1-13 第五水晶値の真実
学園の儀式の間に当たる場所がかつての王座の間だったと記憶にある。儀式の間なら第二多目的室からそう遠くない。今は走っても誰に咎められないし、一秒でも早く辿り着きたかったので、記憶の中の地図を頼りにして駆ける。そうすると、一分経たずして王座の間に飛び込むことが出来た。
中に入ると、王座に座る国王と向かい合うように、四人の男女が立っていた。勇者譚の挿絵――よりは老けていたが――で見たことある面々だ。鎧の男は、剣士デリック、 軽装の男は鍵師ギル、身の丈に近い巨大な杖を持っている女性は魔法使いアリア、そして長いローブで身を包んでいるのは賢者アシュリーだろう。
アシュリーはどの本の挿絵でも、頭部を含めた全身を覆い隠すローブのせいで顔の描写がなく、性別については媒体によって異なる。こうして見ても、女性にしては身長が高いが、男性にしては低いように思え、体格からは性別の判断はできなかった。
それにしても、伝説の人物が目の前で勢揃いしているなんて信じられない奇跡だ。感極まって、目頭が熱くなる。
「お前の言うとおり、人払いをした。ここには誰もいない。さぁ本題に入ってくれ」
威厳のある国王の声を聞いて、ゼノは不思議そうに首を傾げた。
「俺たちの存在ってこの人達には気付かれてないの?」
「この魔法はあくまで過去を見るだけだ。実際に過去に飛んでいるわけじゃないから、その時代の人達からは俺たちの存在は認識されないし、俺たちが過去の出来事に影響を与えることも出来ないよ」
未だに人類は過去を見ることが出来ても、過去に戻る魔法は開発できていない。また、未来については、一人を除いて見る魔法すら完成できていない。その未来を見る魔法を唯一成功させたのが、今目の前にいる賢者アシュリーだ。
「魔王の復活は決して逃れることができない決定事項です。勇者レイモンドは千年はなんとか保たせてくれるでしょう。しかし、それ以降についてはいつ封印が綻ぶかは私の未来予知をもってしても見ることが出来ないのです。千と一年後かもしれない、あるいは十年後か、さらには百年後か。なんにせよ、来る日に備えなければいけません」
アシュリーが訥々と話し始める。落ち着きのある声がローブの奥から聞こえる。凜とした女性の声のように思えるし、少年の声のようにも思える、中性的な声だった。
アシュリーが合図をすると、アリアが呪文を唱える。ぴかりと杖の先から紫の光が放たれると、アリアの足元に大量の水晶が呼び出された。
「これは導きの水晶です。私の全ての知識と力を持って作り上げました。これに手をかざせば、国民の素養が分かります。これを全国各地において、国力の増強に努めてください」
床に転がっている水晶のうちの一つが、アシュリーの手から国王に渡る。国王が右手を水晶にかざすと、五つの数字が浮かび上がった。そして、アシュリーは、数字の意味を国王に伝える。一つ目の数字は魔術の才能、二つ目の数字は知力、三つ目の数字は身体能力、四つ目の数字は手先の器用さ。ザックの知っているとおりの説明だ。
「五番目の数字は何を意味してるんだ?」と国王が訊ねる。
「伝説通りの問答だ」ザックの興奮が高まっていく。
「この後、賢者はこう言うんだ。『その数値は来るべき時に知ることになるでしょう』と」
「よく覚えてるなぁ」
ゼノは感心半分、呆れ半分の気の抜けたような声で相槌を打つ。
どきどきしながら賢者の次の言葉を待つ。
賢者は、声色一つ変えず、こう答えを返した。「魔王の素質です」と。
「……え」
ゼノと声が重なった。冷水でも掛けられたかのように、茹だった頭が急激に冷えていく。
高揚感が消え、高鳴っていた胸の鼓動が鎮静化していく。しかし、その言葉の意味を再認識すると、動悸が止まらなくなった。先ほどのような高揚感とは違う。自分達はとんでもない真実と直面しているのではないかという緊張感だ。
動揺していたのは自分とゼノだけではなかった。国王も、にわかに信じがたい様子で「魔王の素質とはどういうことだ。わが国の民が魔王となる可能性があるということか」と訊ねた。
「えぇ。魔王は魔界で生まれた生き物ではありません。正確に言うと魔界から生まれた邪悪な魂と、生きた人間の強靱な肉体が一つになった存在が魔王です」
「あんな、大勢の同胞を殺す力を、殺せる心を持ったのが人間、だと……?」
「魔王の魂は、肉体を乗っ取ったら、その中にある魂をも乗っ取ります。人間の善性はとうに飲み込まれています。千年後、魔王の魂が封印から放たれたら、また同じことが起きるでしょう。奴は、自分の魂に相応しい肉体を探します。たとえ封印が解けたとしても新たな魔王が生まれないよう、予め危険分子を判断するための数値が五番目の数字です」
王は沈痛な面持ちで質問を重ねる。
「して、参考にするべき上限はどのくらいだ」
「90を超えたらかなりの確率で身体に馴染むことになるでしょう。だからその前に……処分をしなければ」
処分。その言葉の意味するところを思えば、瞬間的に不要品が焼却施設で燃やされる映像が脳裏に過る。どのように「処分」されるかは不明だが、きっとザックの想像と大差ないだろう。
「魔王の、素質」
反芻するような呟きが聞こえて、隣を見る。顔色を失ったゼノが瞠目していた。
ゼノの数値は61。ザックの知る限り、彼よりも高い数値の人は知らない。噂ですら聞いたことがない。つまり、自分の知り合いの中では彼が最も魔王に近いということだ。その事実が信じられなかった。彼の性格も、言動も、邪悪とは縁遠いところにある。目の前の国王と賢者のやりとりが悪い夢だと思った。
気付けば過去視の魔法は解け、学園の第二多目的室に戻っていた。ゼノは顔面蒼白になって、教室から出て行った。授業はまだ終わっていなかったが、呼び止めることはできなかった。
そして、何故かこのタイミングで上昇した自分の第五水晶値を思い出し、ザックの背筋にも冷たい物が走った。
1章はこれで完結です。明日、明後日で1.5章の更新があり、そのあと2章開始予定です。
それから今日は作品用語解説も投稿してます。
今後定期的に作品用語解説をあげる予定ですが、本編に影響がないちょっとした読み物になりますので、お好きなタイミングでどうぞ。
設定集を見るのが好きな人向けのやつです。




