1-11 伝説の始まりの傍観者
「寮則違反に校則違反、だけでは飽き足らず、法律違反もとは恐れ入った」
深夜から教授に叱責を食らう羽目になるとは、本当に今日は最後までついていない。ザックは、目の前の教授に負けないくらい渋い顔になっている自信があった。
ザックとゼノが魔界の穴から出た場所が魔湧の森中だったことはザックとゼノにとって幸運なことだった。そして、不幸だったのは、魔湧の森を出て行く様子を変身魔法のトートリー教授に見られていたことだ。その結果、寮に戻る前に教員棟の研究室に引きずられることになった。
寮から出たときは、誰かに見つからないよう注意を払っていたのだが、帰路については周囲への警戒を緩めていたようだ。魔界に滞在していた疲れのせいかもしれない。
「前二つについては異議申し立てもできませんが、法律違反をした覚えはありません。魔界入管法にもとれば、魔界の穴に誤って落ちた場合は専門免許がなかったとしても違法にはならず、事故として扱われる認識です」
立て板に水のごとく、すらすらと釈明の言葉が出てくるのを思うと、マイナーな法律である魔界入管法についてもかじっておいて良かったなと思う。隣のぼけっとした幼馴染みは恐らく存在すら知らなそうなので、余計に。
「事故だという証拠は?」
「悪魔の証明はできません」
実際、ザックに限っては完全に事故である。ゼノは故意に落ちたといえなくもないが、今日に限ってはザックがゼノのことを魔湧の森まで追いかけてこなければ彼はこんな事態に巻き込まれなかったはずなので、負い目がある。二人とも落とし物を捜しについ魔湧の森まで立ち入ってしまい、不慮の事故にあったというストーリーを咄嗟に考えて誤魔化しにかかる。あとは、ゼノの余罪まで突かれないことを祈るばかりである。
「……まぁ、よくあることだ。誤って落ちる者も……あれこれ理由をつけて誤魔化そうとする者もな。そのどちらかわからない限りは、魔界侵入の処罰を与えることはできない」
じろりと睨め付けられて、魔湧の森無断立ち入りの反省文用紙だけ渡された。寮則違反については寮監に後日指導を受けることになりそうだ。お前達の稚拙な嘘は分かっているぞ、と言外に伝えられたが、とりあえずは不問にしてもらえるそうなので、胸をなで下ろす。
部屋から出ようとしたのだが、ふと気になったことがあり、トートリーに聞いてみた。
「ところで、先生。魔王の封印石らしきものを魔界で見つけたんですが、あれはどうして学園から繋がる場所に安置されているのでしょうか?」
トートリーは、学園でも古株の教授である。彼ならば、その理由を知っているかもしれない。
しかし、トートリーの反応は予想外のものだった。先ほどまで猜疑心を眼鏡の奥に潜めていた彼の瞳がバッ、と見開いた。
「見つけたのか、封印石を」
「え、えぇ」
天地が入れ替わったかのような驚きようである。ザック達が見つけたことに対して、というより、封印石が見つかったこと自体が信じられないようだった。
封印石が学園内から繋がる魔界に安置されていることはてっきり、学園の教員達の中では既知の事実だと思っていたのだが、彼の反応を見るとどうも違いそうだ。
「質問から答える。封印石は学園から繋がる場所に安置されているわけではない。偶然、封印石がある場所に魔界の穴が繋がって、お前達が落ちただけだ」
「魔界の穴の遷移先は、ランダムに選ばれるということでしょうか?」
「ランダムか。エレメンタリースクールレベルなら点数を貰えるだろうが、正しい表現ではないな」
トートリーは小馬鹿にしたように鼻で笑って、「座学については君にも一目置いていたんだが、知らないとは意外だったな。まぁ魔界学は大学まで行かないと、詳しく学ぶ機会がないから仕方がないか」と言った。鼻につく言い方にむっとしたが、そのまま魔界の仕組みについて教えてくれるようなので、黙って彼の講釈を聞く。
