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勇者の数字  作者: 竹津りょう
間章 ゼノ・ウィンターの絶望
17/20

1.5-1 もふもふの博識家


「なんの本、読んでるの」


 購買部のアルバイトの最中、オルターが読書をしているザックの元に寄り、恐る恐るといった体で訊ねてきた。


 店内に客がいない時は、シトウに何をしていてもいいと言われている。閉店近くになって客入りが少なくなってきたため、ザックはレジ番をしながら図書館で借りた本を読んでいた。いつもはこのタイミングで授業の課題をこなしていることが多いので、授業とは無関係の文献をよんでいることがオルターには珍しく感じたのかもしれない。


「『魔王誕生の歴史』。オルターは読んだことある?」


「……興味深いもの読んでるね。僕も読んだことあるよ。大分昔にだけど」


「なら話は早いな。オルターに聞きたいことがあるんだ」


 課題について訊ねるのと同じようなトーンで問いかけたのだが、オルターの探りを入れているような視線に気付いて、ぎくりと身体を強張らせる。


 というのも購買部に顔を出すのも実に一ヶ月振りだったからだ。魔界の穴に落ちて、魔王復活が近いと知ってからというもの、いてもたってもいられなくなり、授業以外の時間は図書館に籠もり、魔王関連の参考文献を片っ端から読みあさっていた。この購買部のアルバイトさえ、休みを申し出ていた。更に月初めに千年前の水晶贈呈のシーンを覗いて、とある驚愕の事実を知ってからは、その調査はより熱が入る。と思いきや、現実はシビアなもので、早々に貯金の心許なさに不安を覚え、購買部のアルバイトに復帰することにしたのだ。

 終末を前にして、いつかの魔王復活より明日の食費が優先してしまうなんて、世知辛いものである。図書館の魔王関連の蔵書は大抵読み尽くしたため、あとは天才モモンガのオルターの意見を聞きたかったというのもある。


 とはいえ、第五水晶値の真実については混乱を避けるため、秘密にするつもりだった。しかし、オルターの鋭い視線を見ると、全てを見透かされているような気がして、落ち着かない。


 努めて平静を装って、「俺の顔になにかついているか?」とだけ聞く。

 オルターは険しい顔をしていたが、しばらくするとふっと表情を緩めた。


「変身魔法派手に失敗したって聞いたから、ちょっと心配してたんだ。しばらくアルバイト休んでたし、今も平気なフリして我慢しているんじゃないかと思ってたけど、そうじゃないなら良かった」


「あ」


 すっかり変身魔法の大失態のことを忘れていた。あの日は、変身魔法を失敗した日というより、魔界の穴に落ちた日という印象が強くなっていた。そこから過去視魔法で水晶の真実を知り、最早変身魔法の失敗を落ち込む暇なんてなかったのだ。


「折角オルターが時間を割いて変身魔法を教えてくれたのに、良い報告ができなくて悪い」


「ううん、また付き合うから気にしないで」


 まったくもって良き親友である。たとえ学園全員に馬鹿にされて挫けそうになっても、このオルターがいる限り、ザックの心が真に折れることはないだろう。


「で、聞きたい事って何?」


 無論魔王のことである。それも勇者レイモンドが倒した「8回目」の魔王だ。

 千年前の魔王が最も被害を与えた災害だったため、世間でもしばしば誤解されているが、実は魔王は千年前に突如として現れたわけではない。建国よりも前に魔王は生まれ、人々に被害を与える度に、救世の勇者が立ち上がり、魔王の討伐を行っている。しかし、そのどれも完全な退治には至れていない。あの最強の勇者と名高きレイモンドですら過去の勇者と同じく魂の封印が精一杯だった。しかし、千年の封印というのは、魔王が復活するスパンとしては今までになく長い期間だった。


「過去の魔王は数百年に一度復活しているだろ。けど、今回は最後の封印から千年も経っている。魂が同一の形を保てるのは、観測されている限りだと500年が限界だから、もう既に魔王の魂は摩耗して、復活しない可能性が高いってこの本には書いてある。あくまで一説とはいえ俺はしっくり来なくてさ。オルターはどう思う?」


 まずはジャブといったところ。これでオルターがこの本の著者と同意見なら、話はこれで終わりだ。まずは浅瀬で彼の主張を探る。


「そうだね。僕も、ザックと同じ意見かな。魔王が初めて誕生した時から考えると、500年はずっと昔に、それこそ6回目が生まれる前から経っているわけで。それを考慮すると、人間の魂と同じに扱うこと自体議論の余地があると思う。魔王消滅を信じたい気持ちはあるけれど、そこまで僕は楽観的にはなれないな」


