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勇者の数字  作者: 竹津りょう
第一章 ザック・ウィンターの憂鬱
12/17

1-10 魔王の魂


 ゼノを追いかけると、すぐに瘴気の塊にぶつかる。おどろおどろしい濃度に一瞬躊躇したが、ままよと飛び込んだ。

 瘴気が身体にしみこむ。鼻口には、タールのような重たい空気が流れ込んできて、吐き気が迫り上がってくる。こんなにキツイのは初めてだ。金槌で殴られているかのように頭が揺れる。視界が歪んで、景色が混ざり合って、気持ち悪い。瘴気に酔いそうだ。

 不快感で足の進みが鈍くなる。後ろへと進みそうになる足を気力だけで前に動かす。

 しばらく歩き続けると、ゼノの背中が見えた。


「ゼノ!」


 駆け寄った先、ゼノの近くに奇妙なものを見つけた。

 黒い石が鎖に繋がれて、台座に固定されている。それが瘴気の発生源のようだった。鎖にしても、台座にしても魔界で自然発生するものではない。つまり、誰かがわざわざ魔界に来て、石を設置したことになる。一体なんのために?


 ゼノは追いついてきたザックを一瞥した。「これ、なんだと思う?」


 追いついたら、勝手な行動をしたゼノに一言物申すつもりだった。しかし、石の正体について問われて、その気が削がれた。ザックもまた、正体不明の石が気になっていた。


 よくよく観察すると、石肌が黒いのではなく、無色透明の石に黒い靄が詰まっているのだということに気付く。

 黒い靄、つまり瘴気が石の中を渦巻いている。その中で黒い光と白い光がぐるぐると周遊していた。時折、光と光が衝突する。まるで、光同士が意志を持って戦っているようだった。

 魔界に安置された石。中に黒い光と白い光。頭のデータベースを漁ればすぐに、一つの答えに辿り着いた。まさか、と思ったが、他に思い当たるものはない。緊張で口の中が乾くのを感じる。音になった声は少し掠れていた。


「おそらくこれは……封印石だ。魔王の魂がここに閉じ込められている」


 ザックの言葉に呼応するかのように石の中で黒い光が瞬いた。

 虐殺に虐殺を重ねた大災害。それが一千年前に勇者によって封印された魔王である。

 歴史書の中でだけ生きていた遠い存在だった魔王が、千年後の未来に辿り着いて、今自分たちの目の前にいる。感情が顔に出にくいゼノですら、驚愕の表情を浮かべた。


「アルダナイトって言って、魔王の魂を閉じ込めるために開発された人工の宝石だ。通常時は無色透明だけど、魔王のせいで瘴気が漂っている。この黒い光が魔王の魂で、白い光が勇者の魂だ……と思う」


 石を留める鎖は千年の年月で劣化が強く見える。石には既にヒビが入り、ヒビからは黒い靄が漏れている。ちょっとした刺激で粉々に砕けてしまいそうな脆さを感じる。今この時、石の形を保っているのが奇跡だと思うくらいに。


「これ……いつまで保つんだ」 


 いつか大人達が言っていた、もう魔王の魂は消滅しているはずだと。恒久的な平和がもたらされたのだと。ところがどうだ、目の前の石を見れば、そんな世迷い言、寝ていたって言えない。

 終末が目に見えるようだった。石が割れ、魔王の魂が受肉し、魔物が地上に蔓延る。そんな阿鼻叫喚の地獄の様相が、脳裏をよぎる。


「これが、魔王……」


 ゼノは呆然と封印石を見つめ――何を思ったか、石に向かって手を伸ばした。


「おい、何が起こるかわからないんだから近付くな!」


 触れた箇所から、石が崩れて、封印が解けないとも限らない。慌てて制止したが、少し遅かった。

 ゼノの長い指先が石に触れて――バチン! と大きな音を立てて手が弾かれた。


「……ッ!」


「ゼノ!? 大丈夫か!?」


 ゼノが顔を歪めて、咄嗟に後ろに飛び退いた。石に触れた手を押さえている。


「怪我はないか?」


「……手がビリビリする」


「他は……?」


「他はなにも。大丈夫」


 念のため、ゼノの手をとって、大事がないか確認する。ぱっと見で外傷は見当たらない。

 呪いの類いも疑ったが、魔力も感じないので、問題はなさそうだ。


「なら、よかったけど……。そもそも得体の知れないものに触るなよ」


「うん。ごめん」


 それにしても、奇妙な反応だった。石をじっと見つめて、観察する。


「石に拒絶された? いや……というより、」


 石の中の黒い光が、ゼノを攻撃したように見えた。実際には、魔王は封印石に閉じ込められているから、ゼノに直接危害を与えることはできない。しかし、石と距離を置いた今でさえ、黒の光がゼノに向かって体当たりをして、石の壁に防がれている。光が突進するたびにどんどんどんどんどんどんと激しい衝突音がする。白い光が、黒い光をゼノから引き離そうとしているが、黒い光は離れようとしない。


 ザックは刺激を与えないように慎重に石に触れた。しかし、ゼノのような反応は起きなかった。黒い光はザックのことは見向きもせず、ゼノに向かってのみ、体当たりを続けている。

ゼノは自分に反発するような黒い光をじっと見つめていた。魔王と対峙するその姿が、どうしてか銅像の勇者と重なって見えた。


 ――あぁそうか。その瞬間、電撃が走るような衝撃が全身に走った。そして、気付いてしまった――ゼノが勇者だ。魔王を倒す運命の元に生まれた少年なのだと。だから、魔王はゼノを攻撃しようとし、ザックには関心を払わないのだろう。


 それに気付くと、今までの鬱屈がすとんと飲み込めるようになった。

 ゼノと自分を比べて劣等感を抱くことこそ、人の身で車に追いつこうと足掻くがごとき傲慢さだった。ゼノが勇者で、自分は勇者一行にも入れない村人その一。悔しいと思うことそれ自体が身の程知らずな感情だった。


「ザック?」


 心ここにあらず、といったザックに気付いたのだろう。ゼノが心配そうにザックを見つめていた。

 大丈夫だというように、口角をくいと上げる。


「早くここから出よう。ここにいると……気分が悪くなる」


「あ、うん。俺もそろそろ瘴気がキツくなってきた。出ようか」


 元の道を戻ると、幸いにも魔界の穴が閉じきるまでにまだ猶予があった。

 浮遊魔法を使って外に出ると、そこは鬱蒼とした木々が連なる森の中だった。魔界の穴に落ちる前とあまり風景が変わらない。しかし、魔界の穴に落ちる前の自分と、今の自分の心持ちはまるきり違うことを、ザックは自覚していた。


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