彼が言うには魔界の穴の先で辿り着く場所は、地球と同じような惑星――学術上長ったらしい名前があるそうなのだが、今回は通称である裏地球と呼ぶことにする――で、これまた地球と同じように、自転しているらしい。ただし、裏地球は地球の自転とは同期した動き方をしていない。その上厄介なのは惑星の動く方向も、動くスピードも無秩序で、規則だった動きをしていないことだ。
トートリーはサイズの違う透明な二つの球を魔法で作り出し、小さい方を大きい方に入れた。大きい方は一定のスピードで一定の方向に絶えず回転し続けている。中に入った小さな球は大きい方と同じ方向にすさまじいスピードで回転し始めたかと思えば、ほとんど動いていないのではないかと思うほどのスピードで逆回転になり、また突拍子のないタイミングで更に別の方向に回転を始める。
つまりは大きい球が地球で、小さい球が裏地球だと言いたいのだろう。実際は地球と裏地球は同じ大きさなので、正確な模型ではないが、地球からの着地点を分かりやすくするための工夫なのだろう。確かにこれを見れば、地球にいる人間が、裏地球の決まった場所に到着することは不可能のように思える。
そのため、魔界の探索は専門家ですら難航を極め、自力で魔王の封印石を探そうと思ってもほとんど不可能に近しい。過去の冒険家もたどり着いたという記録は残されておらず、辿り着き方や、正確な座標は政府の一部しか知らないらしい。
教授の熱弁から汲み取るに、魔王の封印石に辿りついたことがとんでもない奇跡だということらしい。
「と、このように今魔湧の森に出向き、君たちが落ちた魔界の穴とほぼ同じ場所に魔界の穴が発現したとしても、その穴の向こうがどこにあるのかはわからない。半周違う場所に着く可能性も、逆にほぼ変わらない場所に着く可能性もある」
トートリーの説明を踏まえれば、何度も魔界に落ちたことのあるゼノも、魔王の封印石を見つけたのは初めてのようだったことにも納得がいく。そんなレアな場所に落ちるとは運がいいのか、悪いのか分からない。
トートリーも感慨深そうに唸った。
「しかし、奇縁だな。まさかゼノ・ウィンターが見つけるとは」
教授の口ぶりには、学園で最も第五水晶値が高い――勇者に近い学生が、魔王と出会ったことへの感慨深そうな響きを孕んでいた。恍惚としたような表情でさえあった。自分は今、物語の始まりと立ち会っているのだ――という感動を噛み締めている。
当のゼノは、教授の言葉の意図が読めずに怪訝な顔をしている。ザックは――この場にいるのに、蚊帳の外にいるような心地がした。
ゼノの圧倒的な実力に目を焼かれて、ザックが視界に入らなくなる人を何度も見てきた。慣れてはいたし、気にしないようにしていたが、それでも今思い返すと自分は苦しかったのだと思う。劣等感だの、嫉妬だの、見ない振りはできて、胸にしまった汚い感情の存在はなかったことにはならない。
だが、今は不思議と、辛くはなかった。周囲の人間からすれば、同年代を周回遅れにさせるほどはるか前方を走るゼノしか目に入らないのは当然だ。比較の俎上に上がるのをやめて客観的に考えれば、簡単なことだった。それを知って、ザックは楽になった。代わりにいくばくかの寂寞は生まれたけれども、些細なことである。
その日、ザックは諦めた。己が物語の主人公になることを。
ずっと前から分かっていた。自分は世界を救ったり、勇者になったりできるような、そんな器ではないなんて。自分のプライドを守るために、現実を直視するのを避けていただけだった。
きっとゼノは世界を救う勇者になる。でも、彼が肩を並べる仲間の中に自分はいないだろう。ザックは、勇者一行に加わるほどの才もない。
いつかの約束を果たせないことに対しては申し訳なく思う。でも、一介の村人Aが、勇者の役に立つこともあるだろう。いずれ強大な敵を相手にするゼノの助けに少しでもなれたらいい。身の程というものが分かった今のザックは、素直にそう思えた。




