第九話 一切皆苦
幾度目かの政治・歴史の授業。
─アラルドの機嫌がすこぶる悪い。
思い当たる節はある。あるにはあるのだが、あの威圧的な視線、小さめの虫くらいなら殺せそう……。
「シド殿下。……今日は授業に入る前に一つ。」
びくりと体が固まる。パティが庇うように前に出るが、アラルドの殺気にたじろいで止まってしまう。
「……ええ、どうされました……?」
アラルドは、まず自身の服装に目をやる。黒を基調とした、派手ではないが上質な背広。
次に僕の服装にゆっくりと目を滑らせる。この国で一番安い布で作った自作の袈裟のような、この世界では珍しい形の服。
「なんです、その服装。洒脱も加減があるでしょう。」
「いえ、洒脱ではなく、いわゆる、苦行で……」
バーン!と音を立ててアラルドが教科書を机に叩きつける。
「……俺の授業はお前の心に響かなかったのか?何のために俺はお前に教えていたのか……。」
下を向きぐしゃぐしゃと髪を掻き乱すアラルド。次の瞬間にはすんとした顔で僕を見据える。
「殿下。民が何をもって王族が信用に値するのか判断するか、分かりますか?」
「ええっと、国の治め方とか、どんな政策をしてるかとか……。」
アラルドは緩く首を振る。
「違います。国民全員が賢いと思わないことだ。
いいですか、人間は一目で判断したがる。
貴方、俺が素っ裸で教壇に立っていたらおかしくなったと思いませんか?」
アラルドの例えにぶっと吹き出す。パティも堪えきれずググッと変な音を立てて笑う。
アラルドは例えを出し間違えたと思ったのか、顔を少し赤くしてぶんぶんと振る。
「つッ……!と、とにかく!貴方がその汚い服装を続けた結果、陛下にも迷惑がかかるんです!」
僕は袈裟の襟に手を滑らせた。滅諦、執着を消せば苦はなくなる。
煌びやかに着飾れば着飾るほど、執着が深まり解脱から離れる。
「……王族であるということ自体、僕にとっては苦なんです。」
「生まれを卑下するのは、あなたの悪い癖ですよ。」
アラルドはため息をついて、教科書を開く。
「……貴方が何を思って自身を不利な状況に置くのか分かりませんが。
貴方の行動は、貴方だけの責任にはならないんです。
清貧王子。王族たる振る舞いを心得なさい。」
僕は少し俯いた。アラルドは気にせずに授業を進めることにしたらしく、淡々と教科書を読み上げる。
一切皆苦。世の中は思い通りにいかないらしい。女神アミターナが言っていた、理想の世界。
理想の形が違うからこそ、世界から苦はなくならないのかもしれない。
「アラルドォ!覚悟ッ!」
パティの裏拳がアラルドの白い額に叩き込まれ、数日アラルドの額には赤い手形が付きまとったらしい。
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