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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第2章 シェリル・オルコットの秘密
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2-9 足下の花


 オルコットが魔湧の森に立ち入らないと宣言してから三日が経った。あれ以来話すタイミングはないが、教室で見かけるオルコットの顔色はいいので彼女の憂いは完全に取り払えたようだ。

 そのこと事態は喜ばしいのだが、ザックの方はあの日から憂いしかない。

 今日も今日とて放課後の購買部でのアルバイト中、あることを思い出しては憂鬱になり、カウンターにひしゃげていた。


「俺ってほんと……」


 客入りが少なくて良かった。こうしてカウンターに突っ伏していてもとがめられることもない。


「どうしたの、そんなにしょげちゃって」


 そんな半分溶けている状態のザックの前に突如としてふさふさの毛並みを持った小動物が現れる。円な瞳に、豊かな皮膜、体積と比べて大きな尻尾。この四年間で見慣れた相貌の登場にあ、と声を出した。


「オルター! 体調はもういいのか?」


 気心の知れた友人との久々の再会に咄嗟に身体を起こした。


「もう大丈夫。シフト穴開けてごめん」


「誰だって体調を崩すことはあるんだから気にするなって。いつだってフォローするよ」


 むしろいつもフォローを入れられている側なので、これくらいはしないと割りに合わない。


「……でも、早くに戻ってきてくれて良かった。オルターがいるとやっぱり安心する」


 なにせオルターは購買部のアイドルで優秀な魔法使いであり、彼の不在は、店の売り上げや来客数にも関わってくる。そしてなによりザックにとって学園唯一の友達でもある。モフモフの友人は頼り甲斐があり、癒やし効果があり、いないと寂しい。同じ人間相手ならこんな明け透けに好意を伝えるのは気恥ずかしいが、異種族の友人ならいいだろう。

 オルターはそれを聞いて、据わりが悪いように身じろいだ。モモンガも照れ隠しをするらしい。


「そうだ、聞いて欲しいことがあったんだ」


「なに?」


 話題が変わったことに安心したように、オルターはザックの言葉に被せ気味に尋ねてきた。


「俺と同じクラスのシェリル・オルコットのことなんだけど」


 途端、オルターが勢いよく咳き込んだ。


「おい大丈夫か?」


 シトウからオルターの体調不良を伝えられてから、モモンガの風邪について一通り調べたつもりだったが、モモンガも咳をするとは知らなかった。無知を痛感しつつ、慌てて指先で背を摩ってやる。


「大丈夫。ごめん、まだ風邪が治りかけみたいで」


「ええっ!? 休んでた方がいいんじゃないか!?」


「いや、そこまでじゃないから気にしないで」


「オルターがそう言うなら……。でも、しんどくなったらすぐ言ってくれ。あんまり無理するなよ」


 オルターは、小さい身体にもかかわらず、購買部の誰よりも働き者で、それゆえに無理していないか心配だ。

 とりあえず大丈夫だと言うので、話を戻す。


「詳しいことは割愛するんだけど、ある出来事をきっかけに俺のことやけに褒めてくれてさぁ。それ自体は嬉しいんだけど、ちょっと違和感があったんだよな」


「う、うん」


「俺、あの人の前で変身魔法の練習したことなかったはずなのに、夜の練習をしてたことを知ってたんだ」


「へ、へぇ」


「だから、オルコットってもしかして」


「……うん」


「俺とオルターの深夜の特訓、見かけたことがあるってこと? だとしたら恥ずかしすぎるだろ! あの怪奇生物の展覧会を見てたってことだろ!?」


 寮の真裏でやっていたので、角度によっては確かに寮室の窓から見かけてもおかしくない。

 魔湧の森での変身は四年生を追っ払うためにあえて怪物に変身したと思ってもらえているだろうが、深夜の特訓は鹿や馬になろうとして失敗した成れの果てだ。望んで失敗した姿を見られるのと、成功を目指した失敗した姿を見られるのでは居た堪れなさが違う。

 穴が開いていたら入りたい気分だ。なんなら、今から自分で穴を掘ったっていい。それくらいの痴態を

晒した可能性がある。それを聞いたオルターは少し呆れたような顔をしていた。


「……彼女、気にしないと思うけど」


「そりゃあオルコットは一クラスメイトの無様な姿なんて気にしないだろうけど! 俺は気にするんだよ!」 


 たとえ眼中にないと分かっていても、学年のマドンナに醜態をさらしていたという事実が耐えがたい。既にクラスに人面豚を晒している身でなにを、という話だが、一回醜態を晒していたからと言って、二回目がマシになるという道理はないのである。


「まぁすぐに忘れてくれるよなぁ、俺みたいな落ちこぼれの醜態なんて」

 というより、忘れてくれという願いである。最早、自分の方が記憶忘却魔法で、その事実を忘れ去りたいまである。


「そう卑下することないのに。君は勤勉だし、魔法の実技も座学も熱心に取り組んでいる。多分彼女は君に対して一目置いているんだよ」


「なわけない。相手は高嶺の花だぜ」


 路傍の石ころに目もくれるわけない。みっともない姿だったから印象に残っているだけで、普段なら視界にも入らないだろう。

 今はただ憧れのマドンナの記憶からあの化け物を少しでも早く消え失せることを願うばかりだ。


「高嶺の花か……。実は案外近いところで咲いてたりして、ね」


「なんだそれ」


 意味深な言い方をするオルターをじっと見る。彼は薄く笑って、首を横に振った。


「なんでもないよ」


 結局、ひっそり呟いたオルターの真意は掴めないままだった。


これにて第二章は終了です!

明日は作品用語解説の更新があり、三章は6/30(月)からスタートです。

三章からは週2(月・木)更新予定です。

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