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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第2章 シェリル・オルコットの秘密
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20/25

2-1 新たなトラブル

■■■■■


アンドレア王立魔法学園 五年A組 十一月度水晶査定結果


シェリル・オルコット      81・90・65・79・20


ロジャー・フロスト       55・41・80・62・15


ライラ・ギルマーティン     57・48・70・55・12


メルヴィン・ケンドリック    61・74・31・60・18


ヴィンセント・マクドゥーガル  58・65・56・78・36


テレンス・オーマン       65・50・73・26・28


アビゲイル・ローズ       72・70・15・20・19


ブライアン・シーウェル     61・35・60・40・12


ゼノ・ウィンター        90・41・92・81・61


ザック・ウィンター       37・78・22・31・27


■■■■■


「……第五水晶値、上がってないな」


「うん。……良かった」


 十一月の水晶査定結果の張り出しを見て、ほうと息をこぼす。

 普段はあまり査定結果を気にしないゼノだが、今日ばかりはさすがに他人事に思えなかったようだ。放課後になってすぐに落ち着かない様子で、ザックに一緒に見に行かないかと誘ってきた。

 ザックはゼノと違って、毎回律儀に見に行っているので、その誘いを断る理由もなく、二人で査定結果が公開されている大広間に向かったのだった。


 今日の結果を見て安堵したのだろう。一時期は顔面蒼白だったゼノの顔に、すっかり血の気が戻っている。ゼノの様子を見て、ザックも少し肩の荷が下りた心地がした。


 あれからというもの、ゼノは一度も魔湧の森に踏み入っていないと言っていた。

 そうなると、確信とまでは言えないが、瘴気が第五水晶値に影響を与えるというザックの仮説には一定の信頼を持てそうだ。


 本来は、水晶管理委員会に相談するべきなのであろう。しかし、水晶値の真実を知った者に対して、どういった処遇が言い渡されるのか不明であるのに、相談するのは憚られた。

 そして、魔王の素質が高いことが周囲に知れ渡るのは、ゼノの身を危うくしかねない。ザックのように魔法の素質が低い人間ならまだしも、彼は身体能力も、魔法の実力も頭一つどころか、数個分抜けている。第五水晶値の真実を知った人間からすれば、より脅威に感じることだろう。


 今は、自分達の第五水晶値を上げないことが一番だ。

 ザックも安心して、自分のクラスの査定を見直して――違和感に気付いて顔を顰めた。


「……シェリル・オルコットの第五水晶値が上がってないか?」


 シェリル・オルコットとは同じクラスの少女である。クラスの査定結果の一番最初に名前が書いてある。


「そうなんだ? 俺は他の人の数値、全然見てなかったから気付かなかった。ザックは記憶力がいいね」


「……別に。気付いたのはたまたまだよ、たまたま」


 第五水晶値が勇者の資質だと信じていた時、周囲の人間の数値が気になって仕方がなかった。自分と同じくらい低い人はいないか。毎回、目を皿のようにして見ていた。

 その中でも特に、他の数値が軒並み高いオルコットが第五の水晶値だけは他人よりも低かったことが意外だったので、記憶に強く残っていたのだ。確か彼女の第五水晶値は先月までは一桁だったはずだ。それが今は二十まで上がっていた。

 劣等感からの気付きだったため、ゼノからの褒め言葉を素直に受け取ることができずに、彼からの視線を逸らした。


「でも、オルコットみたいな優等生が、校則を破って魔湧の森に行くことがあるかな」


「それなんだよな。あのお嬢様がそんな規則違反を起こすとは思えない。でも探りを入れてみてもいいかもな」


 なにか訳があって、魔湧の森に立ち寄っているなら、それとなく魔湧の森に立ち入らないよう誘導しておくべきだろう。もしくは、魔湧の森以外にも近くに瘴気濃度が高い場所があってそこに立ち入っている可能性もある。そういった場所を知ることができれば、それだけで大きな収穫になる気がした。



■■■■■



 ということで翌日、少し早い時間に登校した。オルコットはいつも一番早くに教室にいる。ザックが教室の入り口から覗き込むと、彼女の他には誰もいなかった。尋ねてみるとしても、人の少ない時間の方がいいと思っていたので、狙い通りだ。なにせ彼女はとびきり目立つ。学年の落ちこぼれと二人で会話をしているとあらば、周囲の耳目を無駄に集めかねない。


「俺がオルコットに探りを入れてみるから、ゼノは教室の外に待機していてくれ。男二人で話しかけて余計な圧を与えたくない」


「分かった」


 ザックと共に普段より一時間早起きしたゼノは目が開ききらないながら頷いて、教室から離れた。寝ぼけ眼のぼんやりした顔なのに、それさえも憂いのある表情に見えてくるのだから美青年は得だと思う。


