葉は戻すことはできない。マクドゥーガルが何かを言いかける前に、彼の体が空に浮いた。


「ゼノ!」


 ゼノの逞しい腕がマクドゥーガルの胸ぐらを掴んで、宙に掲げている。

 拘束から逃れようとマクドゥーガルは足をばたつかせているが、ゼノはマクドゥーガルの抵抗をものともしなかった。

 ゼノの顔を見る。顔に影が落ち、緑の瞳に温度がなかった。


「撤回を、しろ」


 地を這う低音が唸り声のように放たれた。三人を取り巻く温度が急激に冷えていく。

 怒りとも悲しみとも違う、もっと黒くておどろおどろしい澱のような感情が彼の内側から溢れている。

 目の前の男が見覚えのない他人のように思えた。顔だけ知っている誰か。いや、人間の貌をした何か。夢の中で見た、銀世界に佇む彼の姿がフラッシュバックした。


 その迫力に気圧されて、無意識に一歩後ずさりそうになった。そのことに気付いて、唖然とする。

 だって、ゼノは幼少期からの幼馴染みで、孤児院で寝食を共にした仲で、少しズレたところはあるが温厚で優しい男だ。様子の違う彼を見て心配こそすれど、恐怖なんて抱くはずがない。そのはずなのに、咄嗟に声が出なかった。早く彼を止めなければならないというのに。

 意を決して口を開ける。緊張で喉が渇いている。ゼノに声をかける時にこれほどまでに覚悟がいることがあっただろうか。それほどまでに、今の彼はゼノとは異質の生き物だった。


「……ゼノ! やめろ!」


 ゼノの腕を掴みながら、叫んだ。その瞬間、虚ろなグリーンアイに光が戻った。

 そして、ゼノはマクドゥーガルと彼を掴む自分の手を見比べて、一瞬で顔が青ざめていく。


「あ、」


 慌ててゼノはマクドゥーガルを床に下ろした。

 マクドゥーガルは床に下ろされてから、ようやく充分に呼吸ができたようで、苦しそうに咳き込んでいる。呼吸は荒いが、見たところ大事には至っていなさそうだ。


「ごめん、マクドゥーガル。……手を出すつもりはなかった、本当に」


 胸倉を掴んだゼノの方がよっぽど顔色を悪くして、狼狽えていた。マクドゥーガルは呼吸を落ち着かせた後、キッと鋭くマクドゥーガルを睨みつけた。


「……ふんっ。育ちが悪いお前達が、暴力に走る下賎な人間だったとして、今更見損なうことはないよ。底辺より下はないんだから」


 そのまま彼は大きな包みを持って、寮室に戻っていく。

 ゼノは自分がしたことが信じられないように呆然と立ち尽くしていた。


「……最悪だ」


 ぼそりと呟いた声色はあまりに暗い。


「ま、まぁ手が出たのはよくないことだけど、俺の為に怒ってくれたんだろ? ありがとな」


 励ますつもりで言葉をかけたが、自分で言っておきながら「俺のために」というのはしっくりこなかった。というのも、ゼノがザックを庇って動くというのは長い間一緒にいて、一度もないことだったからだ。これはゼノが冷たい人間だから、ではない。兎が獅子のために身を挺すことがないのと同じで、ゼノにとってザックは昔から頼りがいのある兄貴分で、庇うことすらおこがましいと考えていそうな節がある。事実は違くても、彼にとってはそうなのだ。


「……ごめん、ザックを庇おうと思って動いたんじゃないんだ。もちろん、腹が立ったのは本当だけど、それでも手を出すつもりはなかったんだ。さっきは本当に……どうかしてた。自分で感情をコントロールできなかった」 


 ゼノは戒めるようにこつんと、自身の額に拳を当てた。


 ゼノと出会ってからもう十年。彼は一貫して暴力や暴言とは無縁の男だった。

 孤児院からエレメンタリースクールに通っていた時は、孤児であることを理由に侮蔑を受けることはしょっちゅうだった。ゼノだって今でこそ一目置かれるようになったが、この学園で頭角を現すまでは小馬鹿にされることも多かった。特に彼は容姿も含めてとにかく目立つので、やっかまれて物を隠されたり、暴言を吐かれたりされたりもあった。ザックがいないところでは、もっと酷いことをされていた可能性だってある。


 それでも、彼が言い返したり、やり返したりしているところを今まで一度たりとも見たことがない。

「そういう人たちと同じになりたくないから」と言って、人前で怒りを露わにするタイプではなかった。

 そもそも、怒り以外の感情だってあまり目立たないのだ。氷の騎士のあだ名は伊達ではない。付き合いの長いザックがほのかに喜怒哀楽を感じ取れる程度で、付き合いの薄い人ならゼノが何を考えているかもわからないだろう。


 ゼノの感情の発露について奇妙に思いつつも、もう一人の登場人物の挙動についても気にかかることがあった。


「にしても、マクドゥーガルの様子も変だったな。嫌味っぽいのはいつものことだが、それにしても今日の発言は度を超していた」


 まるで彼の逆鱗に触れてしまったかのような過剰反応だった。それこそマクドゥーガルがあそこまで激昂したのを見たのも、初めてだった。きっかけは誕生日が同じだと言われたタイミングだと思うが、それがどうして気に食わなかったのか見当もつかなかった。たまたま虫の居所が悪かったのだろうか。

 ふむ、と顎に手をやって考え込んでいると、ゼノがおずおずと訊ねてきた。


「マクドゥーガルの言ったこと、気にしてる?」


「え?」


 一瞬固まってから、「あぁさっきのか」とマクドゥーガルから浴びせられた罵詈雑言を思い出す。

 神妙な顔で考え込むようなそぶりが思い悩んでいるように見えたのだろうか。


「全然気にしてない。祝われるような日ではないのは事実だし」


 一般的に誕生日がめでたい日だということを否定する気持ちはないけれど、ザックにとっては生まれた日でもないのに、おめでとうと言われるのも、ありがとうと返すのも奇妙な感覚だった。慣習のようなものだと飲み込んでいるからあえて突っぱねることはしないが、ザックからすればカレンダーに印をつけるほどの日でもない。365日のうちの1日だ。

 酷い侮蔑を吐かれた割には、心に荒波が立っていないのは、マクドゥーガルの言葉に一理あると思っているからかもしれない。

 しかし、ゼノはそれを聞いて更に眉をへにょりと垂らした。


「……ザックは誕生日、祝われるの嫌だった?」


 しまったとほぞを噛む。目の前で自分が生まれたことを祝ってくれた人がいるのに、今のはデリカシーのない発言だったかもしれない。


「祝ってくれる気持ちは嬉しいよ。いつもありがとな」


 慌てて付け加えたから信ぴょう性にかけたかもしれないが、嘘偽りない正直な気持ちだ。

 それを聞いたゼノはほっとしたように微笑んだ。




 ここ最近のゼノはどこか危うかった。

 彼が纏う雰囲気が刺々しくなり、言葉には出さずとも怒りの炎が燻っているのだと、言動の随所から勘づく事が多くあった。それでも、それが暴力や暴言に結びつくことはなかった。

 彼は普段マイペースで、怒りの感情を出すことがない。

 だからこそ、同級生の胸ぐらを掴んで威圧したことに驚いた。

 第五水晶値が高くなっていることにより、彼の心身に悪い影響を与えているのではないかと不安に感じた。


次回は7/2(木)更新!

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