2-8 事件解決
オルコットを助けるには、ザックやゼノではダメだ。オルコットは秘密の露見をもっとも恐れている。学園でも強い存在感を放つゼノがオルコットを表立って庇えば、四年生もそう簡単にオルコットを脅せないだろうが、カウンターとして彼女の秘密をバラしかねない。
だから、変身魔法を使って自らの正体を隠蔽することにした。しかし、ただ変身するだけでは、ダメだ。他の人間ならザックやゼノと変わらない。相手が恐れ慄いて腰が引けるような姿でないと。熊や狼ですら、魔法使いにとって脅威になりえない。魔物であってもそんじょそこらのスライムやワームでは意味がない。
画策しているうち、ふいにザックはオルターが言っていたことを思い出したのだ。
ザックは自分が想像した通りに変身するのは苦手だ。蛙を思い描けばヌメヌメの円球に、馬を思い描けば四つ脚があるだけのモサモサになる。どうにも生き物の特徴を拡大解釈する癖がついている。しかし、何故か失敗した姿でも動いたり跳ねたりすることはできる。例えば今回の場合は、熊になりたいと思って魔法をかけた。そして、結果として熊ならざる異形になった。それだけで誰もが恐れ慄く怪物になれる。
失敗が成功なのが情けないが、今はこの特異な才能を生かすしかない。
あとは事前にこの森に忍び、タイミングを見て、この異形で後輩たちを森から追い立てる。そして遠距離からゼノが失神魔法を矢の形にして、彼らを射抜く。結果として、作戦は成功したといえよう。オルコットに正体がバレたことは想定外だったが。
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「これでこいつらに忘却魔法をかけられるよな?」
「忘却魔法というより、記憶改竄魔法ですね。どちらにせよ相手の同意なくこういった魔法をかけるのは魔法使いの掟に背くことなので気が進まないのですが、脅迫してきた者には適用されないことを祈るばかりです」
あの優等生のオルコットが掟に背いてでも、魔法を行使するなんて、よっぽどの秘密を握られていたのだろう。
オルコットが魔法陣の準備をしている間、ザックはバラバラの場所に転がっている男子生徒たちを一か所に集める。二人目の生徒を魔法陣の付近に引きずってくると、「一つ聞きたいことがあります」と魔法陣を描いていたオルコットが淡々と訊いてきた。
「あなたが私を助けようとしてくれたことは分かります。ただ、どうしてあなた一人でここに来たのですか? いくら相手が後輩であっても、単純に人の数が多い方が優位ではあったでしょう?」
「そうだな。俺一人じゃ頼りないし、ゼノがいた方がよっぽど早く終わっただろうし、オルコットの手を煩わせなくてすんだよな」
オルコットは一瞬変な顔をした。しかし、話を遮ってはこなかったので、そのまま続ける。
「百回やって百回成功する自信があったならそうしたと思う。でも百回のうち一回でも失敗する可能性があるなら、できる限りこの場に人は少ない方がいいと思った」
オルコットが首を傾げるのを見て、言葉を継いだ。
「だって、もしこの場に立ち会ったことでオルコットの秘密を知ってしまったとしても、俺一人だったら記憶を消すのも簡単だろ?」
オルコットは虚をつかれたかのように、目を見張った。
誰にも助けを求めたくない。万が一にでも秘密を知られたくない。と思っていた彼女のことだ。たとえあの陰険な四年生を撃退できたとしても、学園でも有数の実力者であるゼノが彼女の秘密を知ってしまったら、彼女の心に真の安寧は訪れないだろう。
たとえ忘却魔法をかけたとしても、強力な魔法使い相手なら魔法が弾かれたり、時間経過で思い出したりしてしまう可能性がある。実は知っているんじゃないか、いつか誰かにバラされるのではないか、そんな不安を抱えたまま、学校生活を送ることになるだろう。
それは、オルコットにとって怯える相手がすげ変わっただけだ。たとえ、ゼノがオルコットの秘密を知ったとしても、その秘密を使って脅したり強請ったりするはずがないとザックは知っている。しかし、オルコットは、そう確信できるほどの信頼関係をゼノと築けていないだろう。
「俺はオルコットの秘密は知らないけど、オルコットからしたら俺の発言なんて信用できないだろうからここ数日間の記憶、適当に消しといていいよ。その方が安心だろ?」
