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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第2章 シェリル・オルコットの秘密
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2-4 声にならない救難信号


「――やはり、あなた方でしたか」


 透明魔法が割れて、姿を現したザックたちを見て、オルコットは苦々しく呟いた。


「どうして私が今日ここに来ると分かったのですか」


「それをわざわざ聞いてくるなんて大分重症だな。まだ気付いていないのか?」


 オルコットの問いかけを受けて、ゼノが自分の胸をとんとんと指で叩いた。反射的にオルコットが自分の胸元に飾られたブローチに触れて、あることに気付いて目を見開いた。


弾けろ(ミア・ルディール)


 オルコットが杖の先でブローチを叩くと、ブローチに纏わりついていた魔法の気配が飛び散った。ゼノがかけた追跡魔法だろう。


「いつの間に……、いえ聞くまでもないですね。それならあの時のブローチもあなた方が取ったのでしょう? 毎朝鏡の前でつけていますから、落とした記憶はなかったんですもの。でも、あの時は動揺していて……」


 自らの迂闊を悔いるように、オルコットは唇を噛む。


「ブローチを取られたり、追跡魔法をかけられたのに気付かなかったりするなんて、普段のオルコットならありえない」


 ゼノがきっぱりと言うのを聞いて、オルコットは肩を揺らした。


「……聞きましたか」


 オルコットの声が微かに震えている。冷雨に打たれて血色を失った顔が更に白くなる。

 ザックは慎重に言葉を選びながら、オルコットの問いに答える。


「あいつらに秘密を握られているって事は。その内容は聞いてない」


 それを聞いたオルコットは、安堵したようにほうと吐息を漏らした。それでいて、処刑を先延ばしにされたような、苦悩の溜め息にも聞こえた。


「無断でついてきたのは本当に悪かったと思っている。でも、オルコットがあいつらに困らされているのなら力になりたい。言える範囲だけでも良いから、事情を教えてくれないか」


 なるべく威圧感を与えないように語りかけると、オルコットの瞳が揺らいだ。ゆらゆらと視線が彷徨う。何かを言いたげに口元が緩む。

 迷いを感じるような仕草だった。事情を話してくれるんじゃないか、と期待した。しかし、それは一瞬のこと。オルコットはすぐにいつもの毅然とした態度を取り戻し、背を伸ばした。


「首を突っ込まないでください。あなた方には関係ありませんから」


 冷たく言い放たれて、分厚い壁を感じた。こうなってはどれだけ根気強く説得しようとも彼女から話を引き出すことはできないだろう。

 そのまま、オルコットは森から出ていった。オルコットがいなくなったら、ザック達もこれ以上森に滞在する理由はない。森からの帰り道、おもむろにゼノが口を開いた。


「どうする?」


「どうもこうも……。放ってはおけないだろ」


 このまま放置しておけば、オルコットの第五水晶値の上昇は免れない。そして、それは後輩達もだ。加害者側の心配をするのも釈然としないが、誰が第五水晶値が上がったとしても全体の不利益に違いないので仕方ない。


 勿論、放っておけない理由は、第五水晶値についてだけではない。オルコットの異様な様子を見れば、あの後輩男子たちに何かしらの秘密を握られていて逆らえないのは分かる。彼女とは特別親しいわけではないが、四年間同じ学舎で過ごしてきた同級生だ。第五水晶値が関係なくとも、力になりたい。


 しかし、オルコットを助けるにあたって障害となるのが彼女が隠している秘密についてだ。ザックの手助けの申し出に対して一瞬躊躇ったのち断ったのは、そのことが関係しているのだろう。ザックのような吹けば飛ぶような木っ端にさえ、秘密を知られるリスクを恐れているとなれば、表立って彼女の助けになるのは難しい。


 それにしても、国の歴史と共にあるオルコット家の令嬢を強請るようなネタなんてそうそうあるとは思えないのだが、一体彼らはどんな秘密を握っていたのだろうか。

 まぁ秘密の内容についてはどうでもいい。オルコットとあの男子達が森に近づかないよう問題を解決するのが目的であって、秘密に自体は知る必要はない。


「記憶忘却魔法ってあったよね。あれでオルコットの隠したい秘密についての記憶を後輩達の頭から消すことはできないの?」


 ゼノの提案通り、忘れてもらうのが最も手っ取り早いことには違いない。後輩達がオルコットの秘密を忘れたら、強請るネタはなくなり、人目を避けた森であんなやり取りをする必要もなくなる。

