1-12 1000年前
■■■■■
アンドレア王立魔法学園 5年A組 10月度水晶査定結果
シェリル・オルコット 81・90・65・79・7
ロジャー・フロスト 55・40・80・62・15
ライラ・ギルマーティン 57・48・70・55・12
メルヴィン・ケンドリック 61・74・30・60・18
ヴィンセント・マクドゥーガル 58・ 65・56・78・35
テレンス・オーマン 65・50・73・26・28
アビゲイル・ローズ 72・70・15・20・19
ブライアン・シーウェル 60・35・60・40・12
ゼノ・ウィンター 90・41・92・81・61
ザック・ウィンター 37・78・22・31・27
■■■■■
ゼノへの劣等感を持つことをやめてから、心にゆとりが生まれるようになった。そのゆとりが成果に反映されたのか、十月度の水晶査定は第五水晶値の急上昇が目立った。今までゼロだったからこそ、まさか数字が増えるとは思わず、張り出しを見た時はなにかの間違いではないかと思い、何度も見直した。しかし、目を擦れど、頬を抓れど、張り出しの数字に変化はなかった。
査定公表の日、やはり近くにマクドゥーガルがいたのだが、彼は下手したらザック以上に唖然としていた。珍しく嫌みを言うこともなく、ぎろりとザックを睨んで立ち去っていったので痛快だった。
勇者の素質というのは、心のゆとりなのかもしれない。そして、自分本位ではなく、相手のことを支え、思いやる気持ち。それで言うとマクドゥーガルがクラスで二番目に高いのが疑問であるが、ザックが知らないだけで勇者に相応しい何かを持っているのかもしれない。
しかし、第五水晶値が上がったからといって、やることは変わらない。自分は勇者になれないし、偉大な魔法使いにもなれない。自分の出来ることをやり、いつか勇者となるゼノの助けになれればいい。
■■■
今日の午後からの授業は過去視魔法の実践だった。過去視魔法は、魔法陣を必要とする魔法で、大がかりな前準備が必要であるため、二人一組で行う。教授に出席番号順にペアを組むように言われたので、ゼノと取りかかることになった。
広い教室の中で各ペア場所をとって、一メートル四方の羊皮紙に魔法陣の記述を始めている。刻む術式が複雑で記述に時間がかかるので、どのペアも黙々と作業を進めている。
隣のゼノを見やると、珍しくもじもじしている。これは自分主導でやらないと進まないだろうと思い、指示を出す。
「基本の呪文と場所の指定は俺が記述するから、お前は時間指定の記述をしてくれ」
「う、ん」
自信がなさそうな顔である。魔法にかけては天賦の才を持つゼノでも、苦手分野はある。具体的に言うと魔法陣の作成が必要な魔法だ。
魔法陣というのは、円の中に呪文を記載した図形のことで、時間、場所、対象物の指定を細かく記載出来る分、口頭で使う魔法より、複雑で精度の高い魔法が使える。いわば分量、工程が漏れなく載ったレシピのようなものだ。魔法陣さえ完璧であれば、あとは魔力の注入だけで魔法が使えるため、想定外のことが起こりにくい。比べて口頭で使う魔法は、本人の感覚に頼る部分が多いので、才能の差が顕著に出る。
一見、魔法陣は便利で簡単そうなのだが、魔法言語を「書ける」者でないと魔法陣を使えないのが、一つのネックだった。魔法言語は一つの音に対しても複数の文字を要するので、一つの単語を覚えることさえ難しい。
ゼノは暗記が必要な科目は軒並み成績が悪く、したがって魔法言語を多用する魔法陣の記述も昔から苦手としていた。逆にザックは座学だけは成績がよかったので、感覚的な魔力調節やイメージが必要な魔法より、魔法陣を利用する魔法の方がよっぽど好ましかった。
ザックが難しい部分を引き受け、すらすらと魔法陣の記述を進めていく。ちらとゼノを見ると、魔法言語の辞書とにらめっこしながら、一字一字時間をかけて記述していた。しかも、辞書を見ている割に何度か書き間違えて、白インクで修正している。割り振った負担の度合いで言えば、ザックが七、ゼノが三といったところだが、ゼノの様子を見ているともう少しザックが引き受ける分が増えるかもしれない。
大体30分ほどかけて、魔法陣が完成した。クラスの中では丁度真ん中くらいだろう。ビリでないことに安堵する。
あとはいよいよ魔法を発動させるだけだ。触媒を魔法陣の中央に置く。昨日の授業でこの教室で錬成したダイヤモンドだ。
過去視魔法は、みる時間を特定するための触媒が必要だ。具体的に言うと、その日、その場所に関連があったもの。この結びつきが弱いと魔法が失敗したり、別の時間に飛んでしまったりする。
今回は、錬成したダイヤを使って、この教室の二十四時間前に十分間飛ぶというのが課題だ。場所も、時間も、ダイヤ一つで結びつきがあるし、場所に至ってはこの空間自体が魔法の成功に良い影響を与えてくれる。材料が揃いすぎて、失敗する要素がない。
「魔力注入するぞ」