その点、ザック程度の実力であれば、格上のオルコットの魔法を弾くことはできない。ザックの魔法の実力は――悲しいことに――学年中に知れ渡っているので、オルコットもザック相手に魔法が弾かれるなんて思いもしないだろう。
この提案をすることはゼノにも伝えてある。多少の記憶の混濁はあろうが、後のことは問題ないだろう。
オルコットは、張り詰めた緊張がようやく解けたようだった。ふっと表情を緩め、首を横に振った。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。でも、忘却魔法は必要ありません。あなたが私の秘密を知ったとしても、そのことを隠し通せるほどあなたが器用でないことは知っていますから」
「た、確かに器用さを示す第四数値は低いけど、あれはそういう器用さとは関係ないし……」
「そういうことを言っているのではありません」
オルコットなおかしそうにくすくすと笑みをこぼした。
隙のない美少女が、不意に漏らす年相応の笑い方に、どきりと胸が高鳴った。
「それから、あまりご自身の実力を卑下しないでください。あなたのことを頼りないだなんて思ったことはありません。クラスメイトとして共に過ごした時間は短くとも、同級生としてあなたが熱心に勉学に取り組んできたことを私はよく知っています。変身魔法だって夜遅くまでずっと練習してきたのでしょう? 今すぐには結果が出なくとも、あなたの直向きな努力はいつか報われると信じてます」
何故だろう。穏やかに笑ったオルコットの姿が今このとき、この瞬間だけは、まるで長い間辛苦を分け合った友人のように見えた。あの麗しのマドンナの相貌が、愛くるしいモフモフに。
目の錯覚にしたって、オルコットに失礼な幻覚だなと内心でひとりごちる。
「ところで、今後はこの森に近付くことはないよな?」
「えぇ。そもそも教員の許可なしに森に立ち寄るのは規則違反ですから、平時であれば立ち寄ることはないです」
オルコットは意外そうにこてんと首を傾げた。
「森に近寄って欲しくないから、わざわざ助けてくださったんですか? 規則違反だからですか? あなたがこうも規則に厳しい方だとは知りませんでした」
「いや、そういうわけではないんだけど」
いよいよ困惑したように、形の良い眉が歪んだ。
なにかもっともらしい口実が出てこないかと、頭をフル回転させる。しかし、声になったのはしどろもどろの稚拙な言い訳だけだった。
「え、その、魔物が出て、危ない、から……?」
言葉に出してから、しくじったなと臍を噛む。
自分よりよっぽど優秀で力のある魔法使い相手に言うことではない。むしろ無礼でさえある。
五年間首席を維持し続けるオルコット相手に、落ちこぼれの自分がかける心配なんて、ありがたみを感じるどころか屈辱にすら感じるだろう。もう少しましな言い訳はなかっただろうか、と後悔がつのる。
果たしてオルコットは目を丸くした。パチパチと瞬きをした後、柔らかく微笑んだ。
「分かりました。近寄りません。他でもないあなたが心配してそう言ってくださるのなら」
この様子を見れば、ザックの言葉を不快には感じていなさそうだ。そのことに胸を撫で下ろした。
無事に忘却魔法をかけた四年生たちを森から離れた場所に転がした。そして、寮の前で別れる直前、オルコットは深々と腰を折って頭を下げた。
高嶺の花に頭を下げさせて、肝が冷える。
「やめてくれ。オルコットに頭を下げてもらうようなことはしていない」
結果としてオルコットを助けたかもしれないが、そもそもこの事件に関わることになった理由を思えば、素直に礼を受け入れるには後ろめたさが残る。
「いいえ、あなたがどう思おうと私にとっては頭を下げるに足ることです」
オルコットはザックの否定を受け取らず、キッパリと言った。
「ありがとうございます、ザック・ウィンター。そして、この場にいないゼノ・ウィンターにも、私に代わってお礼を伝えていただければ幸いです。あなた方の思いやりと献身にいつか報いたいものです」
花が綻ぶようなふわりとした笑み。目が合っただけで背筋が伸びるような凛とした美人の姿は今はなく、十代らしいあどけない美少女がそこにはいた。
可愛らしいと称されるような表情に、思わず茫然としてしまった。普段とのギャップに頭がくらくらする。
半分夢見心地で女子寮に向かう後ろ姿を見送っていた最中、あることに気付いて正気に戻った。
「……あれ? なんで俺が変身魔法の練習を夜遅くまでやってたことをオルコットが知ってたんだろ」
二章は次でラストです