 ゼノが離れたのを確認してから、ザックは教室へと足を踏み入れた。

 窓際で背筋をピンと伸ばして、授業の予習をしているオルコットの美しい横顔を見ると、どきりとする。


 シェリル・オルコットは入学当初から特別な学生だった。四年同じ学舎で過ごしていてもその認識が覆ったことはない。

 それは彼女の才能のことであり、容姿のことでもあり、更に言えば家柄のことでもあった。彼女を構成する全てが、一般庶民とは一線を画するものだった。

 オルコット家と言えば、王国でも指折りの名門魔法使いの家だ。魔法の発展に大いに寄与し、教科書にはオルコットの姓を持つ偉人の名前をよく見かける。現代ともなると、昔の威光に多少の翳りが見えるが、それでも一目置かれる存在なのは間違いない。


 水晶の判定においても常に高水準の数値だ。水晶値と、実際の成績は必ずしも相関関係にないのだが、彼女は水晶値以上に結果を出してくる優等生だった。魔法の素質を表す第一水晶値自体は彼女より高い同級生が他にもいるにもかかわらず、彼女が入学時から首席を譲らないことから証明できるだろう。


 そして俗物的な視点で恥ずべきことだとは思うのだが、やはり年頃の少年としてはオルコットの容姿の特別さについては語るざるをえない。彼女が楚々と歩く度に、臙脂のリボンでハーフアップにした栗色の髪の毛が艶やかになびき、彼女がゆったりと瞬きをする度に、アーモンド型の琥珀が煌めいて、眼窩に飾られた宝石に釘付けになってしまう。

 多くの人は彼女のような美人を宝石か、花か、蝶の美しさで例えるのだろうが、ザックの知識と語彙では、彼女の美しさを飾る言葉の方が見劣りする。

 それほどの美貌を持ち合わせておきながら、彼女は異性に過度に持て囃されるわけではない。高価な宝石を見ても、容易に触れられず、気圧されてしまう感覚と同じで、彼女はどうも近寄り難かった。

 それでいて、どんな男子も彼女からの眼差しには敏感だった。お近づきになりたいなんて願望を抱くことこそ恐れ多いものの、彼女には失望されたくない、彼女の前ではカッコつけていたい、と見栄を張りたくなる。それはザックもまた例外ではなかった。


「オルコット、少し聞きたいことがあるんだが少し時間いいか?」


「はい、なんでしょうか?」


 本と向かい合っていたオルコットが、顔を上げると、美しい琥珀の双眸に自分の姿が映り込んで胸が跳ねる。

 授業以外でほとんど関わりのないザックに唐突に声をかけられて、オルコットは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの凜然とした表情を取り戻した。

 努めて冷静であろうと意識して、彼女に話しかけたのだが、真正面から見つめられるとそんな覚悟も忘れて緊張してしまう。せめても、声が上擦らないようにと細心の注意を払って次の句を継ぐ。


「最近、魔湧の森に近寄ることあったか?」


 恐らく返答はノーであろう。あるいは真面目な彼女のことだから、教授の手伝いかなにかで足を踏み入れる機会があったかどうかといったところだろう。

 だから、ザックの質問を聞いたオルコットが青ざめた顔でこちらをを見つめ返してくるだなんて思いもしていなかった。

 まるで触れてはいけないものに触れてしまったかのような反応に、ザックの顔も強張る。

 彼女は咄嗟に左右を見渡した。自分達の周りに耳目を立てている者はいないか確認しているようだった。


「……その話はこちらで」


 声を潜めたオルコットが顎で教室の外を示す。

 予想外のリアクションに面食らいつつも、先んじて教室を出たオルコットの後を追った。


 魔湧の森に立ち入っていなければ立ち入っていないと言えばいいだけ。立ち入っていたとしても、やましい理由でなければ焦る必要はない。それを思うと、オルコットが場所を変えてまで返答を先延ばしにしたのは妙だ。掘り下げられると困る事情でもあるのだろうか。

 彼女についていきながら、そんなことを考えていると唐突に腕を掴まれた。


「え」


 制服越しにではあるが、オルコットの嫋やかな指の感触を知って、緊張する。とてもそんな場合ではないのに、思わずにやけそうになった口をもう一方の手で隠した。が、それも一瞬のこと。強い力で腕を引っ張られて、顔の笑みは吹き飛んだ。


「うおっ!?」


 階下の踊り場の影に身を隠すように、壁に押し付けられた。

 背中に固い壁を感じる。大理石のひんやりとした温度が制服越しに伝わってくる。

 らしくない乱暴さに、目を白黒させているうち、彼女は声を低めて訊ねてきた。


「――なぜ、あなたがそれを知っているんですか」


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