 しかし、それができれば最初から苦労はない。 


「あれは、座標指定が必要な魔法だから、過去視魔法と同じように、魔法陣の中に対象が入っている必要がある。あいつらがそんな協力的に魔法陣に入ってくれると思うか?」


 加えて、記憶忘却魔法は、期間の明確な指定が必要である為、ザックやゼノのような部外者がピンポイントにオルコットの秘密を消すことはできない。お膳立てまではしても、実際に魔法を行使するのはオルコットである必要がある。


「ゼノは魔法武器術で、多対一の訓練をしたことあるよな? 存在を気付かれないうちにあいつらを気絶させることはできるか?」


 仮に忘却魔法を使うにしても、まずは相手を魔法陣に押し込まなければ話にならない。

 恐らく動きを封じること自体は不意を突けばそう難しいことではない。しかし、こちらの助力が露見すれば、彼らはオルコットの秘密をどのように扱うか分からない。なので、こちらの存在に気づかれないように彼らを魔法陣に押し込む必要がある。

 ゼノの対面能力なら不可能ではないように思えるが、彼は意外にもうーんと首を傾げた。


「どうだろうなぁ。倒せるは倒せると思うけど、気付かれないうちに、っていうのは難しそうだ。オルコットと話している時のあの四人、四方向にきっちり警戒していたし、さっきも近付きすぎると気付かれる恐れがあった。透明化魔法を使ってても、全員倒す前には流石に魔法が剥がされそうだ」


 六年生さえ圧倒するゼノがそう言うなら間違いないだろう。

 一人一人はそれほどの実力者には見えなかったが、伊達に三年も専門魔法教育を通っていないと言ったところか。

 ゼノは腕を組んで少考した後、「それならさ」と話を切り出した。


「あの四年生に別のところで話をしてくれ、って言うのはどうかな」


「……え?」


 一瞬、全く別の話題を振られたのかと思った。

 ザックが検討する解決策とはほど遠い提案をされたものだから、思考が回らなかった。

 落ち着いて、ゼノの言葉を噛み砕いて、なんとか彼の意図を汲み取ろうとする。


「オルコットを呼び出す場所を魔湧の森以外にしてくれ、ってあいつらに頼むってことか?」


「うん」 


「それは……本質的な解決にはならないだろ」


「本質的な解決って、オルコットがあいつらに脅されないようにするってこと? オルコットは放っておいてほしい、って言ってたのに? それにオルコットに出来ないことで俺たちに出来ることってあるかな」


 淡々と言われて言葉に詰まる。


「俺たちが一番防ぎたい事態って、魔王の復活で、つまりは瘴気が溜まりやすい魔湧の森に数値が高くなっているオルコットを立ち寄らせないことだろ? なら、関与はしないから別のところでやってくれって話をつけるのが手っ取り早いと思ったんだけど、駄目かな」


 本来の目的を思えば、ゼノは間違ったことを言っているわけではない。だが――


「……それをあの男子達に言ったとして、彼らが受け入れるかどうかは分からない。それなら魔湧の森に立ち入る理由の方を解消した方が、俺は良いと思っている」


「まぁ、それもそうか」


 ゼノは食い下がることはなく、あっさりと提案を取り下げた。しかし、あまりにも平然と言うものだからもしかして、俺の方がずれているのか? と不安になる。

 ゼノと話しているとたまにどちらの方が「普通」なのか分からなくなって、世界が揺らぐ。自分たちは孤児院という狭いコミュニティで生きてきたから常識に疎いところがある。ザック自身はゼノよりも世間に馴染んでいると思っているが、それでもゼノの意見を突っぱねられるほどの自信があるわけではない。


 それに今回においては、ゼノの提案は一理ある話でもある。薄情ではあるが、最悪彼らがこの森に立ち入りさえしなければ第五水晶値の上昇を防ぐという目的は達成される。

 しかし──ザックは、オルコットの怯えた表情を思い出す。あの顔を見て、彼らの問題に関与しないでいるというのは無理な話だ。

 結局「次彼らが魔湧の森に立ち入るまで、一週間ある。その間になにかいい案が浮かばないか考えてみるよ」と茶を濁し、その場は解散となった。


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