 そういえば、とオルターは何かを思い出したかのように話を続ける。


「魔王の復活と言えば、実は魔王は人間の身体を器として復活している、なんて説もあったらしいね。肉体は人間と似ている部分もあるし。だいぶ昔の学者が唱えたきり、今は下火になっている仮説だけど」


 どくん、と心臓が跳ねた。

 その説は今まで読んできた本の中には書かれてなかった。少なくともここ300年くらいの書物では。まさかオルターから真実に近い説が出るとは思わず、本を持つ手に、じとりと汗を感じる。


「どうして、その説は下火になったんだ」


「生きていようが、死んでようが人間の肉体を損壊させるまで攻撃を加えてくる魔物の特性的に、人間を完全体のまま材料になんかできるはずがないって理由だね。だから、魔王の容貌については人間と近い姿をとることで、人間の警戒を解こうとしているって説が今は一般的。魔王はいくつかの魔物の特徴を持っていることは今までの記録から分かっているし、様々な姿に変身できるシェイプシフターの力を持っていても不思議じゃない」


「……なるほど」


 魔王人間説が下火になった理由については、その説が一般的になった場合、誰が魔王になりうるかで民の中で混乱が生まれる可能性を政府が憂いた結果、もみ消された可能性もありそうだ。第五水晶値の真実を隠し続けていることを考慮すると、充分ありうる。

 それはさておき、オルターが博識なおかげで期せずして本題に繋げる道ができた。


「オルターはもしも……、その説の通りに人間の中から魔王が生まれるとしたら、どういう人間が魔王になると思う?」


 たらりと背中に汗が伝うのを感じる。違和感を持たれないように、唐突だと感じられないように、切り出したつもりだ。はたしてオルターは世間話の一環のごとく、軽い調子で切り返してきた。


「どういう人間が、っていうのはもしもの話でも正直分からないな。……けど、そうだな。魔王が生まれうる最低限の条件は分かるかな」


 ごくりと息を呑んで、オルターの継ぐ言葉を待つ。


「それは、魔物と敵対している相手、つまり人間が生きていること」


 がくっと、肩から崩れ落ちそうになった。緊迫感が急激に薄れていく。パンの作り方を聞いて、小麦粉を用意しますと言われたような気分だ。


「それだけ?」


「いやいや、当たり前のようでいて、結構大事な事だと思うな。だって究極的に言えば、人類が材料となって魔王が生まれる説が本当なら、人類が存在しない世界では魔王もいないってことでしょ? じゃあ、人間がいることが不都合な存在――つまり、魔物視点から考えれば多少の条件は絞り込めそうな感じはするし」


 オルターの意見を採用すると、魔王の復活を阻止する手っ取り早い方法が人類の滅亡ということになりそうだ。魔王復活の阻止の案としてはあまりに参考にならないが、魔物視点で考える発想自体は中々に興味深い。


「だから、魔王っていうのは魔物が作り上げた対人間防衛機構だったりして。というのは陰謀論に近いかな?」


 オルターが冗談めかして言ったその時、閉店間際駆け込みの客が彼の名前を呼んだ。接客のためその場を離れたオルターを目で見送りながら、ザックはぽつりと呟いた。


「防衛機構、か」


 魔物にとって一番恐れるのは、人間に害されることだ。

 自分達が殺されないようにするなら、自分達を最も害するものを魔王にすればいい。かつ可能な限り強いものが望ましい。


 それは何の尺度で証明できる?

 そしてそれは魔物側でどうやって知ることができる?


 自分とゼノの第五水晶値が急激に上昇したタイミングを考慮する。10月、いつもと変わったことがあった。魔界の穴に落ちて魔王の封印石と対面した。千年前の過去を見た。衝撃で言うと、前者も後者も大きかったが、魔物が関与するのは前者の方だけだ。

 魔物を殺した回数? 魔界の穴に潜った回数?

 真相に近付いている気がするが、正解にするにはしっくりこない。そういった回数を魔物側がカウントしているというのはあまりに非現実的だ。もっと分かりやすく、自分の身体に直接影響するようななにか――そこまで考えて一つ思い当たる原因があった。


「もしかして――――瘴気の量?」

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