表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の数字  作者: 竹津りょう
第2章 シェリル・オルコットの秘密
PR
21/26

2-2 オルコットの異変


「――なぜ、あなたがそれを知っているんですか」


「……え」


 こう問い返されること自体が、魔湧の森へ立ち入ったか否かというザックの質問への答えになっていた。


「何か、見ましたか?」


 陶器のようなつるりとした肌が、長い睫毛に縁取られた宝石の瞳が、ふっくらとした桃色の唇が、彼女の持つ美しさの全てが、警戒心に染められて、ザックの方を向いている。鬼気迫る表情に、息を呑む。


 何かを言わなければと思っているのに、想定外の返答と、学園のマドンナとの距離の近さに頭が真っ白で、何も考えられない。誤魔化すにせよ、核心に迫るにせよ、話を繋げなければならないのに。

 ――その時、ぬ、と彼女の顔に影がかかった。迫り来る人の気配に気付いて、オルコットの後ろに視線を向ける。オルコットもザックと同じタイミングで、背後の気配に気が付いたようで、弾かれるように後ろを振り向いた。


「取り込み中のところ、割って入ってごめん。このブローチ、オルコットのじゃないか?」


 ゆったりとした口調で、手の中の宝飾品を見せつけてきたのは、ゼノだった。

 いつの間についてきていたのだろう。ザックが唐突に現れたゼノに目を白黒させている一方、オルコットは慌てて、胸元を確かめた。つまり、普段なら美しい家紋のブローチが飾られている場所だ。あるはずのものがないことにそこでようやく気が付き、美しい眼が大きく見開かれた。


「えっ……、あっ、いつの間に……」


オルコットの視線が自分の胸元とゼノの手の中を何度も行き来する。


「俺とザックで魔湧の森の近くを通りかかることがあって、偶々見つけたんだ。見覚えのあるブローチだったからオルコットに返そうと思ってたんだけど、記憶違いの可能性も否定できないし、念のためその辺で落とした覚えがあるかって聞きたかったんだ」


 存在しない記憶をつらつら話すものだから、ゼノが言ったことが真実のような気さえしてくる。


「ザックから話をしてくれるって、言ってたけど俺がブローチ預かりっぱなしだったの忘れてて、追いかけてきた」


 ゼノがそこで一区切りつけて、オルコットの反応を待つ。オルコットは彼女らしからぬたどたどしさで慎重に言葉を紡ぐ。


「え、えぇ、確かに、行った、かもしれません。ありがとうございます」


 ゼノがブローチをオルコットの手の内に返す。彼女は手の中のものをぎゅうと握りしめて一礼すると、教室へと戻っていった。その背中が見えなくなって、二人同じタイミングで息を吐いた。妙な緊張感から解き放たれた気分だ。


「ごめん、話の途中に乱入しちゃって。尋常じゃない様子で教室から出て行ったからちょっと気になって」


「いやむしろ助かった。オルコットの反応が想定外だったから、完全にパニックになってた」


 まさか、あそこまで動揺している姿を見るとは思わなかった。 


「にしても、ブローチなんていつ拾ったんだ」


 割って入るには都合の良すぎる言い訳だった。オルコットのブローチを拾ったなら、先に伝えてくれてもよかったのに。

 しかし、ゼノは平然とした顔でこう返した。「拾ってないよ。二人が教室出る時にこっそり拝借しただけ」


「は?」


 困惑するザックをよそに、ゼノは杖を構えて呪文を唱えた。


風よ(ミア・フリューゲル)


 ゼノが右手に構えた杖から、そよかに風が送られてくる。風は、ザックのネクタイを揺らし、制服に留めるネクタイピンだけをするりと抜き去って、ゼノの左手の中に収まっていった。


「と、こんな風に」


「……なるほど」


 返してもらったネクタイピンを定位置に戻しながら、ううんと感心の声が漏れる。


「驚いたな」


「うん」


「お前がそんな機転がきくようになったとは」


 すれ違いざまにブローチを奪い取って、いけしゃあしゃあと嘘をつくとは。もう彼と出会ってから十年にもなるが、そんな器用なことができる印象がなかったので、意外だった。


「オルコットの話じゃなくて? というか俺、見くびられてる?」


 不服そうにじとりとした目を向けられたので、思わず笑ってしまった。


「だってお前、嘘苦手だろ」


 ザックの知るゼノという男は、昔から嘘やお世辞とは無縁で、誤魔化しができない人間だった。だからその印象が覆って、少し驚いた。

 言うと、ゼノは苦汁を喫するような顔で「別に言えないわけじゃない」と呟いた。


「極力言いたくないから必要ない時には言わないだけ」


「ふぅん」


 真面目というか、潔癖というか、頑固というか。

 正直羨ましい部分はある。嘘というのは生存戦略の一つだ。弱者が生き抜くためにはそれに頼らねば生きていけない。それを使わなくてすむのは、自分を偽ってみせる必要がないほどの強さがあるからだ。