ダイヤモンドを囲うように自分達も魔法陣の中に入る。杖を魔法陣に向けて、魔力を注入する。魔力を注ぎながら、魔法陣を眺めていると、致命的なミスに気付いてぎょっと顔を顰めた。
「ゼノ! お前、スペル間違ってる!」
慌てて、魔力の注入を中止する。ゼノにも魔力の注入を止めるよう言おうとした。しかし、制止が声として飛び出るには、ほんの少し遅かった。
「え」
じょうろでちょろちょろ水を注いでいるザックの隣で、ゼノはバケツで水をぶっかけていた。この場合の水はもちろん、魔力のことであり、その勢いで魔力を注いでいれば、一瞬で魔法が発動するのは目に見えたことだった。
魔法が発動すると、一瞬自分達の周囲が白む。そして、白い幕が上がる頃には、周囲の景色は先ほどとは全く別のものに切り替わっていた。
間取りは間違いなく、学校の第二多目的室だ。しかし、床も天井も、備え付けの家具も見覚えがない。なにせ頭上にはシャンデリアが揺れている。全体的に新しく、きらびやかな建物という印象だ。
魔法が発動したのは間違いない。しかし、想定した結果ではない。少なくとも昨日の第二多目的室がこんなきらびやかだった記憶はない。
ゼノもまた、目を白黒させている。
「ここどこ?」
ザックにはその答えが分かっていた。しかし、すぐには答えず、二人と一緒に見覚えのない空間に移動した魔法陣の一部分を指で指した。
「お前、ここ見てみろ」
「……なにか間違ってる?」
「……お前魔法言語学学び直した方がいいぞ」
ゼノのスペルミスは、彼に頼んだ時間設定の部分だ。本来は「一日前」と記述するところを「千年前」と記述している。
「千年前ということは、学園が王宮時代の時だから、こんな豪華な場所に移動したんだと思う」
「あぁ……。そういえば昔、学校って王宮だったんだっけ」
「遷都して王宮が新規に建てられることになったから、旧王宮を魔法学園に改築したってのが正しいな」
今となっては学園の内装は随分質素になったが、当時の王国で流行っていたロ―リアル調の柱や、ドーム型の天井一面のフレスコ画を見れば、その昔王宮であった時の面影を感じ取れる。
千年前に飛んだことまでは分かった。しかし、千年前に飛んだとして、不可解なことがある。
「過去視の魔法は、思い通りの時間に飛ぼうとしても、その時間や出来事にまつわる触媒がないと成功しない。スペルが間違っているなら、魔力の注入を行ったとしても本来の挙動では魔法自体発動しないはずなんだよ」
「触媒って、昨日錬成したダイヤモンドみたいな、ってことだよね」
「そう。つまり、その時間と関連があるもの。今回の場合は千年前にまつわる触媒だな」
「俺、そんなもの持ってないけど」
「だよな」
言わずもがなザックも同じである。
王国史において、魔王討伐前後の年代はあまりに重要すぎる為、大抵の遺物は既に政府の方で回収されている。ザックやゼノのような庶民が持っているはずもない。
だとすると、何かしら魔法陣の他の部分に欠陥があり、通常では起こりえない挙動が発生したというのがありえそうな線だろう。
どこで想定外の挙動が起きたのかを確認するため魔法陣を検分しているうち、部屋の外から声が聞こえた。ガシャガシャと鎧が擦れる音がするので、王宮に勤める憲兵だろう。
「誰も王座の間に入るな、とお達しだなんて、一体今日は何があるんだろう」
「ここだけの話だが、賢者様が陛下に内密に贈り物があるという」
「魔王が封印されてから20年が経つってのに、今更なんの贈り物なんだ?」
賢者が国王に贈り物? 魔王封印から20年後? 漏れ聞こえた会話が気になって記憶の中で王国史を遡った。そしてあることに気が付いて、膝を叩いた。
「水晶贈呈の日だ!」
興奮のあまり、立ち上がって叫ぶ。隣のゼノがびくんと肩をふるわせた。
「え、急にどうしたの?」
「だから、今日は水晶贈呈の日なんだって! 正確な日付は歴史書に残ってないから、十くらい候補があって、水晶贈呈がいつ行われたかについてはよく学会で紛糾しているんだけど、確かその候補の一つが今日だったはず!」
「へぇ……」
あまり興味のなさそうな相槌である。
しかし、昔から勇者一行の本を読みあさっていたザックとしては、これは見逃せない出来事だった。
「うわぁ、感激だ! まさか水晶の贈呈の日に立ち会えるなんて! ゼノ行こう!」
ゼノの腕を引いて、部屋から飛び出そうとするが、ゼノは戸惑ったようにザックを押しとどめる。
「ザック、待って。俺たち、魔法が失敗したのに帰らなくて大丈夫かな?」
「滞在時間は10分にしてるからなにもしなくても自動的に帰還はできる……はず」
「魔法を解いて帰還することは?」
「魔法陣を書き変えればできるけど、折角だから、なぁ?」
こんな事故、きっと二度と起こり得ないだろう。そう思うと、体のそわそわが抑えられない。今すぐにでも王座の間に飛び込みたい。
落ち着きのないザックを見て、ゼノは笑みを零した。「分かった、行こう」