 話が逸れた。本題のオルコットの話に戻ることにする。


「冗談はさておき、さっきの話に戻るけど……オルコットの様子なんか変だったよな」


「うん、彼女らしくなかったな。あんなに簡単にブローチを盗られるなんて」


 ザックがオルコットに対して変だ、と思ったのは、教室で声を掛けた時の青ざめた顔や壁に押し付けられた時の鬼気迫る表情だったのだが、ゼノからしたら、みすみす誰かに物を盗られて気が付かないという方が違和感があったらしい。


「俺はオルコットと三年の頃から同じクラスだけど、彼女はいつだって隙がない。授業中クラスメイトの暴発した魔法がかすったところだって見たことない。意識外のところから来た攻撃にも瞬時に気付く。だから、俺がこんなにも呆気なくブローチを手に入れられたことに驚いたな」


「それは……ゼノの魔法が上手かったからオルコットが気付かなかった、ということではなく?」


 魔法の素質を示す第一水晶値だけで見れば、ゼノはオルコットを上回っている。水晶値が必ずしも魔法の成績に直結しているわけではないが、内に秘めたる才能においてはゼノはオルコット以上の可能性がある。オルコットが優秀であることに疑念の余地はないが、ゼノだって負けてはいないはずだ

 しかし、ゼノは断固とした口調でザックの推測を否定した。


「いいや、それはない。少なくとも俺の風の魔法の練度より、オルコットの魔法を感知する力の方が高いよ。彼女は肌感で魔力の気配を読める。いつもなら絶対に気付いてる」


 魔法使いとしての優劣は一つの魔法の練度だけでは判断出来ないが、少なくともこの件についてはゼノの見解が参考になりそうだ。なにせ、ザックは、ゼノともオルコットとも同じクラスになるのは今年で初めてである。オルコットは、一年次から首席の座をキープし続けている有名人であるので、ザックも彼女のことを多少は知っているが、得意な魔法や、魔法の練度についてはゼノの方がオルコットに詳しいに違いない。


「オルコットの様子が妙なのが、魔湧の森に踏み入っているのと何らかの関係性があるのか気になるな。偶々一回だけ立ち寄ったとかならあんまり首を突っ込まない方がいいのかもしれないけど、足繁く通っているようだったら心配だな」


「そうだね。にしても、なんの為に魔湧の森に立ち入ったんだろう? 俺みたいに鍛錬の場所を探して辿り着いた、って感じじゃなかったよな」


 立ち入り禁止の場所だからこそ、立ち入ってまで使いそうな用途は限られている。どうしても誰かに見られたくないやり取りをするだとかが真っ先に候補に挙げられるだろう。半月前のザックもゼノが魔湧の森に立ち入っていることを知った時、誰かに強請られているのではないかと杞憂した。


 しかし、オルコットを強請れるような立場の人間がいるかという疑問もある。オルコット自身がすでに強力な魔法使いである上、彼女のバックの生家は建国より歴史のある名家だ。強請られているとしたら、よっぽどの弱みを握られていることになる。

 オルコット家の一人娘を意のままに操るような秘密は思いつかない。かと言って彼女のような優等生が魔湧の森に立ち入るような理由も思い浮かばなかった。

 このまま自分の頭だけでうだうだ考えてもオルコットの思考を読めるわけではない。瘴気を吸うリスクを覚悟で、オルコットが魔湧の森で何をしているか見張るしかないだろう。


「次、オルコットが魔湧の森に近付いた時、何らかの手段で知れればいいんだが」


 とりあえずはコレに尽きる。二十四時間あそこに張ることもできなくはないが、自分たちの第五水晶値が上がっては元も子もない。

 顎に手をやって考え込んでいると、間髪入れずにゼノが「できるよ」と答えた。あまりに軽い調子で返事が返ってきたので、ザックは間抜けにも口をぽかんと開けたまま、固まってしまった。


「あのブローチに追跡魔法掛けておいたから、オルコットがどこにいるかリアルタイムで分かる。魔湧の森に近付くようだったら、ザックに教えられるよ」


 目的を思えば、最効率の魔法だ。長期間魔法を保持する負担は気になるが、ゼノほどの魔法使いならばその不安もさほどないだろう。

 しかし、その案を良しとするには相手が悪すぎる。ザックの顔が引き攣って、背筋に汗が滝のように流れて背中が冷えていく。


「待て待て待て! 同級生女子、しかも名門魔法使いの令嬢の居場所を常に把握しておくなんて外聞が悪すぎる!」


「変なことに使うわけじゃないし、気にしなくていいと思うけど……」


「俺たちにそんなつもりはなくとも、バレた時の世間的な見え方は違うだろ!」


 ゼノの提案はストーカーと紙一重だ。


「そうだ。気付かれるかもしれない。だって相手はあのオルコットだぞ」


 第三者が気付くより、本人が気付く可能性の方が高い。高嶺の花のオルコットに軽蔑の目で見られでもしたら、とても生きていける心地がしない。 


「逆だよ。『あのオルコット』が気付かなかったんだ。そっちの方が心配だと思うけど」


 ゼノが彼女の名前を強調するように言った。それ自体が異変であると言わんばかりに。


「そもそも普段の彼女なら、ブローチを受け取った時点で気付いてる。でも今は、時間が経っても魔法を取り消される気配はない」


 心身の不調が魔法に影響する、というのはよく聞く話だ。今回も彼女の、魔法の気配に対する感知力を鈍らせている。

 なので、彼女の抱える問題が解決するまでは追跡魔法も解除されないとゼノは踏んでいるのだろう。それでも、憧れの女子の居所を確認するような魔法に対して、どうしたって前向きな気持ちになれない。ストーカー告発に怯える気持ちはあるが、それ以上にほんのりとした罪悪感がある。


「大丈夫かなぁ……」


「ザックが不安なら、魔法を解除して別の方法を検討するのでもいいけど」


 かと言って最適な方法も思いつかない。ぐううう、と唸りつつも苦渋の決断を下す。


「……魔法はそのままでいい。オルコットが不審な動きをしたら教えてくれ」




 二人が教室に戻る頃には、クラスメイトがまばらに集まってきていた。

 オルコットはというと、先ほどの動揺が嘘のようなすました顔で、席で魔法書を読んでいる。こちらを見る気配もない。

 ゼノの追跡魔法にオルコットがいつ気付くか気が気でなかったが、結局その日のうちにゼノから魔法が解除されたといった知らせはなかった。


 次の日も、ザックは授業中の彼女の様子をこっそり窺っていた。いつ見てもオルコットは背をぴんと伸ばして、真剣に講義を受けている。

 彼女ほどの家柄の魔法使いなら、受ける講義の大半は既に実家で学んでいそうなものだが、どんな授業でも気を抜いている姿を見ことがない。いつも通りの彼女の様子に、あの時の動揺は夢だったのではないかと、記憶の方が疑わしく思えてくる。

 しかし、ふとした瞬間にオルコットが思い詰めたような顔を浮かべるのをザックは見逃さなかった。



■■■■■

 

 

 オルコットが動き出したのは、ゼノが追跡魔法をかけてから三日後の夜のことだ。自室にいたザックが、いよいよ夜も更けてきたので部屋の電気を消して寝ようとしたその時、窓の方からコツコツと何かを小突くような音が聞こえた。

 不思議に思い、窓を開けて外を見る。鳥の嘴で突いたような音に思えたが、周辺でそれらしき影は見当たらない。気のせいかと身体を引っ込めようとしたその時――


「ザック」


 自分の名を呼ぶ影が降ってきて、身体を跳ねさせた。


「うおっ!?」


 思わず後ずさると、その正体が判明する。蝙蝠よろしく逆さの状態で現れたゼノだ。

 ザックが後ろに下がったタイミングで、ゼノは窓の枠を支えにして開口部に身体を滑り込ませ、部屋の中に着地した。


「びっくりした……。なんだってそんなとこから入ってくるんだよ」


 まだ心臓がドキドキしている。窓を開けたら逆さ吊りの幼馴染みと対面するなんて心臓に悪すぎる。


「たまたま屋上にいたから、ここからの方が早いかなって」


 たまたま屋上にいるような用事があるか。その突っ込みは声になる前に、続くゼノの言葉を聞いて、飲み込むことになる。


「オルコットが寮から出ていった」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